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88.同行者

「嘘だろ……」


 フィルの目の前に現れたのは一枚の扉。それは精霊王の元へと導かれた際に通ったあの扉とそっくりなものだった。


「もしかしてこれが正解だったのか」 


 進み続けるのではなく戻るというのが正しい選択だったようだ。だが、これは実際にやろうと思うと難しいとフィルは思う。なぜなら進めば進むほど、戻るという選択肢は心理的に取れなくなってしまうからだ。


 フィルが戻ってみるかと思ったのも偶々だ。偶々これまでの道程と今の状況を重ねて戻ってみようかと思っただけだった。


「……きつい試練を出すなぁ」


 他のみんなは大丈夫だろうかと心配しながら、フィルは現れた扉へと手を掛ける。


 一瞬目の前が光に包まれたかと思うと、目を開けた時にはすでに玉座が置かれた空間に戻ってきていた。


 周囲を見渡すと仲間の姿が目に入る。今この空間に戻ってきているのは、リア、ノクト、ネイマール、エイン、ソフィアの五人だけだ。五人はそれぞれ寛いでおり、横には二枚の扉が鎮座している。

 

「あっ、フィル! 戻ってきたのね」


 フィルが戻ってきたことに気付いたリアが駆け寄ってくる。他の面々もそれに従うようにこちらへ歩いてきた。


「ただいま。みんなは大丈夫だった?」  


「全員無事クリアしたわよ。まぁ、それぞれ試練の内容は全部バラバラだったみたいだけど。フィルはどんなのだったの?」


「俺の試練は――――」


 フィルが試練の内容を説明しようとした矢先、残る二つの扉が勢いよく開かれる。


「どわ――――――――!」

「なんす――――――――!」


 ごろごろと仲良く転がり出てきたのはカイトとガロだ。だが、二人の様相は正反対だった。


 カイトは全身泥だらけで、何か粘々とした液体を頭から垂れ流している。


 対するガロはここに来たままの綺麗な恰好だったが、大粒の汗をかいており、何かを大事そうに抱えて蹲っている。


「ちくしょう……ぜったい許さねぇ……許さねぇぞ…………」

「おいらのもんなんす……ふふふ……これでおいらのもんなんすよ……」


 二人ともなにやらぶつぶつと喋っているが、どうやら試練自体はクリアした様子だ。


 精霊王は全員が揃ったことを確認すると、心底残念そうに玉座から立ち上がり、小精霊と共にこちらに歩み寄る。


「よもや全員脱落しないとはの」


「途中心が折れかけましたけどね。ではこれで?」


「うぐぐ……はぁ、仕方ない。同行を認めよう」


 はっきりと同行を認可された小精霊は、嬉々とした表情でフィルたちの間を飛び回る。その嬉しそうな様子にこちらも頑張った甲斐があったとフィルは思わず感じた。


 精霊王は咳ばらいを一つすると、一ヶ所へ集まるようフィルたちに指示する。


「この子を連れていく以上、何が何でも守り抜き、ここに連れて戻ることを誓うのじゃ。よいな?」


「分かりました。私たちが必ず守り抜くと誓います」


「少し待っておれ」


 そう言い残すとジンリンは一度玉座まで戻り、再びフィルたちの元へと戻って来る。その手には荘厳な杖が携えられていた。


 ジンリンはおもむろに杖を掲げると、目を瞑り詠唱を始める。



「彼の者は手を差し伸べる慈愛を示した。彼の者は逆境を退ける決意を示した。彼の者は困難を切り抜ける知識を示した。彼の者は俯瞰する見智を示した。彼の者は貫く正義を示した。彼の者は突き進む鉄心を示した。彼の者は打ち勝つ意気を示した。そして、彼の者は立ち止まる勇気を示した。精霊王ジンリンの名の元、彼の者たちを精霊の連人として認め、その道を祝福せん」



 ジンリンから虹色の光が溢れ出し、フィルたち八人へと降り注ぐ。包み込む光はとても心地よく、ほんのり温かみを持った光の粒だった。


 側で見ていた精霊たちもすべての光が消えるまで静かに見守っている。


 最後の粒がフィルへと吸い込まれるのを見届けると、ジンリンは息を一つ吐き出し口を開いた。


「そちらは精霊の祝福を受けた。生きていく上できっと役に立つじゃろう。慢心することなく、己が道を成さんために進むがよいのじゃ」


「はっ、はい。ありがとうございます」


 そしてジンリンは小精霊を手元に引き寄せると、両手に乗せて心配そうな目で見つめる。


「本当にゆくのか? 外の世界は怖いんじゃぞ? 羽もなくなるかもしれんのじゃぞ?」


 小精霊はこくこくと頷く。


「恐ろしい怪物がそこら中にいるのじゃぞ? それでもゆくのか?」


 小精霊はぶれることなく頷いている。


「よいか? 寂しくなったらいつでも戻ってくるのじゃぞ? よいな?」


 ジンリンは心配そうに何度何度も確認をする。どうやら精霊王はかなり過保護なようだが、小精霊はジンリンの元をすっと離れるとそのままエインの肩へと着地する。


「では私たちはそろそろ行きます」


「うむ。いつでもここに戻って来てよいからの。その子を連れて」


「分かっています。加護の件もありがとうございました」


 ジンリンは頷きながらゆっくりとその手を薙ぐ。すると、フィルたちがここに来る時と同じ模様の扉が出現した。


 扉に手をかけ開けた先はすでに鬱蒼とした森が広がっており、どうやら小妖精と出会った地点まで戻ってきているようだった。


 全員が扉から出たことを確認すると、小妖精はジンリンの胸に一度飛びつき、精霊の王と今生の別れのように抱き合いながら名残惜しそうに手を離した。


 こちらに手を振っているジンリンを見ながら扉を閉めようとした時、ガロがとんでもない爆弾発言を残す。


「おいらまたここに来るんす! おばちゃんもそれまで達者でなんす!」


「おばっ……!? わっ、わらわはまだ――――」


 扉は無情にも閉められ光の粒子となって消え去る。フィルは扉が閉まりきる前に見たジンリンの憤慨している顔がしばらく脳裏から離れなかった。


「おい、ガロ。お前のせいでオレたちは二度とあそこに戻れなくなったぞ」


「?」


 カイトがもっともなことを言っているがガロは何が悪かったのか理解できていない様子だ。偶に発射されるガロ砲は問答無用で心を抉り取っていくから怖い。


 フィルたちは再び歩き始める。


 

 新しく加わった小さな仲間を囲むように一行は精霊の国で経験した不思議な出来事で盛り上がりながら、ドラへと続く険しい道のりを賑やかに進んでいった。

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