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71.蠢く足

「実は、いくつかフィル殿に伝えねばならぬことがある。まず一つ。先程、我が国とノードの国境を警備する砦より、あれほど各部族が乱立し争いが絶えなかったノードが一つの国家を形成しようとする動きありと報告があった。軍備を整えているという報告もあり不穏な動きを見せておる。そして、合わせたかのように、フィデリオの北にある牢獄が襲撃を受けたと先程報告があった」


「ッ!? もしかして奴らの仕業ですか?」


「分からぬ。だが、あそこは保持者ホルダーの犯罪者を多く収容する施設だ。何名か脱獄した者もいると聞いている。フィデリオに行くのであればくれぐれも気を付けよ」


「……はい」


 一連の騒動は”真羅ルーラー”によるものなのか、はたまた別の思惑があるのかは分からない。何かが蠢いている気配に、フィルは言い知れない不安を感じていた。


「次は保持者ホルダーのことだが、これはマキナ殿から説明していただこう」


「はいっす。フィルくん今回は大変だったっすね。よく生きて帰って来れたと思うっす」


「俺が今生きているのはみんなのおかげですよ。もし一人でレイ・デルと戦っていたら勝てていたかどうか……」


「とにかく生きて帰ってくれて安心したっすよ。そのことでみんなに話があるっすけど、レイ・デルが言ってた”()()()()”の話っす」


 フィルはずっと気になっていたフレーズがマキナの口から出たことに驚く。


 レイ・デルが最後に見せた力。


 不気味な詠唱とともに解放された力は、およそ人間から放たれるものとは到底思えなかった。


「奴は”顕現者アングラム”と言っていました。何かご存じなんですか?」


「晶素に適合し、細胞を意図的に活性化させることができる者を適合者アダプタと呼び、独自の能力を開花させた者を保持者ホルダーと呼ぶっす。そして、晶素による細胞活性化が一定の割合を超えると、一時的に身体を構成する細胞すべてが晶素となる現象が起こるっす。これが奴が言う”顕現者アングラム”の正体っす」


「でも、人間にそんなことが可能なんですか?」


「不可能っすね。まず、そこまで高濃度に晶素を取り込むと活性化するよりも先に結晶化が始まるっす。だから陛下には言ったんっすよ、”空想上の存在に過ぎない”って」


 真剣な表情でマキナは続ける。それは、”顕現者アングラム”が存在したことへの興味ではなく、そのような存在が敵に回りこの国を襲ったことに不安を抱いているような表情だった。


「どうやって敵がその領域に至ったのかは分からないっす。だけど、これで”真羅ルーラー”という組織の警戒度は一気に跳ね上がったっすよ。下手すれば都市一つ消し飛ばすほどの力を持つ者も現れるかもしれないっすから。これについては研究所の方でも調べてみるんで、何か分かったら知らせてあげるっす」


「ありがとうございます、マキナ所長」


 自らの研究もあるのだろうが、フィルたちの身を案じて言ってくれているのを感じたフィルは、その感謝に報いるよう気を引き締め頭を下げる。

 

「さて、これで私から皆に話したいことはすべてだ。残りはそれぞれから伝えてもらおうと思う。では――――シロ殿、よいか?」


「シロ?」


 予想外の人物にフィルは面食らってしまった。シロは大勢に囲まれているからか、少し緊張した面持ちで、クロナと呼ばれていた少女の手を引きながら、たどたどしくフィルの元へ近づいてくる。


 シロの目線に合うようにフィルが腰を落とすと、シロはフィルの目をじっと見つめながら口を開いた。


「シロ、おにいちゃんたちといっしょにいれてすごく楽しかった。暗い場所でずっと独りぼっちだった。けど、おにいちゃんたちといっしょに色んなとこに行けてうれしかった」


「俺たちもだよ。シロと一緒にいれてすごく楽しいよ」


 シロは薄っすらと微笑んでいる。出会った頃から比べると、本当に感情表現が豊かになったとフィルは思った。そして、フィルはシロが何を言わんとしているかうっすらと気付き始めていた。


「シロはもっとおにいちゃんたちといっしょにいたい。けど……シロはクロといっしょにここにいる」


「……そっか。もう決めたんだね?」


「うん」


 出会った時の弱々しさは微塵も感じさせず、フィルの目をしっかり見ながらシロは頷く。その顔に涙はもうなかった。隣に立っているクロの表情は相変わらず変わらないが、今のシロが側にいるのであれば大丈夫だろう。


「分かった。でも、俺たちという仲間がいることを忘れないで。いいね?」


「うん!」


 そこにあったのは朝日よりも眩しい満面の笑顔だった。


 強く生きようとするシロの姿を見て、自分も強く生きようと、改めてそう思えた。


「家族の愛というのは何物にも代えがたい。そして誰しもがそれを得る権利を持っている。あの子たちのことはマキナ殿に任せることになった。今後生きていく上でマキナ殿にサポートしてもらおうと思っておるので安心してよい」


「そうですか。マキナ所長、どうかこの子たちのことを宜しく頼みます」


「任せるっす。幸せな人生が送れるよう全力でサポートするっすよ」


 親指を立て自信満々に言い切るマキナにフィルは安堵する。マキナの豊富な知識と前に突き進むパワーがあれば、シロもクロも自分で歩いていけるようになるだろう。



「さて……ではこれで最後の話になる」

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