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76.呪い

 今の時間はちょうど夕飯時で、本来であれば立地的にも賑わっているはずだ。だが、店の中に入ると、広い店内にまばらに客がいるだけで、そのほとんどが空席だった。


 奥の調理場で暇そうに椅子に座っていた店長らしき男は、店内に入ってきたダンの姿を見つけると急いで立ち上がる。


「だっ、旦那さま!? どうしたんですかい、こんな時間に?」


「実は少し食事をしながら落ち着いて話をしたくてな。奥の部屋を貸してもらえるか? それと怒蜥蜴スタッカーベロンのコースを人数分頼む」


「部屋はもちろん使ってくださってかまいません。料理は少ししたら持っていきますんで」


「急にすまんな。頼んだぞ」


 訝しげにこちらを見る客たちの間をすり抜け奥の扉を開けた先は、二十人程度が入れるような大きな個室だった。先程の店内よりも少しだけ調度品が華美で、且つ綺麗にまとまっているのを見ると、特別席のようなものなのかとフィルは推測した。


「ここは私が経営している店なのだ。先程言った怒蜥蜴スタッカーベロンの肉は絶品でな。肝を潰してそれを肉にかけて食べると、これがまた格別なのだ」


 料理の説明に熱が入るダンは、先程自己紹介された時より少しだけ明るく見える。これが本来のダンの姿なのだろうが、すぐに険しい表情に戻ってしまう。


 しばらくして人数分の料理が運ばれてくると、温かい内に食べて欲しいとダンが言うので、フィルたちは言葉に甘え、目の前の料理を口に運んだ。


「ふふ。どうだね、美味しいだろう?」


「これは……とても美味しいです」


「そうか、そうか。それは良かった」


 ダンは満足そうな笑顔を見せる。言葉のとおり今までにないほど肉は柔らかく、且つそのソースが独特で、油によるしつこさがまったくない。特にガロとリアはこの料理が大層気に入ったようで、リアはいつもの通り店主に調理法を聞き、ガロはおかわりを要求していた。


 時間はあっという間に進み、ある程度食事も終盤に差し掛かったところでダンがおもむろに口を開く。


「さて。ではそろそろ本題の話をしようか。この街で今何が起こっているのか」


 ダンは一つ一つ思い出すように語り始めた。


 

 この街で”呪い”と呼ばれるものが流行り始めたのは、今から二か月前のことだそうだ。


 ある男が自らの首に緑の痣のようなものを見つけたのが一番最初で、初めは何かに刺されたたのかと思い放っておいたのだが、徐々にその痣が体中に現れ始め、全身に痛みを感じるようになり、次第に歩くのもままならなくなった。


 街の医者にかかるも原因は分からず、結局その男は亡くなってしまった。


 男の死を皮切りに、同様の症状がクレオの街で加速度的に増え続ける。メセロン中から何名もの医者がやってきて発症者を診たが成果は得られず、死者数はその間も増え続けた。


 不思議なことに、この症状はクレオの街でしか発生しなかったため、次第にクレオの街で”呪い”が流行っていると噂になり、ついに他からの助けがまったく来ない状態となったのだそうだ。


 そんな中で、連合首都で”解呪術師”として活動してたレミエーラに白羽の矢が立ち、二週間前にここで発症者の解呪にあたっているらしい。


 そして、目に見えて効果が出始める。


 レミエーラの解呪を受けた発症者は見る見るうちに痛みが引き、痣が薄くなり最後には元の生活を取り戻すまでに回復した。


 今やレミエーラはこの街で知らぬ人はいない程の有名人となり皆の信頼を集めているそうで、次の長へ推薦する人も出始めているらしい。


 だが、回復することはできても新たな発症者の出現は止まらず、街から流出する人が後を絶たないそうだ。街への流入も激減し、経済活動も依然停滞したままで、このままでは街の存続も危ういという状況である。


 これが今のクレオの街の現状だ。


「という訳で、なんとか新たな発症者を止めたいと思っているのだが、正直八方塞りなんだよ。レミエーラ殿にも色々と尽力いただいたのだが」


「ワタクシ、呪いを解くことはできても呪いを防ぐことはできないんですの」


「そうなんですか」


 この街の事情はおおよそ理解できた。確かにこのまま放っておけばこの街は近いうちに崩壊するだろう。


「一つ聞いてもいいですか? そもそも”呪い”ってどういうものなんでしょうか」


 ノクトがレミエーラに質問をぶつける。それはフィルも、恐らく他の面々も気になっていたはずだ。ノクトの質問に対してレミエーラは淡々と述べる。


「”呪い”というのは、空気中の晶素によって人の負の感情が寄り集まった集合体のことですわ。本来自然に消えていくはずの負の感情が、何かの原因で一箇所に集まることで人を害する”呪い”と化す。ワタクシはそう考えておりますの」


「なるほど。でもそれだと他の街や都市でも起こってるんじゃないですか?」


「そうですわ。ただ、本来は発生しても自然と消滅しますので、こんなに広範囲に、しかも持続することなどないのですわ。よほど強烈な負の感情が集まらない限り考えられないことですの。それこそ戦争でもない限り」


「でも戦争なんてここ最近ないですよ」


「そうですの。だからワタクシにも原因は分かりませんの。ワタクシの力は体内にある呪いの塊を霧散させてあげるだけ。仮に呪いの発生源を見つけたとしても消しきることは不可能ですわ」


「そうですか」


 ノクトはそこまで聞くと、何かを思案するように考え込んでしまった。


 その後、今の発症者の状況やこの街の地理などをダンから聞くと、明日のレミエーラの解呪に同行させてもらう約束を取りつける。



 フィルはすっかり日が暮れた道を仲間たちと共に歩きながら、先程聞いた呪いの存在について自分なりに考え続けていた。

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