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91.龍族の掟

「ガロ……」


 思わずガロの肩に手をかけるが、震える身体はフィルが思っていた以上に小さく感じる。悔し涙を流しながらガロはぽつぽつと話し始める。


「国を出た龍族は”抜け者”っていって追放者として扱われるんす。また里に戻るためには、”王龍メルセナ様”からの承認がいるんす。まぁ、それで戻った龍族は今まで一匹もいないんすけど……だからとうさまはああいう言い方をしたんす」


「………」


 フィルが沈痛な表情を見せるガロに掛ける言葉を探していると、ソフィアとリアがガロの目線までしゃがみそっと抱きしめる。二人はガロが泣き止むまでずっと慰め続けた。


 しばらくしてガロが落ち着きを取り戻すと、ソフィアとリアはそっと体を離し、優しくガロへと語り掛ける。


「ねぇ、ガロ。ガロはどうしたいの?」


「どうしたいって……おいらは……」


 リアはガロの手を握りながら辛抱強くガロが話し始めるのを待っている。それは他の仲間たちも同様で、暖かな空気がガロに伝わったのだろう。ガロは今まで語ることのなかった感情を吐き出し始めた。


「おっ、おいらは……おいらは里を出てからずっと後悔してたんす。里のみんなからひどい事を言われたことより、逃げ出したことの方が何倍も辛かった……っ!」


 ガロはそこで一度言葉を区切ると、大きく息を吸い込み言葉を続ける。


「おいら、みんなと一緒に旅をしてすっごく楽しかったんす。仲間だって、ともだちだって言ってくれたことがすごく、すっごくうれしかったんす。戦うのは怖かったけど、おいらならできるってみんなが言ってくれた。こんなおいらでも役に立てるんだって」


 必死に話すガロを仲間たちは真剣に、温かく見守っている。


「おいら、みんなみたいに強くなりたいんす! とうさまみたいなみんなから尊敬される龍族になりたい! おいらはもう逃げたくない!」


 人一倍明るいガロだったが、内に何かを抱えていることにみな気付いてはいた。だが、それを無理やり聞き出すことはしなかった。


 なぜなら、ガロならいつか自分から話してくれると信じていたから。


 ガロの心情を聞き、普段はガロとふざけ合っているカイトがつかつかと近寄ると、涙の跡が残るガロの頭を乱暴に撫でる。


「よく言った。オレはお前を尊敬するぞ、ガロ」


「ぐずっ、うぇぇぇぇ……ガイ゛ド~~~~~~~~~~!」


「よしよし……って、おい! 鼻水つけんな!」


 カイトの胸に顔を擦り付けながらガロは泣いていた。その涙は先程流したものとは違う感情だろう。


「ガロの気持ちは分かった。じゃあさっそく行こうか」


「ぐずっ。行くって、いったいどこに行くんすか?」


「決まってるじゃないか。その”王龍メルセナ”のとこだよ」


「でっ、でもメルセナ様の所に行くまでは相当距離があるんすよ? 本当にみんなも一緒に来てくれるんすか?」


「もちろんじゃないか。ちゃんと説明して王龍に認めてもらえれば、ガロのお父さんだって話を聞いてくれる。そこでさっきの言葉を目の前でもう一度言うんだ。きっと里のみんなも納得してくれる」


「そうなんすかね……?」


 未だ不安げな表情を見せるガロをノクトが奮い立たせる。


「大丈夫だよ、ガロ。ガロは一人じゃない、僕たちがいるじゃないか」


「おいらは……一人じゃない……ぐずっ…………よし!」


 ガロは最後の涙を拭き取ると、強い決意をその瞳に秘め力強く胸を張っている。


 フィルはそんなガロを見ながら、先程ガロの父が言ったことを頭の中で反芻していた。


”『この手紙は偽物だ』”


 あの手紙はレイシェルフトを出た所で巨大な怪鳥が運んできたものだ。あの手紙がなければ、本来フィルたちは通過せずにフィデリオの首都に向かう予定だったはずだ。


――――ドラに()()()()()()()


 フィデリオに向かうことを事前に知っていたのは、仲間たちを除くと、レイシェルフト王、レオン、そして各師団長たちだけだ。


 だが、その情報を得たとして果たしてドラに向かわせようとするだろうか。


 レイシェルフトの件といい、影で何者かが動いているのは間違いない。それがどのような目的で動いているのかを知る必要があるが、現時点では手掛かりが少なすぎる。


 フィルが思考を巡らせていると、他の面々は王龍の元へと向かう道をガロに確認していた。ガロは少し考える素振りを見せると、悠然とそびえ立つドラの幹へのルートを示してくれる。


「ここからだと、右手に見える岩龍族の窟屋いわやを通るのがいいと思うんす。それでもここからだとたぶん二週間はかかるんす」


「うげぇ、二週間も野宿が続くのかよ」


「でもそれが一番近いんす。飛んでいけたらあっという間にいけるんすけど」


「まぁな。しゃーねぇけど歩いていくしかねぇか。幸い一ヶ月くらいは食料も持つだろうし、最悪狩りでもして」


 カイトが不自然な場所で喋るのを止める。どうしたとフィルが声を掛けようとした時、フィルはカイトが言葉を止めた理由を前方に見つけた。

 

 先程とは異なり、今度は灼熱を身に纏ったかのような真っ赤な体表に覆われた龍が、左手の山脈から高速でこちらに飛来してきている。


「うん? あれはもしかして……」


 ガロが目を細めながらじっと凝らしてる。どうやらガロの知り合いのようなのだが、ガロ以外の者にとっては龍族というだけで少なからず構えてしまう。


 炎龍はフィルたちが立っている場所の頭上で旋回すると、徐々にその高度を下げてくる。そのままここに着地するのかと思い、フィルたちが場所を空けようとした瞬間、ポンッと軽い音を立てて龍は消えてしまった。


 否、消えたのではなかった。


 龍は小柄な少女へと変化を遂げ、かなりの高さから落ちてきたのにも関わらず華麗な着地を見せる。燃えるような赤髪をたなびかせ、瞳は髪と合わせたかのように真紅だ。


 少女は辺りを見回しガロをその視界に入れると、雄叫びを上げながら突進してくる。


「ガァァァァァァッァァァちゃぁぁぁぁぁぁん!!」


「ロロ! 無事だったんすね!」


 ロロと呼ばれた少女はそのままの勢いでガロをぎゅっと抱きしめる。その表情からガロのことを余程気に病んでいたことが伝わってきた。


「もうっ、なんにも言わずに飛び出して! あたしがどれだけ心配したと思ってるの!」


「ごっ、ごめんなんすぅ……あの時はおいらも色々悩んでて……」


「なんでそれをあたしに相談しないの!」


「それは……ロロがともだちだから、迷惑かけたくなくて……」


「ばかっ!」

 

 ロロは再びガロを抱きしめる。


 もう二度と友を離さぬよう、強く、強く。


「ともだちだからこそ、迷惑かけるんでしょうが……っ!」


「いっ、いたいんすよロロぉ」


 ロロの目にも涙が見える。初めてガロに出会った時、ガロは一人しか友達がいないと嘆いていたが、一人がここまで想ってくれているということは何物にも代えがたいことだとフィルは思う。友というのは数ではなく、想いの強さで自然と結び付けられるのだろう。


「もう黙っていなくなったりしたら絶対ダメだからね? 分かった?」


「はいなんす」


「よろしい! それで? なんで急に戻ってきたの? こちらの皆さんはどなた?」


 少女は矢継ぎ早に質問を重ねる。本来人間が立ち入る場所ではないため、初めて見る人間に興味津々なのだろう。元々活発なようだし、好奇心旺盛なガロと馬が合うのも理解できる。



「実は――――」

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