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63.過去の因果

「ソフィアが来ておるのか?」


 どうやらソラベルはソフィアが後方で見ていた事に気付いていなかったようだ。それもそのはず、フードで完全に顔を隠しているソフィアはちょうどソラベルの真後ろ、それもかなり後方に座っていた為、レイシェルフト軍が陣取っている位置からでは見えるはずもなかった。


 ソラベル越しに怪しいフードの人物が見えていたフィルには、それが一目でソフィアだと分かった。


 正直、ソフィアがこの場に来てくれる確率は高くないと思っていた。事前にエインから模擬戦をするから見に来ないかと声を掛けてもらっていたのだが、フィルたちに関心がなければ現れる可能性は低い、そう考えていた。


 だが、現にソフィアは自らの足でこの場に来ている。


 ソフィアにとって、レオンの雄姿を見届けた今この瞬間こそが前を向きなおすチャンスだ。自分たちができるのはその後押しだけ。


「……ソフィアはレオンのようにはいかぬぞ」


 王は立ち上がったソフィアを横目で見ながらフィルに助言するが、簡単にはいかないことなど百も承知だった。むしろこんな強引な手段で万事解決するなどとは思っていない。


 ただ、付き合いのほとんどないフィルが出来るのは本音でぶつかる事しかない。


 フィルから指名されたソフィアは、後ろを向いていてこちらからは表情が見えない。だが、明らかにその背中は怒気を含んでいた。


「……何を言っているの。なぜあなたと私が戦わないといけないの?」


「失礼ながら陛下からソフィア殿下が自らの力に悩まれていることをお聞きしました。私たちなら殿下の悩みを解決するお手伝いができるかもしれないと思い、今回の模擬戦の場を使わせていただくことにしました」


「しましたって……あなたたちの手を借りることなど何もないわ」


「では、なぜこの場に来られたのですか」


「ただの気まぐれよ。あなたと違って私は忙しいので失礼させていただきます」


 こちらを一切振り向かずこの場から立ち去ろうとするソフィアに対し、フィルは批判覚悟で、ソフィアに届くよう声を張る。


「レオン殿下は暗闇の中でもがき続けておられました。だがソフィア殿下、あなたは違う。今のあなたはただ、逃げているだけだ」


「ッ! 私の何が分かるッ!!!」


 フィルの発言にソフィアは振り向き激昂する。理知的で冷静なはずの普段のソフィアからは考えられないほど取り乱した表情だった。それだけ他人に触れられたくない話題なのだろうがフィルは気にせず続ける。


「何も分かりません。ただ一つ分かっているのはあなたが辛い現実から目を背け続けているということだけだ」


「いい加減にしなさい! 何も知らないあなたにそんなこと言われる筋合いはない! 私は逃げてなどいない!」


「もちろん今の殿下の生き方を否定するつもりはありません。ですがそうやってずっと劣等感を抱え続けて生きていかれるのですか? 今この場に立っているということは、自分の中で何かを変えようとされたからではないのですか?」


「それは……」


「勝手ながら陛下から事情を聞かせていただきました。レオン殿下がミスタージャスティスという本来の自分とは別の人物になりきることで壁を越えようとしていたことを知りました。それはひとえに大切な国民の力になりたいと思っておられたからです。それはソフィア殿下、殿下も一緒なのではないですか?」


 フィルの言葉はおよそ王族に対する発言ではない。普通ならば即刻牢に入れられてしまうが、王が制止していることで、この場で今の二人の会話を遮るものは誰もいない。


「知った風な口を利かないで! あなたはその力で親しい人を傷つけたことがあるの? 大切な人を目の前で失ったことがあるの? ないでしょ?」


「ありません。ですが私の両親は晶獣オーロに殺されました。私が駆け付けた時、両親は身体の大半が喰いちぎられていました」


「ッ」


 ソフィアは息が詰まり次の言葉が紡げない。


「あの時、私は無力でした。いくら後悔しても、もう誰も帰ってはこない。ソフィア殿下には二度とそんな思いをしてほしくはないんです。殿下の力は忌まわしいものなどではなく、必ず殿下の力になってくれるはずだと、そう私は思うんです」


 フィルは想いが届くよう熱を込め続ける。


「私たちはこの国に来て日が浅いですし殿下とお会いしたのも今日で二回目ですが、ソフィア殿下が大切に想っていらっしゃる国民が危機に晒されようとしています。殿下の力はこの国の民を守るために必要なのです」


「…………」


 フィルは自分の頭の中で考えていた伝えたいことを余すことなくソフィアに伝える。だが、それでもソフィアの表情は変わらない。


「あなたと私は違う。用事があるので」


「待ってください!」


 フィルは思いが伝わらないもどかしさを感じながらソフィアを引き止めようとするが、ソフィアは制止を振り切り足早に修練場から出ていこうと歩き出してしまう。


 だが、歩き出していたソフィアの前に立ち塞がるかのように一人の人物が現れた。


「お久しぶりですな、ソフィア様」


「ッ!!」


 ソフィアの目が見開かれ動き出した足が止まった。


――――どうやら間に合ったみたいだ


 フィルはソフィアにとって鍵となる人物の登場に思わず安堵する。


「……なぜここにいるの、ガフトルト」


 ソフィアの目の前に立っている人物、それはソフィアが最も信頼を寄せていた人物であり、そしてソフィアの心の傷となってしまった人物だった。


「そちらのフィル殿にお話しを聞きましてな。ソフィア様、もう悩むのはやめなされ。何度もお伝えしたとおりこの腕はソフィア様のせいではありませぬ。それにグレイ殿下の件についても気に病まれる事などありませぬ」


「ガフトルト……」


 フィルはガフトルトのことを国王から聞き、ガフトルトが隠居していた自宅を訪ねていた。


 事情を説明し、ソフィアの力になりたいと思っているとフィルが説明すると、二つ返事で今回の件を引き受けてくれたのだ。


「ソフィア様がもしあそこで力を使われなかったら私たちは全滅しておりました。ソフィア様、そのお力を今度はどうか民のために振るってくだされ。この爺の最後の願いでございます」


 ガフトルトは少し曲がった腰をさらに折り曲げソフィアに懇願する。


 フィルは思っていた。


 レオンのように正面からぶつかって良い方向に転ぶ場合もあるが、人が抱えている問題は本来他人が勝手に踏み入っていいものではないと。


 当事者同士でなければ解決できない問題もあるし、大切な人だからこそ癒やすことができる傷がある。


 なので、フィルは最初からソフィアと戦うつもりなどなかった。


 もう一度自分と向き合って欲しいと願っただけだ。


 だが、それでもソフィアには届かなかい。


「それでも……それでも私は怖い……っ! もう誰も傷つけたくはない! 大切な人が傷つくのを見るのはもう嫌なのよ………兄さんだって確かにこの目で…………ごめんなさい」


 ソフィアは頭を下げているガフトルトの横をすり抜けると足早に去って行く。その横顔は涙で濡れていた。


 一切口を開くことなかった王が口を開く。


「久しいな、ガフトルトよ」


「お久しゅうございます、陛下。お変わりない様子で安心しましたぞ。ソフィア様の件、お力になれず申し訳ございませぬ」


「よい。ソフィアはあの時から心を閉ざしてしまった。時間が解決してくれると思っておったがどうやら思った以上に傷は深かったようだ。グレイの事も生きておると未だに信じておる」


「ソフィア様は昔から繊細な方でございました。ナリア様がお亡くなりになられた時もしばらく口もきけないくらいショックを受けられていましたから。その上、あれだけ慕われておられたグレイ殿下も亡くされ、ソフィア様の心は限界をとうに超えておられました」


「そうだのう」


 ナリアというのはソフィアの母にあたる人物で、数年前に病気でこの世を去っていた。国民から非常に慕われていた人物で、亡くなったという発表があった際は、大半の国民が献花に訪れたそうだ。


「あの場に居た者としてなぜ異変に前もって気付けなんだか。今でも悔やんでも悔やみきれませぬ」


「何度も言ったはずだぞ。ソフィアの、ましてやお主のせいでもないと」


 誰もが自らの行動を悔いている。その場で何が正しかったかは今となっては分からない。だが、どれだけ悔やんでも結果は変わらない。


 ガフトルトはフィルの方へと向き直り申し訳なさそうな表情で頭を下げる。


「フィル殿。せっかくお声を掛けていただいたのにこのような結果になり申し訳ありませぬ」


「そんな、謝らないでください! こちらこそ考えが甘かったようですみませんでした。お二人の気持ちを逆に傷つける事になってしまった」


「フィル殿が謝られることは何もないですぞ。ソフィア様のために力を尽くそうとしてくれたこと、とても嬉しく思います」


 ガフトルトは落ち込むフィルに向かって穏やかな笑顔を向ける。どこか人を安心させてくれるよな不思議な魅力がガフトルトにはあった。


「私からも礼を言わせてくれ。ソフィアのことだけではない。レオンも含め、私たちではあの子たちの背中を押してやることはできなかった。これからもよき友として側にいてやってほしい」


「……はい」


 皆それぞれの想いを抱えたまま模擬戦はそこでお開きとなった。


 王城の医務室へ移動しカイトの治療が終わるのを待っている間、フィルは一人考えて続けていた。


 レオンとソフィアとは知り合ったばかりだ。それ故、今回のように部外者として好きな事を言ってきっかけを強引に作ろうとした。これからは、今回みたいな衝突する方法などではなく、少しずつお互いの気持ちを話し合うことができるような関係性になれたらいいなとフィルは思う。


――――もっと二人のことを知りたいし、自分たちのことを知ってもらうべきだな



 そんなことを考えながら、フィルはいつの間にか王城の椅子に深く腰掛け浅い眠りに落ちていった。

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