94.世界の真実
「おっ、おいら」
ガロは食いしばるような表情で言葉を紡ぎ出す。
「おいらは森龍族のガガ・ロガといいます。偉大なる王、メルセナ様にお願いがあって来ました」
ガロはメルセナの許可が出るまでじっと耐える。
『…………申せ』
「おいらは、一度この国から逃げてしまいました。龍化ができないこと、いじめられてたこと、とうさまに認めてもらえないこと、全部が嫌になってこの国を捨てました。だけど」
ガロは一度下を向くと、再び顔を上げ叫ぶ。
「だけど、おいらはこの国に戻りたい。今度こそ逃げない。だから、どうかおいらをもう一度だけドラの一員にしてください! お願いします!」
ガロが隣で頭を下げているのが分かる。ガロの幼くも力強い声だけが広大な空間に木霊していた。
メルセナはゆっくりと口を開く。
『二つ問う。お前はなぜ、この国に戻りたいと願う』
ガロはメルセナからの問いかけに虚を突かれた様子だ。だが、はっきりと答える。
「前に進むためです」
『そうか。では最後に、お前は外の世界で何を得た』
この問いに関しては、ガロは一切迷うことなく答えた。
「ここにいるみんなです」
ガロの言葉がその場にいる全員に染み渡っていく。
「おいらがここまで来れたのはみんながいてくれたから、辛いことがあっても誰かのために動くみんなに憧れたから、だからおいらも頑張らなくちゃって、そう思えたんです」
フィルはガロの言葉に胸が詰まる。半年前、出会った時の臆病で、いつもフィルたちの陰に隠れていたガロはもうどこにもいなかった。
『面を上げよ』
フィルたちは顔を上げる。そこには信じられない光景が広がっていた。
メルセナは笑っていた。
穏やかな笑みを浮かべ、ガロの方を見ている。先程まで心にのしかかっていた圧が嘘のように消え去っていた。
メルセナは笑みの理由を語り出す。
『皆、掟に縛られ、我に直接訴えかける者などおらなんだ。自らの言葉で語ることもできない者にどれだけの価値があると思う?』
メルセナはゆっくりと腰掛けていた椅子から立ち上がる。先程まで座っていた椅子は瞬く間に地面に吸い込まれ消えてしまった。
『お前は自分の言葉で語ろうとした。自らの意志を示した。そして――――』
メルセナはガロの元へと歩みを進めると、その大きな手でガロの頭に手を置く。
『外の世界でかけがえのないものを手に入れた』
ガロは思わぬメルセナの行動にその場で固まってしまっていた。それはそうだろう。族長しか会えないと聞いていたメルセナに直接会うだけでも奇跡に近いのに、頭に手を置かれているという状況に、思考が停止するのも無理はない。
『森龍族のガガ・ロガよ。王龍メルセナの名においてお前が再びドラの一員となることを認めよう。印を持つ小さき森の龍よ。心配せずとも己の道を進むがよい』
――――認められた
「うっ……あぁ…………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
その事実を理解したガロの目から涙がとめどなく溢れ出す。
「ガロ……」
フィルたちはガロが努力してきたことを知っている。口では嫌だと言いながら、戦いから逃げ出したことは一度もなかった。
「ふぐっ…………うぇ……」
泣きじゃくるガロを優しく見つめながら、王龍メルセナがおもむろに口を開いた。
『懐かしい匂いがすると思うたら、そうか……お主はドラ様の』
「ふぇ?」
『今は分からずともよい。それにこれは……あぁ、なんたる巡り合わせか。この場で感じないのはフィデリオ様だけか。あのお方はそうか、最後まで』
「ドラ様ってもしかして創世の六柱の話の? でもそれって空想上の――――」
”『創世の六柱』”。
この世界が未だ無の存在だった頃。
『創造主』が世界に生まれ、晶素を使い大地と海を造り出し、悠久の時を過ごしていた。だが、大地と海だけの世界は次第に衰退の一途を辿る。世界の存続を憂いた『創造主』は、世界を発展させるため自分以外の存在を生み出す。
【輪廻】のヴィリーム、【天智】のレイシェルフト、【活明】のフィデリオ、【育恵】のドラ、【道者】のウォルドー、【祝生】のディア。
『創造主』よって生み出された六柱によって人類が生まれ、世界は急速に発展していく。『創造主』たちは人類と共に繁栄を謳歌していたのだ。
だが、繁栄は唐突に終わりを告げる。
突如別世界から侵入した異形の神たちが、成長した世界を奪おうと侵略を始めたのだ。
『創造主』と原初の六柱は人類を守るため必死に抵抗し、自らの命と引き換えに侵略者たちを打ち倒す。だが、その時の激しい戦いにより世界は傷つき様々な影響が出ていた。
戦いの衝撃で世界には大穴が空き、ドラが命と引き換えに生み出した龍と精霊により、なんとか世界の均衡が保たれていた。
巨大な晶素の衝突により「悪魔の咆哮」が出現し、晶素を高濃度で噴出してしまった影響で、晶素は人間にとっての”毒”となってしまった。海は腐海となり、晶獣が発生し、世界全体でも高い濃度に適合できなかった人類はみな結晶化してしまった。
だが、世代を経るにつれ、高濃度に適合した存在が生まれ、人類は滅亡の危機を免れ再び繁栄の時代を迎えている――――
これがこの世界の歴史として教えられているものだ。
だが、それはあくまで歴史上の逸話であって事実ではないと今までは思っていた。各国を造った為政者たちが後付けで神話を作ったのだと、そう思っていた。
だが、目の前の存在は、まるで本当に実在していたかのように語る。
メルセナの要領を得ない話にフィルは思わず聞き返していたが、メルセナから返って来るのは更に理解できない言葉の数々だった。
『ドラ様はこの世界を守ろうと我ら龍と精霊を生み出されたが、そうか。あの精霊王が認めたか。我らに近しい者の匂い、異なる匂いも混じっておるのぉ。なるほど、まっこと興味深き者たちよ』
自らの言葉にメルセナは一人納得している様子だ。
「王龍メルセナ、発言してもよろしいですか?」
『申せ』
「ありがとうございます。先程ドラ様とおっしゃられていましたが、原初の六柱は実在したのですか?」
『人間に伝わっている史実は概ね合っておる。ドラ様も含め、人間が”原初の六柱”と呼ぶ存在は確かに存在した。我ら龍族と精霊族もドラ様に生み出された存在であることは間違いない。だが一つだけ、事実と異なって伝わっている部分がある』
「?」
『我らが抗い続けたのは異世界の神たちではない。突如現れた神たちは我らと共にこの世界を守ろうとしてくれたのだから』
「では本当の敵とは、いったい何だったのですか?」
『真の敵、それは――――』
その時、立つことすらままならない程の大きな揺れがフィルたちを襲った。




