93.堰き止められた想い
落ち葉の感触を心地よく感じながら、フィルたちは前方に見える幹を目指して進んでいく。つくづく思うが、目に入るものすべてのスケールが大きい。木々には見たこともない巨大な果実が実を付け、幹へと続く道は龍が悠々と通れるほど広い。
「なんかドラの植物って全部がでけぇよな」
カイトが感嘆の声を上げる。確かにすべてが龍のサイズに合わせているかのように巨大だ。
フィルはその中で、ふとある植物が目に留まる。
「あれ? あれって」
フィルが見つけたもの。それは以前ファンマルの村の近くでノクトが採取していた植物の実で、見覚えのあったため気になってしまった。
「これは……大きさは違うけど間違いなく啖礼草だね」
「やっぱりか。こんな所にも生えているんだ。確か煮出したら薬になるんだっけ?」
フィルが記憶から啖礼草に関する知識を引っ張り出すと、フィルの言葉に引っ掛かったようにガロが割り込んでくる。
「なんでそのこと知ってるんすか!? おいらたち森龍族しか知らないはずなのに! 自慢しようと思ったのに!」
ガロはぷりぷりと頬を膨らませてご機嫌ななめな様子だ。このままこじらせると後々面倒くさい事になると察知したのだろう。ノクトが興味を逸らすようにガロへ話題を振る。
「ねぇねぇガロ、あれは何ていう――――」
一直線に整備された道をフィルたちは歩く。ガロに緊張させないようにできるだけいつも通りに振る舞いながら。
徐々に”聖廟”への入り口が見えてくるが、その両端には守護するように二人の青い龍族が憮然とした表情で待ち構えている。
会話ができる距離まで近づいたフィルたちへ、二人の龍族が怒気を隠そうともせず恫喝する。
「そこで止まれ! 人間がこのような場所まで立ちいることなど許されぬ!」
「立ち去るがよい、人間よ。そして森龍族の子よ」
フィルたちが止められるのは予想通りだ。あそこまで掟に厳しい龍族が無断で侵入してきた人間を入れる訳はないと思っていたからだ。むしろどこかで強制的に追放されるとさえ思っていたくらいだ。
だが、ガロは違う。
ガロは龍族のルールに則ってここまで来たのだ。
「勝手にこの国に入ったことは謝罪します。ガロの謁見が済めば大人しく出ていきますから」
「ならん! そこの森龍族と共に即刻この国から出ていけ」
「なぜです? ガロは掟に従ってここに来ています。なぜガロも入れないんですか?」
「そのような古い掟など知らぬ。例えそのような掟があったとしても一度国を出た半端者が戻れる道理などない」
この門番たちは自らの感情で判断しているのか。それが王を守護する者として本当にあるべき姿なのかフィルは疑問に感じる。
「ふざけんなよ! ガロがどんな想いでここまで来たと思ってんだ!」
拒絶する門番にカイトが激昂する。ガロの想いを知っているからこそ、歯牙にもかけない態度を許すことができなかった。
「……想い? 想いだと? ふんっ、笑わせるな! 抜け者が考えていることなどどうでもよいわ! くだらぬ」
「くだらねぇ……だと?」
カイトは怒りのあまり無意識に晶素を纏い始める。辺りには剣呑な空気が漂い始め、一触即発の状態になってしまう。
いつ衝突してもおかしくない空気に思わずフィルたちも構えるが、突如、大地を震わす程の重みのある声がこの場にいる全員に降り注いだ。
『その者たちを通せ』
声だけだ。
ただの声だけでこれほどまでに圧を感じるものなのか。もし、この声の主と戦うことになれば、間違いなく何もできずにこの世から消されてしまうだろう。
「メっ、メルセナ様! 目覚めておられたのですか!?」
『なつかしい匂いがする……その者たちをここに通すがよい……』
「しっ、しかし――――」
『よいと……言った……』
「ッ! しっ、失礼いたしました!!」
威圧した訳ではない。
声も穏やかではある。
だが、その奥にある圧倒的な存在感に思わず門番の龍たちは跪いてしまっていた。
反対に、フィルたちは恐怖ではない何か別の感情によって足が縛り付けられていた。生物として本能なのか、生きている世界が違うことが分かる。
「おい、お前たち。メルセナ様からお言葉をいただいた。早く行け」
門番たちは顔をしかめながらフィルたちを促す。だが、フィルたちの誰もが足を動かせないでいた。息も詰まるような空気で足どころか身体が動かせなかったからだ。
『通れ』
その言葉が耳に届いた瞬間、今まで身体に重くのしかかっていたものがすっと消える。フィルは速まる鼓動を抑えつけ、ゆっくりと呼吸を整える。
「はぁ、はぁ……ふぅ」
他の面々もどうやらフィルと同じ状態だったようだ。唯一ガロだけが何が起こったか分からない様子できょとんとしている。
息を整え顔を上げると、先程まではなかった巨大な穴が、木の幹にぽっかりと空いていた。それはガロの父が三頭は入りそうな程巨大な穴だ。
「みんな、大丈夫かい?」
「なんとかな。さっきまでなかったってことは、この先に進めってことだよな?」
「たぶんね。ガロ、行けるかい?」
「大丈夫なんす。覚悟は決めてるんす」
「そうか。じゃあ行こうか」
「んす」
フィルたちは八人で大穴へと入って行く。入るとそこは木でできた洞窟ようで、空気はどこかひんやりしており、生物の気配はまったくしない。
道はそこまで長くは続かなかった。
幹の中心部にあたるであろう、端まで見渡せない程の広大な空間の中心に、ぽつんと一脚の椅子が置いてある。
その椅子に、美しい銀色の髪を腰まで伸ばした眉目秀麗な人物が腰掛けていた。男性とも女性とも取れない中性的な顔立ちに、威厳を示すかのような二本の角を携え、白いローブのような服を身に着けている。
――――あれが龍族の王、”王龍”
メルセナの位置までは入口から相当な距離がある。そこに向かうためフィルたちが歩き出そうとした時、おもむろにメルセナが腕を持ち上げ指を鳴らした。
すると、フィルの目の前の景色が一変し、気が付けば目の前にはメルセナの姿があった。
どうやら強制的に移動させられたらしいと理解すると同時に、フィルたち八人は一斉に跪く。全員意識した訳ではなく無意識に取った行動だった。
――――言葉が出てこない
本来ならこちらから挨拶するのが礼儀だろう。だが、言葉が出てこないのだ。精霊の王とはまた異なる、生きる者としての次元の違いが喉を詰まらせていた。
そして、メルセナ自身も言葉を発そうとはしない。
沈黙が場を支配する中、口火を切ったのは意外な人物だった。




