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89.ドラの幹

 精霊の国を出てちょうど四日が経過した頃。


 フィルたちは未だフィデリオの東部を彷徨っていた。



「おいガロ、この間あと三日で着くとか言ってなかったか?」


「もうすぐ着くんす。カイトは文句ばっかり言ってないで足を動かすんす」


「お前に言われたくねぇ。それと、そういうことはそっから降りてから言え」


 エインの肩の上に乗って自分で歩こうとしないガロに呆れたようにカイトが言う。ちなみエインはガロにされるがままになって黙々と歩いている。


 小精霊はというと普段はエイン以外には見えないが、エインが声を掛けるとフィルたちにも姿を見せてくれる。エインいわくどうやら今はガロの頭の上で眠っているらしい。


 だが、実際の道を知っているのはガロだけであり、カイトの不安も多少は理解できた。


 フィルは未知の国であるガロの故郷について問い掛ける。


「ねぇ、ガロ。ドラってどんなところなんだい?」


「ドラは色んな龍が棲んでいる国なんす。おいらたち森龍族の故郷はフィデリオ側にあるんすけど、炎龍族の住処は海側にあるんす。ドラの国には『創世の大樹』を中心に結界が張ってあって人間は入れないんすけど、おいらがいるから心配はいらないんす」


 ガロは自分にすべて任せておけと言わんばかりに胸を張って答えているが、ガロが張り切っている時はたいていトラブルに見舞われることが多いので少し不安だった。


「頼りにしているよ、ガロ。早く着いて友達と家族の無事を確認しないとね」


「そうなんす。ロロは大丈夫なんすかね……」


 ガロは不安な面持ちで手紙の差出人を想う。その言葉の中には家族の話題は出てこない。



 初めてハーファンでガロに会った時、ガロは泣きながら言っていた。


――――なにもかも嫌になって逃げたんす


 今まで友達の話題は何度か出てきたが、ガロの口から家族の事が語られることはなかった。フィルたちも無理に踏み入ろうとはしなかったし、本人も触れて欲しくなさそうにしていたからだ。


 ドラが狙われているとすれば国全体に警告を促す必要がある。そうなれば家族と対面する機会は必ず生まれるだろう。その時にガロはきちんと向き合うことができるのだろうか。


 先程の物憂げな表情から一変し、小さな背中を揺らし楽しそうにエインと喋っているガロを見ながら、もしその時が来れば背中を押してあげようとフィルは静かに思う。


 ガロ曰く、この先にはもう村はなく、ドラへと続く道が伸びているだけなのだそうだ。言われてみれば街道は整備されている訳ではなく、だんだんと獣道のようになりつつある。あれだけ鬱蒼としていた木々も、段々とその数を減らし始めていた。


 隣で歩くノクトもここまでずっと歩き続けているせいか、どこか苦しそうにしていた。


「ノクト、辛そうだけど大丈夫?」


「大丈夫だよ。少し頭痛がするだけだから。早く着くといいけどね」


「本当に大丈夫? どこかで休んでもいいけど」


「ううん、大丈夫だから。ガロももうすぐ着くって言ってるし」


「辛くなったらいつでも言ってくれよ?」


「ありがとう、フィル」


 ノクトもそうだが、他の面々も徐々に疲れの色を見せ始めていた。精霊の国から出た直後は口数も多かったが、二日目、三日目と経過するにつれ次第に口数も減って行った。たいてい、三日程度すれば今までは次の村に到着していたのだが、今回に限ってはドラに着くまで歩き続けるしかない。野営続きで流石のフィルたちも参っていた。


 前方ではガロとカイトが未だやり合っている。


「だいたい道覚えてんのかよ? ドラを出たのだって結構前だろ?」


「覚えてるに決まってるんす! 失礼なやつなんす! あと少ししたらそれっぽい所が見えてくるんす!」


「なんでそんなふわっとしてんだよ!」


「うるさいんす! カイトの口からは文句しか出ないんすねぇ、やれやれ」


「お前が言わせてんだろうが!」


「カイトはもっと落ち着いた方がいいんすね。エインを見習って……おろ?」


 先頭を歩いていたエインとガロ、カイトが立ち止まっている。どうやら拓けた場所まで出たようだが、ガロが興奮した様子でなにやら捲し立てていた。


 フィルたちが追いつい先に見えたのは何の変哲もない崖の上だ。ここだけ不自然に辺りから木々が消え、無防備な大地を晒しており、彼方に見える崖の先端にはポツンと一本だけ木が立っていた。


 無事目的に着いたことに気付いたガロは、エインの頭上から降りると声を弾ませる。


「ほら! やっぱり合ってたんす! なんとなくこっちな気がしたんすよね~」


「おい、今なんとなくって」


「とにかく早く行くんす! エイン、しゅっぱつ!」


 ガロを乗せたエインは崖の先端を目指してガンガン歩いていく。確かに不思議な場所ではあったが、見る限り話に聞いていた大樹はどこにも見えず、龍族がいるような気配もまったくしない。


 にも関わらずガロは間違いなくここが目的地だと言う。フィルは不思議に思いつつもガロに従って真っ直ぐに伸びる木の元へと向かう。


 近くに来てみると、遠くで見ていたよりは大きな木だということが分かった。葉は針のように尖っており、枝は多くの葉を携えて吹き付ける風に揺られている。


 ガロはその根元に蹲り、なにやらごそごそと作業をしている。


「ガロ?」


「……」


 フィルが話しかけるが、ガロは集中しているのかこちらを振り向こうともせず一心不乱に作業を続ける。


 今は話しかけても無駄だと感じたフィルは、ガロの作業が終わるまで待つことにした。


 ガロを見守ること数分。


 作業を終えた様子のガロがばっと顔を上げる。


「よしっ! これで準備完了なんす! みんなちょっと下がってるんすよ~」


 ガロが蹲っていた木の根元には、不思議な形をした器具が突き刺さっており、仄かに発光しているのが見て取れる。


 下がるように言われた一行は、ガロから距離を取りつつ事の成り行きを見守った。すると、ガロが晶素を纏いながら、これまで聞いたことがない真剣な声色を天へと響かせる。



「北の時雨、東の夕霧、南の群青、西の茜雲。四聖の龍が通る時、朧の光を指し示す」



 詠唱が終わると同時に、木の根元に鎮座していた器具が眩い光を放ち、立っていられない程の突風を巻き起こした。


「うわっ」


 フィルたちは咄嗟に地面を這うように態勢を低くする。こうでもしないと吹き飛ばされそうな程の暴風が吹き荒れていたからだ。


 しばらく目を閉じてじっと耐えていたが、ふと風が止んだことに気付く。

 


 目を開けると、そこには別世界が広がっていた。

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