65.死の管理人
部屋の中へ入ると至るところが荒らされており、フィルたちが入ってきた扉と対面の窓が開け放たれている。
エインが急いで窓へ駆け寄ると、鬼気迫る表情で叫んだ。
「敵はまだ近くいます! 中庭に怪しい人影が!」
「エイン、下がれ! 私が行く! ≪迎合大公≫」
ホルガーは晶素を脚に溜めると一直線に窓から飛び出し、地上まではかなりの高さがあるが、その高さをものともしない身のこなしで空を駆けていく。
「エイン、レオン、我らもゆくぞ! 他の者は倒れている兵の治療にあたれ!」
「俺たちも急ごう! ネイマールとシロも一緒に行こう。ここはもう安全じゃない」
「はい!」
ホルガーの後を追いフィルたちは急いで部屋を飛び出した。
中庭に駆け付けた一行の目に飛び込んできたのは、顔がないのっぺらぼうのような人型の怪物と戦っているホルガーと、それを見ている一人の老人だった。
「あんたは……東の墓場の管理人?」
「ひょひょ。これは予想外。『嫉妬の思念片』を回収して帰るつもりだったんだが」
老人は嗤っている。本当にあの時と同一人物かと疑いたくなるような陰気な雰囲気を身に纏い、すっと手を挙げたかと思えば、今までホルガーと戦っていた三体の化け物が老人の元へと帰っていく。
フィルはその行動で確信した。
「”真羅”だな?」
「いかにも。我が名はレイ・デル。【冥門】を開き【黄泉】を行き来する者なり」
「お前たちの目的はいったいなんだ」
フィルは目の前の老人から言い知れない恐怖を感じる。生者を相手に会話をしているとは到底思えなかった。
「ひょひょひょ。貴様ら凡人が聞いたところで到底理解できぬだろうよ。すべては我らの宿願のため……そして愛しい家族を取り戻すため」
老人は怪しい笑みを浮かべたまま、フィルの質問へ曖昧な答えを返す。
「わしはあの日から研究に研究を重ね、そしてグランデル様から世界を変える力を与えていただいた。死者を蘇らせる術を、そして人を生み出す力を」
「人を生み出すだと? 怪物に王都を襲わせているのも貴様か」
エインが激昂するがレイ・デルは気に留めた様子はなく、軽い調子で答える。
「あれが怪物に見えるとは凡人の感性はなんと乏しいのか。このような下等な人種が多数を占めているとはやれ嘆かわしや。やはりこの腐りきった国はあの時から何も変わってはおらぬということか。それに――――ん?」
レイ・デルは何かが気になったのか、言葉を切りフィルたちへ視線を投げる。それは真っ直ぐにネイマールへと向けられていた。
「おやぁ? なぜお前がこんな所におるのだ?」
「ボっ、ボク?」
突然指名されたネイマールは状況が飲み込めず動揺する。
だが、それはネイマールのことではなかった。
「貴様ではない。貴様の後ろに隠れている者のことだ。わしは確かにその失敗作を廃棄したはずだが」
全員の視線が一斉にネイマールの後ろに隠れていたシロに向けられる。
レイ・デルに名指しされたシロを見るが、その様子は尋常ではなかった。
顔面を蒼白にし、唇を震わせ、何かに怯えるように頭を抱えており、その瞳孔はレイ・デルの一言によって、否、おそらくレイ・デルがこの場に現れた時から揺れていたのだろう。
「あぁ……あぁ…………あぁ……」
「どうしたんだ、シロ!」
フィルたちがシロに駆け寄り声を掛けるが、シロにはこちらの声が届いていないようで呼び掛けに応じない。ここまで怯えた表情を見せるシロは初めてだった。
「フィル、よく分からねぇが一旦避難させた方が――――」
「何を言っておる。ひょひょひょ。せっかくならそこで見ておれ」
レイ・デルは、右手の中指から垂れ下がっている箱のようなものを取り出すと、それを指で弾きながら不吉な声を震わせる。
「≪御箱六番:戻り橋≫」
不気味な声が発せられると同時に、レイ・デルの背後に複数の門らしき物体が現れる。その門が開いたかと思うと、先程の怪物を一回り大きくしたような化け物がこちらに向かって顔を覗かせていた。
ゆっくりとした動きで八体の化け物たちが出てくると、フィルたちを囲うように等間隔に並び始める。
表情がないため何を考えているかが分からず、フィルは正体が分からない不気味さに根源的な恐怖を掻き立てられる。
そして、未だに開いていない門が一つ。
それは他のものよりも圧倒的に大きく、禍々しい程のオーラを放っている。
「ん? どうした? さっさと出てきなさい」
レイ・デルが扉をノックすると、少しずつ門が開き始める。
門が開ききった時、そこに立っていたのは一人の少女だった。
「シロ……?」
扉から出てきた少女はシロと瓜二つだった。違うのはシロが真っ白な髪をしているのに対して、対面する少女の髪は黒で包まれている。
「オレがあの時見たのはあの子だったのか……」
カイトが言うあの時とは、レインの酒場から出た時のことだ。カイトが酔っぱらって見間違えてだけだと思っていたがそうではなかったのだ。
「この子こそわしの最高傑作! これこそがわしが追い求めた人を創造する神の力だ!」
自らの言葉に心酔するようにレイ・デルは黒い少女へ話しかけるが、当の少女は何の反応も示さない。
さらに、レイ・デルはシロを指差しながら、吐き出したくなるようなおぞましい言葉を重ねる。
「ソレは失敗作だ。晶素は暴走し感情も欠落していた。造ってすぐに海へ捨てたはずだったが、晶獣どもは食わなんだか」
「シロは……失敗作……あぁ……あぁ…………」
シロはレイ・デルの言葉により記憶を掘り起こされているのだろうか。蹲りながら頭を抱え、未だにこちらの呼び掛けには応じてくれない。
レイ・デルはシロを造り出したと言う。そして、シロは失敗作であり廃棄したはずだと言うが俄かには信じがたい。
だが、仮にそれが事実だったとして。
――――そんなこと、絶対に許されない
「人を造るなんて話が信じれられると思っているのか」
「ソレの首にあるのはわしが実験体に刻印しているものよ。知っておるか? 晶核は死してなお、魂を記憶し続けるのだ。この国は適合者や保持者の死体が簡単に手に入る。ひょひょひょ。実験がはかどる、はかどる。特に良いのは幼い子供の」
「やめろッ!!」
聞くに堪えなかった。耳に入るだけで不快になる言葉の数々を、さも自慢げに話す目の前の男がフィルには理解できなかった。
「これからが面白いところだと言うのに。こやつらは保持者の死体から取り出した晶核で造った戦闘能力に特化させた個体。貴様ら程度にはちと荷が重いかの」
レイ・デルがゆっくりとこちらへ向かって歩き出す。
周りの晶素が目に見える形で渦を巻き始め、徐々にその存在感が膨れ上がっていく。
「グランデル様からは思念片の回収しか言われておらんが、まぁ、少しくらいは遊んでもよかろうよ。さぁ、”クロナ”よ。父の邪魔をしようとする虫どもを消してしまえ」
レイ・デルの言葉とともにクロナと呼ばれた少女が晶素を纏いながら地を蹴り突っ込んでくる。と同時に八体の怪物たちも一斉に動き出す。
真羅との二度目となる戦いが始まった。




