73.羽ばたき
レイシェルフトを旅立つ日まではあっという間だった。
二週間程度の短い間ではあったが、師団長たちと再び模擬戦を行ったり、ソフィアの旅の準備に付き合わされたり、レオンが首を突っ込んだ盗賊団を壊滅させたり、マキナの実験に付き合わされたりと、今までで最も密度の濃い時間であったと言っても過言ではない。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
フィルは全員の準備が整ったことを確認すると、見送りの為に集まってくれた王や各師団長、マキナや酒場のマスターであるレインに御礼を述べる。
「みなさん、本当にお世話になりました。陛下、真羅との戦いが終われば、必ずまた戻って参ります。それまでどうかお元気で」
「うむ。ソフィアとエインを宜しく頼む。ソフィアよ、気を付けてゆくのだぞ」
「はい。この国のため、自分自身のため、成長し再び戻って参ります」
ソフィアの力強い決意の言葉に師団長たちが再び涙ぐむ。どれだけ親馬鹿なんだと思ってしまうが、それだけ愛されている証拠なのだろう。
「おにいちゃん」
フィルたちが談笑していると、マキナの後ろに隠れていたシロとクロが小走りでフィルの元へ近づいて来る。フィルは目線をニ人に合わせると、それぞれの頭に手を置きながら言う。
「シロ。クロ。俺たちは必ずまた戻ってくるからそれまで元気でいるんだよ」
「うん。シロ、クロといっしょにまってるから」
「クロもいいかい?」
「…………」
言葉は発しないが小さく頷いたクロにフィルは安堵する。どうやらすでにシロの良い影響が早くも出始めているようだ。
シロとクロとの別れの挨拶を済ませ、いよいよ出発しようかと思ったその時、シロがフィルのローブの袖をくいくいと引っ張る。
「? どうしんだいシロ。何か不安な事でもあるのかい?」
「……」
シロは何かを言いたそうにこちらをじっと見ている。フィルが再び頭に手を乗せてやると、眉間にしわを寄せながら小さな声で囁いた。
「ずっとシロといっしょのにおいがする」
「シロと一緒の匂い? どういうこと?」
「……」
シロはそれ以上応えようとはしなかった。言葉の意味はいまいち理解できなかったが、恐らくフィルたちとの別れを惜しんでくれているのだろうと勝手に判断した。
レイ・デルによって戦闘兵器として生み出された時の記憶が、未だ精神を不安定にさせているだろう。
「シロ、大丈夫だよ。クロもいるし、他のみんなもいるから。ね?」
シロの表情に変化はない。フィルは少しの不安を残しながらもシロとクロへの別れの挨拶を済ます。
「よし。ではみなさん! お元気で! 行ってきます!」
「ジロ゛~〜グロ゛~〜げんきでいるんすよ~~~〜!!」
泣きじゃくるガロを諌めながらフィルたちは王城を背に歩き始める。
フィル、カイト、リア、ノクト、ガロ、ネイマール、ソフィア、エイン、総勢八名となった一行は、大勢の人に見送られながら、王都レイシェルフトを旅立った。
「……これでしばらくは帰ってこれないのね」
長年住んだ王都を離れ、家族と別れる現実味が湧いてきたのだろう。ソフィアが自分の心情をぽつりと漏らすが、決して振り返ることはなかった。
「後悔していますか?」
「いいえ。自分で決めたことだもの。自分で自分を裏切るようなことはしないわ。私は必ずグレイ兄さんを見つけ出す」
ソフィアは言葉に強い決意を滲ませる。ソフィアを信じて快く送り出してくれた国王の想いに応えたいという本人の気持ちが多分に含まれていた。
「それと、これから命を預け合う以上私とエインに敬語は不要よ。いいわね?」
「それは……分かったよ。これでいいかい?」
「えぇ」
ソフィアは満足そうに頷く。エインはというと、身長がこの中では一番高いため、ガロが背中によじ登っており、迷惑そうに顔をしかめていた。それはガロを乗せていることに顔をしかめているのではなく、隣でにやにやと笑っているカイトを不快に思っているに違いなかった。
案の定、エインがその顔をやめろとカイトに言い始め小競り合いが始まる。ノクトとリアが呆れた様子で諌めながら、賑やかな一行は東にあるフィデリオへ向けて歩き出した。
道中、ソフィアからレイシェルフトの事を色々と聞いていたのだが、話せば話す程、ソフィアは才女と呼ばれるのに相応しい博識ぶりだった。
様々な分野に精通しており、ネイマールなども興味津々に話を聞いている。
「それでこの国は晶素を利用した文明機器の開発に着手することになったの。その文明機器の開発が近年急速に発展したのはマキナ博士の功績によるものが大きいわ」
フィルたちがゾネの村の行商から聞いた話だ。一人の天才によってレイシェルフトでは急速に文明が発展していると。
「そんなにすごい人なんで……すごい人なの?」
咄嗟に敬語で話してしまいそうになるが、ソフィアがこちらを睨んでくるのでフィルは言い直す。
「本物の天才ね。あの人の頭脳は私たちでは測り知れないわ。まぁ少し変わってるけど、とても良い人よ」
「少し? まぁ、そうだね。それにしてもソフィア、本当に博識だね」
「時間はあったから。城の書庫にある本や文献はほとんど読み尽くしたわ。でもね、色々な知識に触れると一つの疑問が浮かんでくるの。フィルはこの世界がどうやってできたか知っている?」
「『創造主』が世界を生み出して『原初の六柱』が世界を造っていったっていうあの話?」
「えぇ。そして千年前、『大厄災』によって今の国の原型が出来上がった。そう言われているわ」
「村でもそう教えられたけど」
「でも、調べれば調べるほど疑問ばかりが浮かぶのよ。『大厄災』とは何だったのか。私たちがこうして生きているということは生き残りが必ずいたはずでしょう? けど当時の事を記したものは何も残っていないの」
「千年前の出来事だからじゃないの?」
「よく考えて。いくら千年前の事だからって情報がまったく残っていないのよ? 情報というのは文化という形で必ず後世に残っていくものなの。なのに千年前に唐突にすべてが途切れている。これは不自然だわ」
「確かに」
「もっとおかしいのは、すべての起源が千年前で統一されていること」
「?」
「フィル、一日は何時間?」
「ニ十四時間だよ。当然じゃないか」
「じゃあ私が今着ているこれは何?」
「? 服でしょ?」
「じゃあそれは誰が決めたの?」
「誰が? それは……えっと」
フィルには答えることができない。なぜなら答えを知らないからだ。ただそういうものだと当たり前に教えられて生きてきたので疑問など持ったことがない。
「語源を調べてもね、そういうものだということしか分からない。この世界の概念はすべて千年前から突然始まっているの。これはおかしいと思わない?」
「言われてみたら……まぁ、たしかに」
なぜ朝がきて夜になるのか、なぜ晶素という物質が存在しているのか、考えてみたこともなかった。一つ疑問が生まれると連鎖的に次から次へと疑問が生まれてくる。
千年前に何があったのか、この世界はいったい誰が――――
「痛ッ」
「どうしたの? 大丈夫?」
「……ちょっと頭痛がね。ソフィアの話は俺には難しすぎたみたいだよ、ははは」
実際はちょっとどころではない。思考が止まる程の痛みが一瞬だが走った。
フィルはもう一度ソフィアに言われたことを考えようとしたが、結局考えはまとまらなかった。
他愛もない話をしながら一行はフィデリオへの道を進んでいった。




