74.手紙
眠たくなるような陽気の中、隣でソフィアの話を一緒に聞いていたネイマールがフィルに話しかけてくる。
「フィルさん、ちょっといいですか?」
賑やかな一行から少し離れた位置にいたネイマールは、ソフィアと話していたフィルへ、提案ですが、と前置きした上で話し始める。
「フィルさんが今持っている『聖片』、いえ『思念片』ですけど、交代で持つようにしませんか? フィルさんばっかりに狙われるリスクを取らせるべきじゃないと思うんですよ」
ネイマールの提案をフィルは意外に思った。今まで自分が狙われる危険性というものをあまり意識していなかったからだ。
その提案に、横で話を聞いていたソフィアが待ったをかける。
「それだと他のみんなが狙われた時、仮にいま私が狙われたとしたらあっさり奪われてしまうかもしれないわ。ある程度戦える人が持った方がよりリスクは低いと思うけど」
確かに一長一短だと思うが、正直フィルはソフィアに賛成だった。このような危険なものをネイマールやガロに押し付けることに気が引けたのだ。
「フィルさん、ソフィアさん。ボクも他のみなさんも覚悟を持ってこの危険な旅に参加しているんですよ? ボク、今回の件で思ったんです。守ってもらうばっかりじゃ嫌だって、ボクも何か役に立ちたいって、そう思ったんです」
普段は客観的な物言いをするネイマールにしては、自らの感情を言ってくることは珍しい。それだけ今回の戦いに思うことがあったのだろう。
「分かった。これは持ち回りで持つことにしよう」
「……いいの?」
ソフィアが心配そうに聞いてくるが、フィルはネイマールの覚悟を信じたかった。
「あぁ。ネイマールの言うとおり、みんな覚悟を持って参加しているんだ。俺はここにいる仲間を信じているから」
「フィルさん。ありがとうございます!」
フィルはさっそく仲間たちにネイマールから提案されたことを伝えると、特に異論は出ず、すんなりと受け入れてもらえた。
「いやぁ、まさかネイマールがそんなことを言い出すととはなぁ。成長は早いもんだ」
カイトが親父みたいな言い方でネイマールを茶化す。
「カイトさんと二年しか変わらないでしょ! 子ども扱いしないでください!」
「まぁまぁ怒んなって。そんなでかい声出したら、あそこに飛んでるでけぇ鳥に喰われちまうかもしれねぇぞ」
「ちょっと! やめてくださいよ! って、あれ?……なんかほんとにこっちに近づいてきてる気が……」
「冗談やめろって、ただの鳥が」
「みんな! なんかこっちに近づいて来てるよ!」
カイトが現実逃避をしている間にも、ノクトは仲間たちに警鐘を鳴らす。
ここからまだ距離はあるが、推定十メートルはくだらない巨大な鳥が、明らかに高度を下げこちらに降下してきている。
「ちょっと! カイトのせいでこっちに来てるじゃない! なんとかしないさいよ!」
「なんでオレのせいなんだよ!? オレ何にもしてねぇよ!」
そうこうしている間にも巨大怪鳥はぐんぐん高度を下げこちらに近づいている。
「みんな、戦闘準備!」
フィルたちは一斉に戦うための準備を始める。
だが、巨大怪鳥は一定の高さまで高度を下げると、フィルたちの上空を旋回し、空の彼方へと飛び去ってしまった。
――――いったい何だったんだ?
あの鳥は明らかにこちらに向けて飛んできていた。最初は獲物として認識しているだけかと思ったのだが、どうやらそうではなさそうだ。
目的が分からないまま再びフィルたちが歩き出そうとしたその時、ガロが驚いたような声をあげる。
「えっ? これって……」
ガロが持っていたのは一通の手紙。
手に持っている手紙をのぞき込むと、そこに書かれていたのはフィルたちには読むことができない、何かの文字の羅列だった。
手紙に書かれている文字が読めるのはこの中で唯一、ガロだけだった。
「ガロ、この手紙どうしたんだい?」
「空からおいらの頭の上に落ちてきたんす。拾って開いてみたら、おいらの里で使っている文字が書いてあったんす」
「てことはドラの幹から来た手紙をあの鳥が運んできたってことか? 中はなんて書いてあるんだ?」
カイトが軽い口調で聞くが、ガロの口から説明された内容はおよそ軽いものではなかった。
「”たすけて ロロ”。 そう書いてあるんす……」
「!」
短い文がかえって深刻さを物語っているように感じる。手紙の内容から推測できるのは、この手紙を出した人物は現在危機的な状態に陥っているのではないかということだ。
「ロロっていうのはドラで唯一おいらと仲良くしてくれた大事な友達なんす。ロロに何かあったのかも……」
ガロの目が、遠い故郷の地で暮らす友へと向けられる。
「フィル」
真剣な表情でこちらを見ているカイトに頷きを返す。フィルはカイトが言わんとしていることを理解すると、ガロの肩に手を置きながら提案した。
「ガロ。みんなで一緒にドラへ行こう。もしその友達が危ない目に合ってるなら助けにいかなきゃ」
「えっ? でも、フィデリオに行くって」
「いいんだよフィデリオは。先にドラに行ったって何も問題ないんだから」
フィデリオの都は国の北側にある。そしてドラに行くための入り口はフィデリオの南側にあるらしい。ガロはそのことを知っているので本当に先にドラに行っていいのか気にしているのだろう。
「ほんとにいいんすか?」
ガロが他の七人を見回すと全員が優しく頷き返した。
「あっ、ありがとなんす! みんなありがとなんす!」
「うし! じゃあドラを目指して行きますか!」
当初の予定とは違うが、一行は新たな目的地を目指して歩き出す。
向かうのは人類未踏の地、”ドラの幹”。
先導するガロの小さな背中を後ろから見ながら、フィルたちは未知の国であるドラへと進んで行った。




