67.顕現者
今までとは比較にならないほどの禍々しい晶素がレイ・デルを中心に渦巻く。
しばらくして目を開けたフィルたちが見たのは、紫に近い赤色のオーラを放ち、その身に無数の線を浮き上がらせたレイ・デルの姿だった。
凄まじい程のプレッシャーと晶素の量、そして何よりその見た目から放たれる強烈な存在感がフィルたちの足を無意識に竦ませる。
「陛下、まさかあれは……」
ホルガーが大きく変容したレイ・デルの姿を見て何かを思い出したように呟いた。
「うむ。マキナ殿が言っておったものであろうよ。まさか本当に存在したとは」
「あれの正体をお二人はご存じなのですか?」
レイ・デルの姿に思い当たるところがあるような様子の王とホルガーにフィルは問いかける。
「仮に身体の構成する細胞をすべて晶素に変換できれば、人智を超えた力を手にすることができる。だが、それはあくまで空想上のもので、人間がそのような状態になればすぐに結晶化が始まり死に至るはずだ。しかし」
改めてレイ・デルを見る。確かに人が到達する領域はすでに超えているような強烈な圧を感じた。
レイ・デルから感じる人としての気配が非常に重苦しく、暴力的なまでの晶素を感じるのだが、確認できる限り結晶化の兆候は見られない。
「これが選ばれし者の姿。これこそが能力者としての到達点。やはり素晴らしい力をグランデル様は与えてくださった! ”顕現者”として至ったわしの力を見せてやろう」
「≪閂箱壱番:しだれ大髪≫」
突如大量の黒いもやが地面から溢れ出し、その淵から何者かがこちらをじっと見ていることに気付く。
――――なにかいる
フィルは暗闇の先に潜むものに恐怖を抱いた。それは人が生きる上で決して邂逅してはいけないもののように思えたのだ。
「ひょひょひょ。さぁ、開いてはいけない冥府の箱が開いてしもうたぞ。底根の悪女が腹を空かせておる!」
「ヒェヒェ…………ヒヒヒホホホホホホホッヒヒヒ! キャキャカヤキヒ」
精神を掻きむしられるような不快な声が穴から溢れ出し、フィルたちは無意識に足を一歩下げる。
地面から這い出した化け物はフィルたちの五倍はあろう巨大な頭部に大量の髪の毛を生やし、その体躯は不釣り合いなほど痩せ細っている。身体には夥しい数の突起が付いており、絶えず黒いもやのようなものが噴き出している。
対峙することすら抵抗がある見た目だが、その化け物は四本の足を器用に動かしながら急速にフィルたちに接近する。
「来るぞ!」
フィルは仲間たちに警戒を促すが、化け物が真っ先に狙ったのは疲労でへたりこんでいたガロの元だった。
「こっ、こっちにくるんす!」
ガロは慌てて立ち上がろうとするが、一時的にかなりの晶素を消費したため疲労から体に力が入らない。限界まで晶素を使って戦った時の感覚はフィルにも分かる。足に力が入らず立ち上がることもままならないのだ。
「≪晶壁≫!」
フィルは立ち上がることができないガロの前に、咄嗟に晶壁を出す。これは化け物の力量を図るための様子見の意味もあったのだが、化け物はフィルたちの予想を遥かに超える動きを見せる。
直前まで迫っていた四つん這いの化け物は、こちらに向かって走りながら、その大量の長い髪の毛を壁を避けるようにガロに向かって放ったのだ。
束となり晶素を纏った髪の毛は一本の鞭のように唸り声を上げながらガロを捉え軽々と吹き飛ばす。
「「「ガロ!」」」
「ひょひょひょ。よそ見している暇などないぞ!」
「≪閂箱弐番:魂吸いお婆≫」
ガロを助けに駆け出したフィルたちの前に現れたのは一人の巨大な老婆だ。
だが、それはただの老婆ではなかった。
「ス……ア…………アァァァァッァァッァァ」
異変が現れたのはリアとノクト、そしてレオンだった。
「いやぁぁぁぁっぁぁぁ! なんでッ! お父さん、お母さん……」
「どうして! なんでこんなことになったんだ! そんなはずじゃなかったのに!!」
「私はまた……傷つけてしまったのか……行かないでくれ! 私を置いていかないでくれ!」
突如錯乱し始めた三人をなんとかなだめようとするが、こちらの声が届いてないのか意味不明な言葉を永遠と喋り続けている。
「フィル殿! 髪の化け物は余とホルガーでなんとかする! 三人を安全な場所へ!」
「はい!」
王からの指示でフィルとカイトは三人の元へ駆け寄り、カイトが意識を刈り取ることでようやく落ち着きを取り戻したため、ネイマールとシロが隠れている物陰へと運ぶ。
「ネイマール、悪いが四人を頼む。もし俺たちがやられてしまったらみんなを連れて逃げてくれ。いいね?」
「……分かりました」
これで一気に戦力が半分になってしまった。
三人を狂わせた老婆の姿はすでに見えない。三人の錯乱した状態から、おそらく精神的な攻撃を受けたのだろうと推測された。
「ほぅ。お婆の声を聴いて未だ立っている者がいるとはの。だがこれで終いじゃ」
レイ・デルはフィルたちが倒れなかったことを驚きつつも、新たな箱を取り出し、その不気味な箱を指で弾く。
「いでよ冥府の門番。≪閂箱参番:一目黒士≫」
レイ・デルの足元から現れたのは、全身黒で包まれた一つ目の巨漢だ。
手には長い棒のような武器を持ち、四肢は厚い皮膚で覆われている
「ちっ。立て続けに出してきやがって。どんな晶核してやがる」
カイトが苛立つのも無理はない。レイ・デルが生み出した三体からは、どれもが信じられないほどの晶素を感じるのだ。それをここまで連発できるということは、相応の晶核を持っているということであり、晶素を取り込むことができる最大量が桁違いだということを示している。
横目で髪の化け物と戦っている二人の方を見るが、防戦一方のように思えた。だが、あの二人であれば必ず倒してくれると今は信じるしかなかった。
フィルは自分を奮い立たせ目の前の相手を睨みつける。
「フィル、長期戦は無理だ」
「あぁ。俺が前に出るからカイトは後ろから頼む」
「了解」
晶素を練り始めたフィルたちを敵だと認識したのか、その巨体からは考えられない速度でこちらに迫ってくる。
と同時にフィルたちも駆け出していた。
黒の巨人から振り下ろされる一撃を冷静に見極め、身を捻りながら避けると、フィルはそのまま飛び上がり拳を打ち込む。
「≪晶撃≫!」
完璧に捉えた一撃は巨人の腹に直撃したが、手に伝わる感触は鉄でも殴ったように硬く、厚い皮膚によって衝撃が分散してしまっていることを理解した。
様子見の一撃ではあったが、あまりにも手ごたえがなさすぎたため、フィルは頭部にある一つ目に狙いを絞る。生物なのかは不明だが、眼球である以上他の場所よりもダメージが大きいのは間違いないと判断した。
巨人は避けられたことが悔しいのか、腹を殴られたことが悔しいのか分からないが、咆哮を上げフィルに襲い掛かってくる。
再び振り下ろされようとされた右腕は、フィルに衝突する前にその動きを止めた。
「≪雷糸≫」
カイトから伸びる雷の糸によって巨人はその動きを一時的に停止させる。だがものの数秒で拘束は解け、再びフィルへ向かって攻撃を仕掛けてきた。
「くっ、≪晶壁≫!」
どんっ、という衝撃音とともに黒の巨人が持つ棍棒とフィルが生み出した晶素の壁が火花を散らす。
どんどん出力を上げていくフィルだったが、すでに壁には亀裂が入り始めている。膂力もそうなのだが含まれている晶素の量が多すぎるのだ。
必死の攻防を続けるフィルの背後から、カイトがありったけの力を込めた一撃を放つ。
「≪大雷≫!」
カイトから放たれた一筋の雷は、一直線に巨人へと向かい、その見開かれた唯一の眼球に直撃した。
「グォォォォォォオオォォォォォォォ!」
巨人は両手で目を押さえながら苦しんでいる。
――――ここで決める!
「カイト!」
「おうッ!」
巨人は焼けただれた目を押さえつつもフィルたちを怒りの形相で睨みつけている。その場にいる者をすべて吹き飛ばさんとばかりに振るわれた一撃は、フィルたちの横をすり抜け王城の壁を粉々に破壊した。
フィルたちがまだ生きていることに激怒したのか、再びフィルたちを睨みつけるが、それが巨人が見た最後の光景となった。
「波となり敵を打ち払え! ≪晶波≫ッ!」
「迅矢の雷を! ≪大雷≫ッ!」
二人が生み出した晶素は空中で一つの塊となり、雷の弾丸となって巨人の目を打ち抜き、巨人はゆっくりと体を倒しながら、地面に倒れ伏す前に黒い粒子となって消え去ってしまった。
「「はぁ……はぁ……」」
フィルもカイトも先程の一撃で体力の大部分を使ってしまった。
だが、これでレイ・デルまでの道を阻む者は長髪の化け物のみだ。
そして、たった今、長髪の化け物も王とホルガーによって打ち倒され消滅していた。二人とも至る所に傷はあるが、見たところ大きな傷はない。
「これは驚いた……戦い始めた時より強くなっておるのか」
「これでお前が出した化け物たちはすべて倒したぞ! 早く王都への襲撃を止めろ!」
「図に乗るなよ小僧ども。貴様らが相手にしたのは所詮知性のない化け物どもに過ぎぬ。まさかこれを使うことになるとはの」
そう言うと、レイ・デルはその白い長髪を振り乱しながら詠唱を始める。
「生と死の境界、そのすべてを破壊し転嫁する。彷徨する黄泉の王と耽溺する冥府の帝を我は愛す」
「≪閂箱終番:廃神≫」




