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80.煙

 二人の雰囲気とは対照に、ガロは陽気に森の中をぐんぐん進んでいたが、ふいにその足を止める。


「どうしたんだい、ガロ」


「右手の方から何か感じるんす。すごく嫌な感じがするんす」


 ガロに促され右手の鬱蒼とした木々を見るが特に異常はないように見える。だが、ガロがこれだけ主張するということは間違いなく何かがいるのだろう。


「分かった。二人も戦闘準備を」


「承知した」

「……んす」


 先導を交代し、フィルがガロが指し示す方向へと草を掻き分けながら歩いていくと、ぐちゃぐちゃと何かが潰れるような音が聞こえて始める。


 さらに歩みを進めると、倒木の陰に隠れるように()()はいた。


 全身を真っ黒の毛で覆い、頭部からは三本の湾曲した角が生えている。発達した脚部を持ち、四本の腕を器用に動かしながら、無残に破壊された動物の亡骸を咀嚼していた。


 辺りには腐敗臭が漂っており、四本腕の怪物に近づくにつれ鼻が曲がりそうな臭いに思わず顔をしかめてしまう。


 怪物はようやくこちらを認識したのか、食べる手を止め赤黒い眼球でこちらをじっと見ている。


「よりにもよって『晶魔ゲート』か。ガロ、晶魔ゲートの晶核でも問題はない?」


「問題はないんすけど、ほんとにアイツと戦うんすか? すごく臭いしやめといた方がいいような気がするんす」


「ギィ…………ギィェェェェエエエエエエエエエエエ!」


 晶魔ゲートはフィルたちを獲物だと認識したのか、はたまたガロに臭いと言われことに怒ったのかは分からないが、身の毛もよだつ雄たけびを上げながら真っ先にフィルの方へと向かってくる。


「≪晶波レイジング≫!」


 フィルは様子見を含めて晶魔ゲートへと晶素の塊を放つ。だが、晶魔ゲートは素早い身のこなしで晶波レイジングを避けると、口から何かをフィルへと吐き出した。


「フィル! 避けろ!!」


 フィルは咄嗟に晶壁オーバーを出そうとしたのだが、エインの警告に従いぎりぎりの所で身を捻り回避する。


 その判断はやはり正しかった。


 晶魔ゲートの口から吐き出された何かは、フィルたちの後方にあった巨木に当たると、凄まじい音と共に爆発したのだ。


 もし晶壁オーバーで防いでいたら爆風によって吹き飛ばされていただろう。晶壁オーバーはフィルの掌の直線状にしか展開ができないのだ。


「……ありがとう、エイン。助かったよ」


「気を付けろ。あれが奴の能力だとしたら身体に触れるのもまずいかもしれん」


 晶魔ゲートはフィルたちが爆発に巻き込まれなかったことが悔しかったのか、再び咆哮を上げて迫ってくる。


「ギィ!」


「っ」


 四本の腕で殴りかかってくる晶魔ゲートの攻撃を必死に避けるフィルだったが、二本の拳を受けるのとは訳が違う。どうやらこの晶魔ゲートは戦い慣れているようで、避けたと思ったら死角から別の拳が飛んでくる。


 加えて関節が柔らかいのか、人間には不可能な軌道を描きながら拳が降ってくるのだ。


 フィルも必死に晶素を循環させ避け続けるが、すべてを回避するのは不可能だった。迫りくる拳に対し、咄嗟に晶壁オーバーを展開するがそれは悪手だった。



「くそっ、≪晶壁オーバー≫!」


「まずい!」


 フィルが生み出した晶素の壁に晶魔ゲートの手が触れた瞬間、光と共に爆発が発生し、暴力的な衝撃波によってフィルは弾き飛ばされる。


「かはっ」


「「フィル!」」


 なんとか急所は外したが、巨木に打ち付けられた背中に痛みが走る。フィルはよろよろと立ち上がると、理不尽な能力を持つ敵に思わず悪態をついた。


「くっ、触れたら駄目だなんてどれだけ厄介なんだ……」


 エインとガロが駆け寄り、心配そうな表情でこちらを見ている。晶魔ゲートはフィルが吹き飛んだことが嬉しいのか、その場で手を叩き雄たけびを上げていた。


「奴の能力は厄介だ。まだ油断している今の内に遠距離で仕留めるか、一気に詰め寄って斬るかの二択しかないだろう」


「そうだね。じゃあ」


 フィルがエインの案に乗っかろうとした時、戦闘に後ろ向きだったはずのガロがおずおずと手を上げる。


「あっ、あの。おいらに考えがあるんす」


「考え?」


 ガロが戦闘で何かを提案することは珍しい。本来の性格もあるのだろうが、元々戦うこと自体敬遠してきたのだ。そのガロが、自ら敵を倒す為の案を出してくるということは、何かしらガロの中で心境の変化があったのだろうか。


「おいらが――――」


 晶魔ゲートが悦に浸っている数瞬の間、ガロの提案を共有した三人はすぐさま実行に移すために動き出す。


 晶魔ゲートはフィルたちが動き始めたのを目視で確認すると、不快な嗤い声を上げながら、再び口から爆源を吐き出した。


 フィルは他の二人の動きを横目で確認すると、こちらに飛んでくる爆源に照準を合わせ、限界まで引き付けながらタイミングを見計らう。


 眼前へと敵の攻撃が迫る中、準備が整ったと判断したフィルは晶素を急速循環させ、放った。


「≪晶波レイジング≫」


 研ぎ澄まされた一撃は放たれた爆源に正面から衝突し空中で大爆発を起こす。


 辺りは砂煙に包まれ、化け物の嗤い声だけが木霊していた。化け物からすればフィルは衝撃で吹き飛ばされたように見えるだろう。だが、フィルは即座に晶壁オーバーを展開し爆風からその身を守っていた。


 奴の狙いは最初から一貫してフィルだった。


 だからこそ、他の二人の姿が見えなくなっていることに気付きもしなかったのだろう。


 晶魔ゲートの背後には剣を構えるエインが立ち、あらん限りの力で剣を振り抜いた。



「≪一振ひとふり紅葉狩もみじがり≫」



「ギィィィアアァァァァァッァァァ!」


 鍛え上げられた肉体と道力が剣閃を加速させ肉体を切り刻む暴風を生み出す。


 エインによって右腕を斬り飛ばされた晶魔ゲートは、泥のような血を切り口から流しながら苦悶の声を上げる。


 今までの嗜虐的な行動からフィルたちを確実に殺す為の行動に切り替えようと、晶素の波動を結晶化した身体から迸らせるがすでに手遅れだった。


「今だッ! ガロ!!」


「だぶる≪森喰花ボスコ≫!」


 ガロから放たれた小さな二つの種子はガロの晶素を受けすくすく成長し、一瞬で巨大な植物へと成長を遂げる。二体の森喰花ボスコはこちらの意図を汲み取り、まったく同じ動きで化け物の脚へと飛びついた。


 動きを一時的に封じられた晶魔ゲートは予想通り自らの脚を爆発させることで二体の森喰花ボスコを吹き飛ばす。ガロが稼いだ数秒の時間、それはフィルが準備を整えるには十分すぎる時間だった。


「≪晶剣ジエン≫」


 フィルは晶魔ゲートの首に刃を当て、迷いなく振り抜いた。最後に化け物が見せた感情は憤怒であっただろうか、はたまた死への恐怖だっただろうか、晶魔ゲートの頭部は爆ぜ、その場には切り離された巨大な晶核と首がない四本腕の身体だけが残された。


「ふぅ、終わったか」


「なんとかなったようだな。ガロの策が見事に嵌ったようだ。見事だった」


「そっ、そうなんすかねぇ。えへへへへへへ」


 素直に喜ぶガロを微笑ましい気持ちで見ながら、フィルは晶魔ゲートから落とされた晶核へと目を向ける。晶獣オーロのものと比べるとやはり二回りは大きく色も濃い。


「さっ、晶核を回収して早く帰ろう。また晶魔ゲートに会ったらたまったもんじゃないからね」


「じゃあおいらが取ってくるんす!」


 ガロが駆け足で地面に転がっている晶核へと駆け出した。

 


 その時、視界の端で何が動く。



 一瞬の出来事だった。



 頭を切り離されたはずの晶魔ゲートの身体が突如痙攣し、近くで晶核を拾おうとしていたガロを巻き込むように巨大な爆発を引き起こした。


 ガロは驚きでその場に座り込み、フィルは間に合わないと分かっていても晶波レイジングで身体ごと吹き飛ばそうとする。


 だが、誰よりも早くエインはその大きな身体をガロと晶魔ゲートの間に滑らせると、爆発から守るようにその身体でガロを包みこんでいた。


「エインッ!! ガロッ!!」


 すぐさま二人の元へと駆け寄る。


 そこには、背中が大きく爛れ血を流して倒れ込んでいるエインと、泣きそうな表情でエインを見ているガロがいた。


「なっ、なんで……なんでおいらをかばったんすか」


 ガロはエインを手を握りながら問う。次にガロの口から出てきたのは後悔の言葉だった。


「おいらのせいだ。おいらが頭を切り離せばなんて言ったから……」


 自責の念に駆られるガロを慰めようとフィルが声を掛ける前に、顔を蒼白にさせながらエインが声を絞り出す。エインの言葉はガロを責めるものではなかった。


「それは違うぞ、ガロ……よ。仲間のため勇気ある……行動だった……きみは……勇敢な戦士だ」


「そんなこと……!」


 エインの表情や言葉にガロを非難するような感情は一切含まれてはいない。ガロもそれを感じ取ったのだろう。エインが負傷したことにはショックを受けつつも、自分が取った行動が間違っていたとはもう思ってはいないようだ。


 フィルは持ってきていた鞄の中から緊急止血用の薬液を取り出し、エインの背中に振りかけるように流す。ある程度は血が止まったが、すでに流した血を戻すことはできず、爛れてしまった皮膚を戻すためにも、早く街の治療院へ運ぶ必要があった。



「とりあえずはこれでいいだろう。さぁ、早く街に戻ろう!」

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