85.小さな出会い
クレオの街を出て二日が経った頃。
ガロの案内によって進んできた街道も徐々に幅が狭まり、路も悪くなってきた時のことだった。
先頭を歩いていたエインが何かを見つけたようで立ち止まる。
「む?」
両側に広がる鬱蒼とした森へと目を向けながら、じっと睨みつけるように一点を見ている。
「どうしたんだ、エイン」
普段のエインであれば、何か不審なものや危険を及ぼす可能性のあるものを見つけた場合、必ず他の仲間に注意を促してくれる。だが、今回は警戒を促す訳でもなく、じっと森の中の一点を見つめているのだ。
エインは森から目線を外すと仲間たちへ自分が見たものを説明しようとするのだが、その内容は理解しがたいものだった。
「あそこの木の下に棘のある赤い実があるのが分かるか? その実に何か、羽の生えた小人のようなもの引っかかっているのだ」
「羽の生えた小人?」
エインが指し示す方向へと目を向けるがフィルの目には何も映らない。それは他の仲間たちも同様だった。
「おいらには何も見えないんすよ?」
「私も何も見えないわ。本当に見えているの、エイン?」
「はい。自分にはそこの木の実に引っかかって何かを訴えかけている小人が見えるのです。自分にしか見えていないのか……?」
どうやらエインが嘘をついている訳ではないようだが、エイン以外は誰も見えてはいないらしい。フィルも改めてじっと目を凝らして近づいてみるが、何も見えず何も感じない。
仲間たちからの訝し気な気配に気付いたのだろう。エインは自分だけに見ているものを必死で説明する。
「なんというのか、羽の生えた小人としか表現しようがないのだが、その小人の羽に赤い実の棘が突き刺さって抜けなくなっているようなのだ。どうやら羽に刺さった棘を抜けと言っているようだが」
「よく分かんねぇけど、とりあえず抜いてやればいんじゃね?」
「分かった。皆、少し待っていてくれ」
カイトは見えていないなりに気を遣ったのだろう。その小人がいるであろう場所を指しながらエインの行動を促す。
フィルたちから見れば空中で手を動かしているようにしか見えないのだが、エインは慎重に手を動かしている。
二分くらい経った頃だろうか、エインが何度も角度を変えながら動かしていた手を止めた。
「これで……よし。取れたぞ」
どうやら小人に刺さっていたという棘が取れたらしい。これで一件落着かと思っていたフィルだったが、エインは更に不思議な事を言い始める。
「なんだ? お礼? いや、しかし」
宙に向かって一人エインが喋り続けている。ガロなどは自分には見えていないため早々に飽きて、足で地面をほじくり返して暇を持て余していた。
「どうしたんだよ、エイン。まだ何かあるのか?」
「どうやら助けてくれたお礼をしたいらしく、ついて来いと言っているようなのだが……どうする?」
「う~ん。ねぇ、ガロ。ドラまであとどのくらい?」
「そ~すね~、あと三日くらい歩けば着くと思うんすよ~」
ガロは地面を掘るのが楽しくなってきたのか、心ここにあらずといった感じで返事をする。ガロの様子も気になるところだが、あと三日で着く距離であれば少し寄り道しても大丈夫だろう。
「やめときましょうよ。罠だったら怖いですし」
「特に悪意がある訳じゃなさそうだし、そんなに長く滞在しなければいいんじゃない?」
ネイマールは警戒を露わにするが、リアはエインと同様に何かを感じ取っているようで問題ないと言う。フィルもどちらかというとリアに賛成だった。
「少しだけなら大丈夫だと思うよ」
「そうか。では皆、自分に着いてきてくれ」
「どこに連れていかれるんだろう。まっ、いいか。ほら、ガロ行くよ!」
「んす~」
足を泥だらけにしているガロを引きずりながら、足早に進むエインの後を付いていく一行だが、ぐんぐんと森の奥へ奥へと進んでいくエインに次第に不安になってきてしまう。街道に戻ろうと思っても、もうどちらから来たか分からないほど、辺りは木々が生い茂り自然の迷路と化していた。
「なぁ、エイン。結構奥まで来たけどまだ着かねぇのか?」
痺れを切らしたカイトがエインを急かすように話しかけるが、当の本人も少し困惑しているようだった。
「もうすぐらしいのだが……えっ?」
エインはカイトへ答えるとほぼ同時にその足を止める。
どうやらここが到着地点だと言っているようなのだが、今までの歩いてきた場所となんら変わりない。
「エイン、本当にここ?」
「どうやらそうらしい。自分もいったい何がなにやら」
エインが困惑しながらそう言いかけた、その時。
辺りは突如、眩いばかりの光に包まれる。
「うぉっ」
溢れ出る光から目を守るため、フィルたちは咄嗟に目を覆う。
次に目を開けた瞬間。
そこには衝撃的な光景が広がっていた。
「こっ、これは……」
「す、すげぇ……」
圧倒的な色彩が一斉にフィルたちの目に飛び込む。
赤、緑、青、黄、その他様々な色をした植物のようなものが至るところに生い茂り、辺りには仄かな光の粒子がふよふよと漂っている。植物のようなものと言ったのは、今までフィルたちが見たことのない形をしていたからだ。
今フィルが踏みしめている地面も同様で、それが土なのかは判別できなかった。なぜなら、常に一定の方向へ流れるかのように流動しており、一本の川の上に立っているような感覚になっていたからだ。
「な、なんなんすかここは……お宝が……そこらじゅうにお宝があるんす」
ガロはふらふらと歩き出すと、七色に発光している結晶のような物体に近づいていく。
「むほぉ。なんなんすか、これは。見たことない形してるんすよぉ……すりすり」
うっとりとした表情で結晶に顔を擦り付けるガロに、普段ならガロを嗜めるはずのカイトも、初めて見る光景に目を奪われそれどころではないようだ。
そして、変化はもう一つあった。
それは、エインのちょこんと肩に乗っている小さい生き物がフィルの目に見えていることだ。
「エイン、その肩に乗っているのは」
「む? 皆も見えるようになったのか?」
「はっきりと見える。本当に羽の生えた小人がいる」
フィルはまじまじとエインの肩に乗っている生物を見る。フィルたちの視線を感じるのか、どことなくもじもじとしている青碧色の服を着た小人は、その羽に痛々しい穴が空いており、どうやら自力で飛行することができないことが見て分かった。
女性陣は小人の愛らしさにやられてしまったようで、きゃあきゃあ言いながら小人と戯れている。
小人は気恥ずかしそうにしながら、小さな指で更に森の奥へとフィルたちを促す。
「付いて来いってことか?」
小人はエイン以外の言葉も分かるのか、カイトが話しかけた言葉に対してこくこくと頷いた。
指示に従い奥へと歩いていくが、辺りの景色も最初に入ってきた場所よりどんどん発色の度合いが強く、そして鮮やかになっているような気がする。
しょっちゅう足を止めるガロを先へと促しながら進んでいくと、唐突に目の前に一枚の扉が現れた。




