82.ドゥの一族
フィルたちが解毒薬を手に入れた日から三日。
西地区の井戸から少し離れた薬屋の物陰にフィルとソフィアは潜んでいた。
一日目、二日目と空振りに終わり、今日はフィルとソフィアの二人が見張りの順番だったため、お互い一言も喋ることなくじっと身を潜めている。
一時間、二時間と経過し、そろそろ今日の所は引き上げようかと相談していたその時。
ついにレミエーラその人が暗がりから現れる。
レミエーラは辺りを見回す素振りを見せると、手を井戸の上にかざし青白い光を放ちながら井戸へ何かを放つ。
「”≪毒生成≫”」
決定的瞬間を目撃したフィルたちは、他の仲間たちへと信号を送るため、晶素の塊を空へと打ち上げた。当然その音に気付いたレミエーラは、フィルたちが隠れている場所を振り返り鋭い声を発する。
「誰!」
すでに姿を潜める必要がなくなったフィルたちは、潜んでいた場所からレミエーラの元へと姿を現した。
「あなたたちは……」
フィルはレミエーラを見る。その姿は昼間見た時となんら変わりはないが、敵と一度認識した途端、聖女と呼ばれ崇められていた姿が急に胡散臭く感じてしまう。
「レミエーラさん、あなたがこの街に”呪い”をかけていた犯人だったんですね」
レミエーラは弁解する訳でもなく、ましてや激昂する訳でもなく、自分の掌を見つめながら沈黙を貫いている。
エインを除く他の面々も続々と到着する。すぐ近くの宿で待機していたためフィルの信号を見てすぐに駆けつけてきたのだ。
「なぜこんなことをしているんです。あなたはいったい何がしたいんですか」
フィルが問いかけるがレミエーラは依然として沈黙を貫いている。逃げる素振りも見せず、かといって何かを仕掛けてくる素振りも見せないのが逆に不気味だ。
だが、ここまで沈黙を守ってきたレミエーラの表情は次のフィルの一言によって劇的に変化する。
「何か答えてください。レミエーラ・モロウ――――いえ、フレウラ・ドゥさん」
「ッ! なぜその名をお前が知っている!」
レミエーラ、いやフレウラは驚愕の表情を浮かべこちら見ている。
フィルが発した名前に聞き覚えがあったのだろう。ネイマールが記憶の奥底からその名を引っ張り出す。
「ちょっと待ってくださいよ。ドゥってまさか、『フレンジ街のドゥ一族』? 街の住民全員を毒で殺そうとしたっていう」
「何も知らない人間が知った風な口を聞くなッ!!」
フレウラは以前の気品溢れる口調とは打って変わり、感情をぶつけるかのような荒い言葉遣いで憤怒の表情を浮かべている。
「お前たちのような無知で愚鈍な人間に私たち家族は殺された!」
一言一言に怒りを込めながら、フレウラは憎悪を吐き出すように近くにあった桶を弾き飛ばす。
「私たち家族は身を粉にして治療し続けた! それなのにあいつらは……ッ!」
フィルがソフィアから聞いていた事。
それは、昔レイシェルフトの北東部にあったフレンジという街で起こった凄惨な事件のことだった。
――――フレンジの街
それは別名『毒沼の街』と呼ばれ恐れられた、すでに今はない街の名前だ。
十年前。フレンジの街にドゥという一人の医者がいた。とても熱心な男で、家族と共に街の人のために尽くすその姿から、街の人々から非常に信頼されていたらしい。
だが、小さな街を突如、一匹の晶獣が襲った。家屋は破壊され、多くの人々の尊い命が失われた。
そして、その晶獣が最後に辿り着いたのはこの街唯一の医院だった。男は家族を、そして街の人々の命を守るため必死に晶獣の前に立ち塞がった。
その時どのようなやり取りが行われたかは、今となっては分からない。
男が守ろうとした医院は襲われることなく、晶獣はその場を立ち去ってしまった。
その様子を陰で見ていたある住民が言ったのだ。
――――”あの男が晶獣を街に引き入れたらしい。だから襲われなかった”
人の噂というのは恐ろしいもので、生き残った住民たちの間に一気に噂が広まってしまった。
家族を失った者たちは、悲しみと怒りの矛先をその噂に向けた。それが真実かどうかなど関係なかったのだ。怒りに震える集団はドゥ一家が寝静まった頃を見計らって医院に火をつけ、火は一瞬の内に燃え広がり、医院は一夜にして焼失してしまったそうだ。
だが、本当の悲劇はここからだった。
医院焼失から数日後、住民たちは復興に向けて精力的に活動していたのだが、突如、緑色の痣が浮き出て激痛の末死に至るという奇病が流行する。
治療法の確立もできないまま数日が過ぎ去った日のこと、ある子どもが共用の井戸に何かを入れようとしているのを住民が発見する。その子どもは住民に見つかると、闇夜に紛れるように何処かへ消え去ったという。
その子どもの名は――――フレウラ・ドゥ。
不運な家族の生き残りは、自らの力を復讐のためだけに使い今日まで生き続けていたのだ。
それは十年が経った今も変わってはいない。
「あれから私は惨めに逃げて逃げて逃げ続け、生きる為ならなんでもしたわ。街が消えてからも生き残った奴ら全員に復讐するためにね。この街に移住してきたと聞いた時は心が躍った!」
フレウラは狂気を撒き散らすよう髪を振り乱す。
「私は絶対にアイツらを許さない。燃え盛る両親を見て死ぬまで復讐し続けると誓ったあの日からずっと。そして、こんな私を拾ってくれたグランデル様の為にも」
フレウラから足が引けるような恐ろしい殺気が溢れ出す。
「やっぱりあんたも”真羅”だったのか」
「本当は全員を殺してやろうと思ってたけど、あんな愚図どもにも使い道があるらしいから適当に見繕って生かしてやってるのよ。それに治してやったら簡単に私の言うことを信じるようになる。人間とは本当に愚かなものね。人を殺すのは簡単なくせに、いざ自分が死ぬとなったら命乞いをする。見ていて反吐が出る」
もはや出会った時の上品さは跡形もない。
「恐怖しなさい、絶望しなさい、そして後悔しなさい。私は【悲毒】のフレウラ。至高なる王の僕としてお前たちを今ここで殺す」




