87.それぞれの試練
「さて、話はしまいじゃ。早々にここから立ち去――――」
ジンリンがフィルたちを促そうとしたその時、羽が治ってからずっと飛び回っていた小精霊が何かを訴えかけるように必死に口を動かしている。
「なっ!?」
「む?」
驚きの表情を浮かべたジンリンの視線がエインへと注げられる。小精霊が何かを言っているようだがフィルには聞き取れない。
「なっ、ならん! ならんぞ! 外の世界はあれ程怖いということが分かったじゃろ! な? 人間の世界には怖いものがいっぱいあるのじゃぞ。そなたはここでわらわと同胞たちと暮らすのじゃ」
小精霊はなおもジンリンへと訴えかける。
「それでもならんものはならん! 確かに人間の世界でそなたの波動を感じるほどには相性は良いようだがの、本来我ら精霊は不干渉の――――」
小精霊はジンリンが必死に説得しているのも聞かず、駄々をこねるようにそこらじゅうを飛び回り始める。速すぎて目で追うことが難しいが、表情から察するとどうやら少し怒っているようだ。
「そっ、そんなこと言っても駄目じゃ! おっ、落ち着け! 落ち着けと言うておるじゃろう! えぇい! 分かった! 分かったから落ち着くのじゃ!」
ジンリンがそう言うと、小精霊は空中でピタっとその動きを止める。あまりにも露骨な行動に、妖精の王は普段からさぞ苦労しているのだろうとフィルは悟った。
「はぁ……なぜお前たちは言うことを聞いてくれないのじゃ……そなたの言うことは分かった。じゃが、条件がある」
今度はフィルたちの方へと目線を向けると、ジンリンは心底疲れた声色でフィルたちへ提案してくる。
「今のやり取りを見て分かったかもしれぬが、この子がいたくそこの人間を気に入ったようでの。そちらと一緒に行きたいと申しておる。もちろん、そちらの事情もあるであろうし? 断ってもらっても大いに結構だがの」
その鋭い目線はフィルたちに断れと無言で訴えかけているようだった。というよりも断れと言っているに等しい。
フィルたちとしてはどちらでも良かったのだが、王の隣でうるうるとした瞳で見てくる小精霊を見ると、正直断りづらい。だが、王の視線から感じる圧も心に重くのしかかってくる。
フィルが逡巡していると、女性陣が臆することなく賛成の意を示す。
「ねっ、ねぇフィル。あたしは連れて行ってもいいと思うんだけど」
「私も賛成よ。あんなに可愛い生き物と過ごすチャンスは一生ないわよ」
「おいらも賛成なんす~。キラキラしててなんだか楽しそうなんす」
王の尋常ではない目線もお構いなしで賛成多数のようだ。他の面々にも反対する者はいないようだが、フィルは当の本人にその想いを聞いてみた。
「えっと、エインはどう?」
「自分か? 自分は……」
この場で期せずして決定権を握ることになったエインを、ジンリンがもの凄い形相で見ている。断れ、断れと口から怨念のような心の声が漏れ出してしまっている。その様子にエインが気圧されていると、小精霊がエインにふよふよと近づき、止めの一撃を放つ。
ぎゅっとエインのごつごつした指を両手で掴むと、小さな目から一筋の涙を流したのだ。
その仕草は、その場にいる王を除いた誰もが心を掴まれる仕草だった。
「自分は…………賛成だ」
いくら真面目で堅物なエインだとしても流石に耐えきれなかったようだ。決定的な一言がエインの口から出たことで、ついにジンリンは崩れ落ちる。
「あぁ……」
「あの、なんかすみません」
「よい、もうよい。もう好きにするがよい。だが、そうと決まった以上、ただの人間にこの子を任せる訳にはいかん」
ジンリンはその美しく端正な顔を上げると、髪飾りを触りながら淡々と説明する。
「今からそちらには、わらわが用意した試練を受けてもらう。見事全員が試練を突破できた暁には、この子を同行させることを認めよう」
「試練? あの、どういった内容なんでしょうか」
「中には戦いとなる者もおるであろう。だが、各々に合った試練を用意する。真に正しき人間ならば突破できるであろうものを、な」
どうやらフィルたちが信用に足る人間かどうかを見定めるらしい。小精霊もフィルたちであれば問題ないだろうとでも言いたげに、特に口を挟まず成り行きを見守っている。
「分かりました。私たちはどうすればよいですか?」
「そこに居ればよい。もし途中で試練を止める場合はそのように叫べば戻してやるのじゃ。まぁ、その場合は資格なしとするがの」
ジンリンはまるでそうなるだろうとでも言いたげな様子だ。
「では試練を始めるのじゃ。精霊を連ねようとする者どもよ。信たる資格をその身をもって証明せよ」
ジンリンの両手から溢れ出す虹色の光が空間全体を満たす。
気が付けばフィルは一人で洞窟のような場所に立っていた。
「どこだ……ここ?」
辺りを見回してみるが見覚えはない。ここはジンリンが造り出した仮想の世界なのだろうか。
「とりあえず進むか……」
後ろは袋小路になっているため進むべき道は一本しかない。仄暗い洞窟の中をフィルは自分から放たれる晶素の灯りだけを頼りに進んでいく。
「これ、どこまで続いているんだろう」
喋る相手もいないため必然的に一人言になってしまうが、ぼやきたくなるくらい変り映えのしない景色が続く。もうかれこれ一時間は歩き続けているのではないだろうか。
「みんな大丈夫かな」
いつも側にいた仲間たちの事が頭によぎる。命の危険はないとは思うが、村を出てからずっと仲間たちに囲まれてきたので、どうしても心配になってしまう。
取り留めもない事を考えながらフィルはひたすら歩き続ける。
だが、四時間、五時間と歩き続るが、一向に出口は見えてこない。
「いったいどこまで続いてるんだよ……」
終わりがあるのかも分からない洞窟をフィルはひたすら歩く。
だが、肉体よりも精神的に限界が訪れようとしている。次第に時間の感覚が曖昧になり、自分が何のために歩いているのかすら分からなくなってしまった。
フィルは気が付くと足を止め、その場に座り込んでいた。
「……」
これがいったいどんな試練なのか、体力を測るのか、はたまた忍耐力を測るのか。どちらにしろゴールが見えない道を何時間も歩き続けるというのは想像以上に苦行だった。
ずっと前だけを見て歩き続けることは案外難しい。
「前だけをか……思えば俺のわがままでこんなとこまで来ちゃったんだな」
あの日、自分に付いて来てくれると三人が言ってくれた時、自然と涙が溢れ出した。今では大切な仲間が四人も増え、みな、友の為、国の為、自分の為、それぞれの目的で共に戦ってくれている。
最初は戦う理由も曖昧なものだった。
ヴィリームで事件に巻き込まれ、真羅の存在を知り、自分の保持者としての力に意味を見出そうとした。
だが、今は違う。ここまで戦ってきてフィルは理解していた。
真羅は常人とは明らかに異なった思想を持っており、命を軽んじ、目的の為なら平気で人を殺す。例えそれが仲間であっても。
そんな組織が変えた世界でフィルは生きたいとは思わないし、奴らの目的を力づくでも阻止しなければならない。今はそれが理由だ。
”『我々は世界を手にする』”
その言葉が何を意味するのかは分からない。だが、真羅の活動はどんどん活発化してきている気がしていた。
「気合い入れて頑張らないと」
フィルは独り言ちながら重い腰を上げる。
再び前を向いて歩き出そうとした時、フィルはふと思った。
そういえば来た道はどうなってるんだろう、と。
振り向けば当たり前のように暗闇が広がっている。だが、前に進み続けてもまた何時間も歩き続けることになるのではと思うと、どうしても気が進まない。
「試しに戻ってみるか。何もなければないでいいしな」
何かを期待していた訳ではない。
ただ気分を変えたくてフィルは来た道を戻り始め、二分程歩いた頃だっただろうか。
それは突然目の前に現れた。




