83.悲劇の結末
「≪悲雨≫」
空から降り落ちてきたのは毒の雨。
一粒一粒が致死性の毒を含んでいるであろう、大粒の雨がフィルたちへと降り注ぐ。
「みんな、こっちだ!」
ノクトは全員が範囲内に入ったことを確認すると、雨が降り注ぐ前に水の牢獄を頭上に完成させる。
「≪天水廟≫」
以前使った時は水の渦を発生させることで敵の動きを止めていたが、今はフィルたち全員を包みこむように膜が発生し、その層の中で水が急速に渦巻くことで毒の雨から身を守ってくれている。
「すげぇ、こんな使い方もできんのかよ」
「僕には……これしかないからっ!」
フレウラから放たれた毒の雨はノクトによってすべて無効化される。
「ちっ。≪硝雫≫!」
フレウラの掌に乗せられた毒の塊が、空気を切り裂きながら高速でフィルたちへと向かって発射される。
「≪大雷≫」
だが、すぐさまカイトから生み出された雷によって撃ち落され、毒の塊は地面を溶かして霧散してしまった。
「くそっ! ≪悲雨≫! ≪硝雫≫!」
再び毒の嵐がフィルたちへ襲い掛かるが、一度見た技であれば避けるのは容易だ。降りしきる雨の間を縫うように、フィルは無防備なフレウラに対して晶素を放つ。
「≪晶波≫!」
一直線に駆け抜けていった晶素の弾丸は、真っ直ぐフレウラの胸へと直撃し、華奢な身体を吹き飛ばした。
フレウラは地面に手をつき、苦悶の表情で倒れ伏しているが、その瞳は依然復讐に燃え怪しく光っている。
「聞いていたとおり一筋縄ではいかないわね……だけど、そこはもう圏内よ」
「まずい――――」
「背きし者に正しき罰を。≪浸潤地域≫」
フレウラを中心に毒の霧が一斉に噴き出す。それは不可視の粒子となってフィルたちへ襲い掛かった。
――――最初からこれを狙っていたのか
先程の雨とは違い、仮にノクトの技を展開したところで空気に混じっているため水の膜では意味を成さない。
「住民連中に撒いた毒とは訳が違うわよ。その霧を吸い込んだが最後、もがき苦しみながら死ぬことになるわ」
「みんな下がれ!」
フィルたちは一斉に駆け出すが後方から迫ってくる霧の方が圧倒的に速度が速い。
「まずい、追いつかれ――――」
死の霧がフィルたちの背中に手を掛けようとしたその時、本来は聞こえるはずのない声が夜の広場に木霊した。
「≪一振:紅葉狩≫」
剣の一振りによって発生した暴風は、フィルたちの背後に迫っていた死の霧そのすべてを押し返す。
「なんでここにいるんす…………エイン!」
そこに立っていたのは、肩で息をしながら剣を握りしめるエインの姿だった。
エインは誰の目にも万全の体調ではないことが分かる。背中の傷がかなり痛むはずだが、そんな様子を微塵も見せずエインは淡々と語る。
「治療院で横になっていたら皆の晶素の波動を感じてな。いてもたってもいられず来てしまった」
「なんでそんな無茶を」
エインは額に汗を浮かべながら自らの剣で体を支えている。
「どんな時であろうと自分はソフィア様を守ると決めたのだ。もし自分が寝ている間にソフィア様に何かあれば自分は一生後悔するだろう。そして、それはソフィア様だけではない。ここにいる皆も同様だ」
「エイン……」
「お仲間ごっこなら他所でやって頂戴。この世界から消えなさい≪浸潤――――」
「ガロ! アレやるぞ!」
「がってんしょうちなんす!!」
フレウラが再び毒の霧を生み出そうと晶素を収束しようとしたと同時に、ガロとカイトが同時に駆け出す。
「≪大雷≫」
「ちっ」
フレウラは迫りくる雷を認識したのか、一旦詠唱を中断し、横跳びでカイトが放った雷を避ける。だが、それこそがカイトが狙っていたことだった。
「かかった! ≪雷糸≫!」
カイトから伸びるのは多量の電気を含んだ糸だ。一度拘束されれば、張り巡らされた糸から流れる電気によって筋肉の動きが停滞し一時的に行動不能になる。
迫りくる雷にばかり気を取られていたフレウラは、転がりつつもすぐさま体制を立て直そうとするが一歩動きが遅れてしまう。その致命的な遅れによって、大量に晶素が練り込まれ拡大した雷糸の範囲網を掻い潜ることができず、身体の動きを奪われてしまう。
「ぐっ、こんなもので……っ」
「今だ、ガロ!」
「まってたんす! ≪痺痺草草≫ッ!」
ガロの手から放り投げられたのは黄色の小さな種子だった。その種子はガロの晶素を受け発光しながら、放物線を描いてフレウラへと飛んでいく。
身動きが取れないフレウラの眼前へと種子が近づいたその時、急速に種子が膨張しボンッという衝撃音とともに爆ぜ、中に詰まっていた黄色の花粉が弾け出しフレウラへと降り注いだ。
「か……身体が……動かな…………い」
これこそがガロが新しく身に着けた技だ。痺草という体内に入ると全身の痺れを引き起こす植物の種子を、ガロの【芽守】の能力によって急成長させ爆散させたのだ。
カイトの雷糸とガロによる痺痺草草。二人がここ最近で一緒に特訓していた拘束技の連携技術だ。
「さぁ、晶素の循環も止めてますから、これでもう逃げれませんよ。諦めてください」
「ふざ……けるなっ! こんな所で終わる訳にはいかない! アイツら全員に復讐するまでは……!」
フレウラはなんとか抜け出そうとするのだが、身体も晶素の循環も封じられた状態ではただの一般人と変わらない。元々パワータイプの保持者ではない為、どう足掻いても拘束から抜け出すことは不可能だった。
「グレンデル様から直々に命令いただいたのだ! やり遂げれば≪六界≫になることができる! アイツらを更に苦しませてやれる!」
そこには狂気に染まり復讐の鬼と化した女がいた。
「そんなことして何になるんです。復讐した先には何が残るんですか。あなたが愛した人たちは本当にそんなことを望んでたと思ってるんですか」
「黙れッ!!!」
フレウラは歯を剥き激昂するが、フィルは一歩も引かずに言葉を続ける。
「あなたの両親が救おうとした命をあなたが奪い取ってどうするんですか」
「黙れと言っているッ!! 家族を亡くしたこともない奴が偉そうに」
「ありますよ」
「なんっ……」
「俺は大好きだった両親を、そして生まれ故郷を晶獣と晶魔に奪われましたから」
「ッ!」
フレウラはまさかフィルたちも自分と同じような境遇にあるとは思わなかったのだろう。次の言葉を紡げずに沈黙してしまう。
「俺の場合は人の手によるものじゃないですからあなたと事情は違うかもしれません。だけど大切な人を奪われたことは一緒です。どうしようもなく悲しく、空しく、そして――――悔しかった」
「…………」
「復讐だって考えなかった訳じゃありません。だけどその先に得られるものはきっと、自分の人生にとって良いものじゃないと思ったんです。それに、俺には仲間がいました。だから俺は今も前を向いて立っていられる」
「……っじゃあどうすれば良かったのよ……この感情はいったいどこにぶつければよかったの! 教えなさいよ……!」
身体から力が抜け、フレウラは唇を噛みしめながらフィルに問いかける。
「それは自分で見つけるしかありません。だけど人を傷つける事だけではない。あなたのご両親なら、きっとそう言うはずです」
「っ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
フレウラの慟哭が雲の隙間から覗く星空へと吸い込まれていく。涙を流すフレウラを見たフィルは、もう大丈夫だろうと判断しカイトとガロに指示をしてそっと拘束を解いた。
フレウラは膝立ちの状態でしばらく宙を見上げていたが、やがてフィルの方へと向き直ると毒気を抜かれた表情で話し始める。
「あなたたちは……私には眩しすぎるわ。もう私は戻ることはできない」
「戻ることはできなくても進むことは出来ます。償いながら、それでも自分の人生を生きてください」
「ずいぶん厳しいことを言うのね……」
フレウラは泣き笑いのような表情で答える。それは最初にレミエーラとして出会った時と比べて自然な表情に見えた。
フレウラはしばらく黙り込むと、何かを決心したように顔を上げる。
「忠告しておいてあげる。真羅は――――」
フレウラの言葉はそこで唐突に途切れる。
フレウラの胸の中心には深々と氷の槍が突き刺さっていた。




