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79.その手に掴むもの

「なんだって!?」


 突然のガロの発言に場が騒然とする。


「ガロ、これが何の毒か分かってるのかい?」


「分からないんすよ?」


「?」


「でも森龍族に伝わる方法で調合すればどんな毒もイチコロなんす! これでもおいら里では調合が一番上手かったんす!」


 ガロが言うには森龍族に伝わる方法でどんな毒にでも効く解毒薬が作れるということだった。もし本当に解毒薬を作ることが可能ならレミエーラに頼むリスクを回避でき、街の人々を救う可能性も見えてくる。


「その薬を作るのに必要な材料は?」


「必要なのはたしか、『光陽虫ライタスの光源』、『鉤火草の涙』、『森喰花ボスコの花弁』、それと『晶獣オーロの晶核』なんす。ちなみ『晶獣オーロの晶核』は、取り出してから二時間以内でないと晶素が霧散して効果がなくなるんす」


「それは……」


 ガロが挙げた材料はどれも入手が困難なものばかりだ。


「『森喰花ボスコの花弁』はガロにお願いするとして、『鉤火草の涙』は確かフィデリオの海岸部で採れるんじゃなかったっけ?」


 フィルのうろ覚えな知識をソフィアが補完する。


「正確にはフィデリオ南東部の沿岸ね。たぶんこの街の南から歩いていけば生えてるんじゃないかしら。おそらく涙と言われてるのは、胚の中に詰まっている養分のことを指してるんでしょ?」


「そうなんす! さすがソフィアなんす!」


「ふふ。ありがと、ガロ。あとは『光陽虫ライタス』の光源だけど」


 光陽虫ライタスとは今のフィルたちの防具にも使われている、身体を虹色に発光させる特徴を持ったフィデリオを主な生息地とする昆虫だ。


 腹の中に発光源を持つ光陽虫ライタスだが、その光源は非常に高値で取引されている。なぜなら、光源を取り出すのは生きたままの光陽虫ライタスを何らかの方法で気絶させ、その間に取り出さなければならないからだ。


 動きの速い光陽虫ライタスを捕まえるだけでも至難の業だが、さらに気絶させすぐに取り出す技術も必要なため、市場では非常に価値が高いものとして扱われている。


 主に防具や武具に使用され、光源を混ぜ込むことで耐久力が跳ね上がるのだそうだ。


「『光陽虫ライタスの光源』ねぇ。もしかしたらダンさんに言えばなんとかなるかもしれねぇけど」


 カイトは、ダンであればこの街の経済や流通状況は把握しているだろうと言っているのだ。恐らくそれが一番効率的で早く手に入れることができるだろうとフィルも思う。


「よし。まだ毒だと断言はできないけど手分けして材料を集めに行こう。ネイマールとリアは『光陽虫ライタスの光源』を、カイトは『鉤火草の涙』を、俺とエインとガロは『晶獣オーロの晶核』を集めよう」


「ちょっと待ってよ。私たちも行くわ」


 ソフィアが自分とノクトだけ参加していないことに抗議の声を上げるが、フィルはそれを認めるつもりはなかった。後ろで聞いているノクトは理解している様子だ。


「それは駄目だよ。もしレミエーラさんが真羅ルーラーだったら、確実に俺たちは狙われてる。ノクトとソフィアが発症したことに気付いているとしたら、二人は今は動かない方がいい。向こうの思惑通り療養中ということにしておけば、いきなりここを襲撃されることはないと思うから」


「でも、他のみんなが何かを集めていることに気付かれたらどうするの?」


「たぶん気付かれると思う。だけどそれが何の目的かまでは分からないはずだ。ましてや自分が疑われているとは微塵も思っていないと思う。だからこっちは解毒薬を用意した上で、向こうが尻尾を出すのを待った方がいい」


「分かったわ。ただ、私たちだけじゃなく、みんなも狙われてる可能性があるということを忘れないでね?」


「もちろん。みんなもくれぐれも気を付けて」


 フィルたちはそれぞれの動き方や今後の方針を再度話し合うと、店主に礼を言い店を後にした。ノクトとソフィアは宿で待機、他の面々は三手に別れ各自材料集めを開始したのだが、晶獣オーロの晶核を集めるために東部の森に分け入っていたフィルたち三人は、早くも難題に直面していた。


晶獣オーロどころか動物すらいないんだけど」


 フィルたちは街道から少し外れた森を進んでいたのだが、晶獣オーロの影すら見当たらず、小動物さえもいないという状況だった。


「う~ん、動物の気配はするんすよ」


「ほんと? 特に何も感じないんだけど」


「なんとなくなんすけど、あっちの方に気配を感じるんす」


 ガロが指し示したのは向かって左手、クレオの街の北側の方へ進む方面だ。ガロは森龍族の特性なのか五感が非常に鋭い。なのでガロが何かを感じるということは、その先に何かしらがあるということを示していた。


「じゃあもう少し進んでみようか」


「おいらに付いてくるんす!」


「はいはい」


 自分がフィルとエインを率いているのが嬉しいのだろう。小さい足を一生懸命動かし、大股で歩きながら鼻歌交じりに先を歩いている。


 適当に相槌を返しながらガロの後ろを歩いていると、ふいにエインに話しかけられる。


「一つ聞いていいだろうか」


「?」


 エインは歩む速度を上げフィルの横に追いつくと、並行して歩きながら問いかける。


「なぜ自分だったのだ? 晶獣オーロを狩るのであればもっと適任がいたように思うのだが」


「俺にはエイン以上の適役はいなかったと思うけど。それに、ホルガーさんに言われたことを気にしているみたいだし」


「っ」


 エインははっとした表情でフィルへと目線を向ける。フィルはエインが同行することになってから、いや、あの日修練場でホルガーと戦った時から気付いていた。エインが自分の中の劣等感と向き合おうとしていることを。


「俺はエインがどれだけの苦悩や重圧を抱えてここまで来たかのかは分からないけど、それでもエインがソフィアを守りたい一心で戦っていることは見ていて分かるよ。ホルガーさんはすごく厳しいことを言っていたけど、俺は無理に変わろうとしなくていいと思うけどな。まぁ軍の事情も分かってない年下の奴に言われることじゃないけどね」


 フィルはどことなく気恥ずかしくなってしまい笑いながら話すが、エインは真剣な表情でフィルの話を聞いていた。


 しばらく草を踏む音だけが聞こえていたが、少し開けた場所に出たところでエインが再び口を開く。


「フィルは辛くはないのか。家族を失い、それでも自分の力を他人の為に使おうと、正体も分からない敵と戦おうと思うことができたのはなぜだ。なぜ立ち止まらないのだ」


 声に焦燥を含ませながらエインが問いかけてくる。だが、フィルの答えは決まっていた。



「みんながいたからだよ」



 フィルは一息置いて今の感情をエインへと伝える。


「家族が殺された時も一人じゃなかった。自分の進むべき道に悩んでた時も背中を押してくれた。どれだけ怖くても、どれだけ敵が強くても、一人も逃げ出さずに側にいてくれる。俺にはそれだけで十分なんだ。それが俺が今もこうして立っている理由だから」


 エインは幾つもの感情に揺れ動されているように見える。それらをすべて推し量ることはフィルにはできない。


「仲間……か」



 エインはそれ以上口を開こうとはしなかった

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