70.日が昇る
次に目を覚ました時、日付が変わり部屋の中は大きな窓から燦々と差し込む朝日に包まれていた。しばらくぼーっと眺めていたフィルだったが、あまりにも腹の虫がうるさく鳴くため、何か食べる物を求め人影を探し始める。
それにしても広大な城だ。
歩いても歩いても同じ光景が繰り返され、フィルはいったい自分がどこを歩いているのか分からなくなってしまっていた。
なんとなくこっちの方かと、次の角を曲がった瞬間、角の向こう側から人影が飛び出してくる。
「うわっ」
「きゃっ」
フィルは尻もちをつきながらぶつかった相手を見ると、ぶつかった相手は落ち着いたドレスに身を包み、腰を押さえて顔をしかめているソフィアだった。
「ソ、ソフィア殿下!? だっ、大丈夫ですか!?」
「痛たた……急に飛び出してこないでよ」
「すっ、すみません。ここがどこか分からず思い切って曲がったら、まさか殿下とぶつかるなんて……」
「まぁ、いいわ。ちょうどあなたを呼びに行こうと思ってたのよ」
「俺を?」
「えぇ。もしあなたが起きていて元気な様子だったら、お父様が話したいことがあるから呼んできて欲しいって」
ちょうどフィルも、今回のことについてレイシェルフト王と話をしたいと思っていた所だった。
「分かりました。身体も回復しましたし、陛下の所へ案内してもらってよろしいでしょうか?」
「本当にもう大丈夫なの?」
「はい。身体だけは丈夫ですから」
「そう。まぁ無理はしないようにね」
「あの、殿下……模擬戦の時には勝手な事を言ってしまい本当に申し訳ありませんでした」
「あなたがどういう想いであの場にいたのか私には分からないけど、でも私の為を想って言ってくれているのは伝わってたから。それにあなたがあの時隣に居てくれたから、私はまた自分の力と向き合う事ができた。謝る事など何もないわ。まぁ、初対面の女子にはもっと優しくするべきだとは思うけど」
「すっ、すみません!」
「ふふっ、冗談よ。さぁ、皆が待ってるわ」
フィルは初めてソフィアと腹を割って話すことができたような気がした。人と人との関係はそれぞれの形があり、何で繋がっているのか、どう繋げていくのか、それは予め決められたものではなく自然に成り立っていくのだろう。
ソフィアはフィルの体調を気に掛けつつも、王の元へと迷うことなく歩き始める。
二、三分歩いた頃だろうか、以前見た謁見の間の扉が少し先に見えてきた。ここに繋がっていたのかとフィルが一人納得していると、何やら扉の中から騒がしい声が聞こえてくる。
「さぁ、着いたわよ」
重厚な扉をソフィアが押し開けると、そこには仲間たちとレイシェルフト王、レオン、各師団長が勢揃いしていた。
部屋の右手には、国立研究所の所長であるマキナの姿と、少し距離を空けてシロが立っている。
そして、シロの横にはレイ・デルにクロナと呼ばれた少女が無表情で立っていた。
クロナの姿が視界に入ってきた瞬間、思わずフィルは構えてしまいそうになったが、隣に立っているシロの目が、「この子は大丈夫」と訴えかけているのに気付き、フィルは警戒を解く。
謁見の間に入ってきたフィルの元に部屋の中の全員の視線が集中する。真っ先にこちらに向かって走ってきたのはシロだった。
「……!」
「うぉっ。ははっ、元気だったかい? シロ。心配かけちゃってごめんね」
シロはフィルのお腹に頭をぐりぐりと押し付けてくる。伝わってくる心配がフィルには嬉しかったが、押し付けられる度に傷が痛むのでやんわりとシロを引き剥がした。
「フィル! 大丈夫だったんすね!」
同じくガロもフィルに向かって突撃し頭を押し付けてくる。ガロの場合は心配というよりも、間違いなくシロがやっていたから真似したくなっただけだ。
「なんとかね。みんなも元気そうでよかった。陛下もお元気そうで安心しました」
にこやかにフィルたちの方を見つめているソラベルへと話しかける。あれだけ激しい戦闘をしたはずなのだが、疲れた様子は微塵も見当たらず、それは横に立ち並ぶ各師団長も同様だった。
「あの程度で怪我をするほど衰えてはおらんよ。身体はもう大丈夫か?」
「えぇ。多少痛みますが問題ありません」
「そうか。今回のこと、改めて皆に礼を言おうと思ってな。この国を未曾有の危機から救い、我が子を再び前に向かせてくれたこと、王として、そして一人の父親として心から感謝する。本当にありがとう」
ソラベルの口からその言葉が発せられた瞬間、ソラベルとその横に立っていたレオン、ソフィア、さらには、周りで控えていたエインや師団長たちまでもが頭を下げる。
あまりの光景にフィルは言葉を失ってしまったが、次第に冷静さを取り戻し、すぐに頭を上げるよう促す。
「あっ、頭を上げてください! 私たちは自分たちにできることをしただけですから。それに結果的に亡くなった方はいなかったみたいですけど、例の宝石は奪われてしまった訳ですし」
フィルは最後の最後で目的の宝石を目の前で奪われたことを悔やんでいた。だが、ソラベルの考えは違った。
「”できることをしただけ”……か。ふっ、それがどれほど難しいことか。フィル殿、そなたらがいなければ王都の民はさらなる悲劇に陥れられていただろう。宝石は奪われても代わりが効くが、人の命に代わりはない。我がレイシェルフト軍が民を守り抜くことができ、余は誇らしい」
ソラベルは一糸乱れぬ体勢で立ち並ぶ各師団長たちを見回す。表情には出さないが、ここまでの賛辞をもらった師団長たちの内心は、さぞ誇らしいものだろう。
「それで、この後はどうするのだ?」
「そうですね。しばらくゆっくりさせてもらおうと思いますが、次は東の方へ行ってみようと思っています」
フィルたちが次を目指すとしたら、レイシェルフトから東にあるフィデリオだろうと思っている。フィデリオは小国家が連なった連合国であり、レイシェルフトとはまた異なった異文化が交じり合う国だ。
「東となると、フィデリオか。フィデリオには『炎帝』と呼ばれる有名な武人がおるらしいから手合わせしてもらうのもよいかもしれんの。世話になった礼だ。旅に必要なものがあれば言って欲しい。こちらで用意させよう」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、一つよろしいですか?」
「よい。申してみよ」
「私たちが滞在している間、また模擬戦のお相手をいただけないでしょうか」
「そんな事でよいのか? その程度のことであればもちろん構わんよ。どうやらこちらもやる気があるようだしな」
ソラベルがにやにやと師団長たちの方を見て笑っているが、フィルも師団長たちが模擬戦と聞いてピクリと反応したことに気付いていた。
――――どれだけ戦いが好きなんだ
若干引き気味のフィルだったが、模擬戦の相手としては十分すぎる相手だ。レイ・デルは退けることができたが、仮面の男にはあっさりと宝石を奪われてしまった。もし一対一で戦闘になっていれば、今頃フィルはここに立ってはいなかっただろう。
「まぁ、模擬戦ならばいつでも歓迎だ。さて、そろそろ本題に移ろうではないか」
ソラベルが座っている腰を持ち上げ体勢を整えると、場の雰囲気が一段階厳しいものに変わる。




