9.先を見据えて
一通りの作業が終わり、バントの街に着いた一行は衛兵に事情を説明すると、フィルたちは一番安い宿の一室で旅の疲れを癒していた。
宿の食堂で出された固いパンを齧りながらカイトが口を開く。
「それにしても、まさかオレらが適合者だったとはなぁ。しかもフィルは”保持者”だっけ? なんかすげぇことになっちまったな」
「俺も未だに信じられないよ。だけど確かに晶素を感じるようになった。それと、右腕にあった痣も形が変わってるんだよ」
「そういえばそうね。これって何か意味があるのかしら?」
「う~ん、どうなんだろう。この力に目覚めた時、知識が勝手に入ってくる感じがしたんだよ。うまく言えないんだけど、最初から分かっていたというよりかは、知識が流れ込んできたって感じかな。聖都に行けば詳しいことが分かるかもしれないけど」
「そうね。聖都には保持者もいるでしょうし、何かしらの情報は手に入るはずだわ」
「じゃあ当面の目標は聖都に無事辿り着くことだね。でもリア、無理してない?」
「……お父さんとお母さんが死んじゃったことは未だに信じられない。あいつらに攫われた時も本当はものすごく怖かった。けど、絶対フィルたちが来てくれるって分かってたから。それに嫌な感情は全部あの男にぶつけたから逆にスッキリしたわ」
カイトはその時の光景を思い出したかのか身震いしている。
「すぐに割り切れることじゃないよ。俺だって一緒だ。一緒にゆっくり受け入れていこう」
「……うん」
リアの表情は完全に元通りとはいかないが、それでも前を向こうとしているのは伝わってくる。フィルだってそうだ。一生この悲しみを忘れる事なんてないだろう。だが、それでも命ある限り生きていかないといけないのだ。
話が一区切りついた所で、カイトが何かを思い出したように切り出す。
「そういえば、オレがゾネの村で酒を取りに行った時に晶魔がちょうどこっちに向かって歩いて来てたんだがよ……その時に見たんだよ。二人組の怪しい奴らが化物どもの真横にいたのを」
「え? 晶獣とか晶魔の真横にってこと? 見間違いじゃないの?」
「いや、確かに見た。間違いなく村にあんな奴らはいなかったし、顔は見えなかったが、オレには化物どもを操ってるように見えたぞ」
「だとすれば、俺たちの村はそいつらのせいで……でもなんの為に?」
「分かんねぇ。でもあんな奴らを操れるんなら、そいつらはもう人間じゃねぇだろうな」
その時、話し声に気付いたのか隣で寝ていたノクトが目を覚ました。
「うぅん…………あれ、ここは……?」
未だ状況が飲み込めてないノクトへ、自分たちの身に起きたことをかいつまんで説明する。
「そんなことが」
ノクトはフィルの話が信じられない様子だ。それも無理はなかった。いきなり保持者になったと聞かせられても、フィルが逆の立場だったら同じ反応を示していただろう。
「ごめん少し混乱してるみたいだ。リアとカイトが適合者で、フィルが保持者だって?」
「あたしだって未だに信じられないわよ。でもこんな感じで、ほらっ、ねっ?」
ぼんやりとした緑色のオーラを放出しながらリアが実演してみせる。
「ほんとだ。緑色なんて珍しいタイプだね」
ノクトが顎を触りながらぽつりと言う。笑みを浮かべながらノクトは続けた。
「まぁ、よかったんじゃない? これでみんな戦う力を手に入れた訳だし。なんだか僕だけ仲間外れみたいで寂しいよ」
「ノクトはもう大丈夫なの?」
「体の方は痛むけどもうなんともないよ。村のみんなのことは……まぁリアが無事だったことがなによりだよ」
「……そう。ノクト、助けに来てくれてほんとありがとね。フィルとカイトもありがとう」
リアは三人のことを見ながら改めて感謝の気持ちを伝える。
「それにしても未だに盗賊なんているのね。ずいぶん戦闘慣れしてたみたいだったけど、あのゴラムってやつ調子でも悪かったのかしら?」
要領を得ないリアの疑問にカイトが疑問を重ねる。
「どういう意味だ?」
「う~ん……別にあたしが感じただけのことなんだけど、最後やけにあっさりやられたなって思っちゃっただけ。まぁただの想い過ごしよね、きっと」
「それだけオレたちの力が予想以上に強かったってことだろ。それにしてもフィル、お前相変わらず傷治るの早ぇな。あんだけボコボコにされたのにもう傷塞がってんぞ」
「ほんと? まぁ俺にはこれくらいしか取り柄がないしね」
カイトに指摘されフィルは自分の体につけられた傷を確認する。確かにカイトの言う通り傷が塞がり始めていた。
フィルは昔から膝を擦りむいても木から落ちて捻挫しても、一晩寝たら大抵の傷が治っていた。周りの大人たちは不思議がっていたが、フィルは子どもながらに自分の特異体質を気に入っていた。そのせいか、どこかへ行ってはよく怪我をして帰ってきたものだ。
両親にはずいぶん心配かけてしまったと思い出に浸っていると、カイトがフィルへ切り出す。
「なぁフィル。ちょうど金もないことだし、この力を鍛えるついでに晶獣を狩らねぇか?」
カイトはうずうずした様子でこちらを見ている。これは行商から話を聞き出そうとしている時の顔にそっくりだ。自分が手に入れた未知の力に期待を膨らませているに違いないと、フィルは思った。
晶獣は武器や防具、薬など様々な用途に用いられるため、総じて需要が多い。カイトはそのことを知って提案しているのだが、当然そのためにはある程度の戦える力が必要である。
その辺の森にいる小耳兎でも、晶獣と化せば成人男性がてこずる程の脅威となるのだ。
「この力は未だ分からないことだらけだ。力を鍛えるっていうのは賛成だけど、晶獣を狩るのはしばらく様子を見よう。アイツらの怖さは俺たちが一番知っているだろ?」
「そうだな。じゃあ当面は普通の動物を狩りながら聖都を目指すとするか!」
方針が決まった一行は固いパンを食べきり、各々の寝床に着く。
フィルは明日以降の動きを自分でも整理しておこうと思い目をつぶると、急激な睡魔に襲われそのまま意識を手放した。