92.空の旅
ガロからここまでの旅の経緯を聞いたロロは、ガロがさらわれたことに驚きつつも、フィルたちと出会った幸運を素直に喜んでいた。
「なるほどねぇ。あたしはこの通りピンピンしてるけどなぁ。でも良かったわね、ガーちゃん。こんな良い人たちに出会えて。あっ、挨拶が遅れました。あたしは炎龍族のロロ・シンと言います。ガーちゃんがいつもお世話になってます」
「ガロの友達って聞いてたからどんな奴かと思ったら。なんだよ、まともじゃんか」
「カイトはおいらをなんだと思ってるんす! ふん!」
ロロはカイトとガロのじゃれ合いを微笑ましく見ている。その表情はどこか寂しさも滲ませているような感じがした。自分以外の友達ができたことに喜びつつも、寂しい気持ちもあるのかもしれない。
「それで、ガーちゃんはメルセナ様の所に行きたいの?」
「そうなんす。おいら里に戻りたいんす。今度はもう逃げないんす」
「そっか……ガーちゃん、なんだか強くなったね」
「みんながいたからなんす。おいら一人だったらここまで戻ってこれなかったんす」
「分かった。じゃあ、あたしがメルセナ様のとこまで連れてってあげる!」
「えっ!?」
自分が連れていくと言い出したロロにガロは驚く。フィルたちとしては願ってもない申し出だが、先程ガロの父親である森龍族の長が言ったことに背くことになってしまう。ガロもそれが気になっているのだろう、素直にロロの申し出を受けることができない様子だった。
「いや、でも」
「族長様のことなら気にしないで。後で怒られてもあたしは大丈夫だから。それにさっきも言ったでしょ? ともだちなら迷惑かけていいんだから」
「ほんとにいいんすか?」
「もちろん! 飛んでいったらあっという間よ!」
「ロロ……ありがとなんす」
ガロは友の申し出を素直に受けることにしたようだ。フィルは改めてロロという龍族の少女に感謝の気持ちを伝える。
「俺たちからもお礼を言わせて欲しい。ありがとう、ロロ」
「そんなお礼だなんて! あたしは自分がしたくてそうしてるだけですから。じゃあ皆さん、龍化しますのであたしの背中に乗ってください!」
そう言うと少女はつかつかと歩き出し、フィルたちが十分に離れているのを確認すると一気に晶素を開放した。
「”≪龍化≫”」
少女から紅玉色の光が溢れ出しその身を包みこみ、光の原子となった少女の身体が徐々に肥大すると、高エネルギーを内包しながらやがて真紅の龍へと変化を遂げる。
『さぁ、皆さんあたしの背に乗ってください』
龍化したロロが身体を畳み、フィルたちが乗りやすいように尾をこちらへと向ける。自分たちが踏んで痛くないのかと思い恐る恐る歩き出すが、当の本人は特に何も感じていない様子だ。龍の皮膚はフィルたちが乗ったくらいではびくともしないのだろう。
ロロは全員が乗ったことを確認すると身体の水平を保ったまま、器用に羽だけを動かしながら上昇していく。
『皆さん、振り落とされないようにしっかり掴まっててくださいね!』
「それってどういう――――」
ロロは一定の高さまで上昇したかと思うと、空気を切り裂くように急加速し空を駆けていく。周りの景色がぐんぐん流れていき、気が付けば先程フィルたちが立っていた場所は遥か後方に見えていた。
「しししししし、死んじゃううううううう」
ネイマールは風を顔で受けながらロロの背中にへばりついている。高い所が苦手なのか、伝説上の生き物に乗っていることへの興奮なのか、飛び立ってからずっと叫び続けている。
他の面々は特に怖がっている様子はない。皆、ごく自然にロロの背中へと乗り込んで滑空している訳だが、意外と平然としている。
こう見ればなんだかネイマールの反応の方がおかしいように見えるが、本来の反応はこっちが正しいのだろう。
まぁ、これまで色々なことに遭遇してきた訳で、変に慣れてしまっている自分もいる。
「なっ、なんで皆さんそんな平然としてるんですか! ここがどこだか分ってるんですか!? 龍の背中の上ですよ、龍の!」
「なんでって言われても、なぁ?」
「初めて龍の背中に乗ったけど意外とごつごつしてるのね」
「あの幹って一番上はどうなってるんだろう?」
「風が気持ちいいわぁ」
「ソフィア様、あまり乗り出されると落ちてしまいますよ」
「はぁぁぁぁ……」
ネイマールは自由人たちの答えに呆れたような声を出す。
フィルはネイマールたちのやり取りを横目で見ながら一生懸命飛んでくれているロロへと話し掛ける。
「ねぇ、ロロ。どのくらいであそこまで着くんだい?」
『そうですねぇ。三十分といったところでしょうか』
「歩いて二週間が三十分か。流石だね」
「これでも炎龍族の中では遅い方なんですよ? うちの族長なら十分かからないです」
「そんなに早いんだ!」
そんな他愛もない話を続けていると、いつの間にか全景が見渡せない程の巨木が眼前へと迫っていた。あまりの大きさ故、上空で優雅に飛んでいる龍たちが小さく見える。
『皆さん、そろそろ降ります! しっかり掴まっててくださいね!』
ロロは旋回しながら高度を下げていく。眼下には地面を埋め尽くすように木々が生えそろっているが、その隙間にぽっかりと大地が露出している部分が見えた。恐らくそこに着地するのだろうと、揺れる風の中で思っていた。
フィルの予想通りロロはゆっくりと着地の体勢に入り、静かに地面へと降り立つ。ロロの技術なのかは分からないが、龍の背に乗って飛ぶと言うのは存外快適だった。
ロロはフィルたち全員を背中から降ろすと、再び少女へと姿を変える。聞くと龍族はずっと龍化していると疲れるのだそうで、一部を除いては人化状態がいるのが普通だそうだ。
「ふぅっ。無事着いてよかった」
「本当にありがとう、ロロ。とても快適だったよ」
「人を乗せて飛んだことなんてないから肩が凝っちゃいましたよ。えへへ」
「やっぱりロロは飛ぶのが上手なんす! おいら眠くなっちゃんたんす。ふぁ~」
「ガーちゃんはいっつも背中で寝てたもんね」
ガロとロロは二人で笑い合っていた。ひとしきり空の旅の感想を言い合うと、ロロが申し訳なさそうに切り出す。
「みなさん、すみません。あたしがついていけるのはここまでなんです。メルセナ様がおられる”聖廟”には入れないから」
「入れないって、何か条件でもあるの?」
「はい。メルセナ様に謁見できるのは王紋を持つ者だけ。当代の族長たちだけなんです。唯一の例外は……”追放者”が承認を受けようとする時だけ」
「そうだったのか」
「すみません。本当はガーちゃんとみなさんと一緒に行きたいんですけど……」
「いや、ここまで手伝ってくれただけでも十分だよ。ありがとう、ロロ」
本当に気遣いのできる子だ。ガロも良い友達を持ったとつくづく思う。
「じゃあみなさん、あたしは都に戻ります! メルセナ様とのお話しが終わったら必ず寄ってくださいね? ガーちゃんも約束よ?」
「わっ、わかったんす」
「ふふふ。じゃあまた後ほど!」
そう言い残すと、ロロは再び龍化し一瞬で飛び去ってしまった。
ガロのことを想うと不安がないと言えば嘘になるだろうが、ここからは自分たちの力だけで進まなければならない。
「ガロ、俺たちが一緒にいる。行こう」
「はいなんす」
決意と少しばかりの緊張を胸に、フィルたち一行は王龍がいるであろう場所へと歩き出した。




