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62.隠された本心

「!?」


 師団長たちの間にざわめきが広がる。


 指名されたレオン本人も状況が飲み込めていないようで、意味ありげな視線でこちらを見つめるだけだ。


 この場で状況を正しく理解しているのは、フィルたちを除けばレイシェルフト王その人だけだろう。


「これが私たちの答えです、陛下」


 フィルは王から目を逸らさず答える。


 フィルたちがレオンとソフィアのためできること。


 それは正面からぶつかることだけだった。


 会って間もないフィルたちが話を聞いて諭したところで重みなどない。重みがない言葉が響くはずもなかった。聡明なレオンのことだ、自分なりの葛藤を抱えているに違いない。


 自分たちにできることはそれを少しでも軽くしてあげることくらいしかないと考え、仲間たちに提案したのだ。


 模擬戦でレオンと戦おうと。


「レオン、出よ」


「!? なっ、何をお考えなのですか陛下! 今の殿下を模擬戦とはいえ戦いに出すなど!」


 さすがの師団長たちも王の決定を止めるべく方々から声が上がる。恐らくレオンが自分の力を制御できていないことを嫌というほど知っているのだろう。


 だが、王の決定は覆らない。


「父上……いえ、陛下。私は、能力ちからが」

「二度言わせるなレオン。準備を整えて戦え」


「しかし……」


 王はそれ以上口を開くことはなかった。


 レオンは最後の望みとして師団長たちを見るが、こうなった以上決定が覆らないことを知っているのだろう。師団長たちはみなレオンから目を逸らす。


 再度王を見るが視線は合わず、戦いは避けられないことを悟ったようだった。華美な服から軽鎧に着替えたレオンは、暗い表情のまま修練場に降りカイトと対峙する。


「これはいったいどういうつもりだい?」


「なにが?」


「なにがじゃない! なぜ僕が君たちと戦わないといけないんだ!」


 いきなり戦いの場に引きずり出されたレオンは声を荒げる。だが、カイトはまったく気にした様子はなく淡々と答える。


「ただの模擬戦だろ? ちょっとした手合わせじゃねぇか。もっと気楽にいこうぜ。それとも戦えない理由でもあるのか?」


「それは……」


 レオンが苦悩の表情を浮かべたところで、無情にも開戦の一声が場内に響き渡た。


「それではカイト・ガーランとレオン・ファルベール・レイシェルフトの模擬戦を始める!」


 未だ戦うことを受け入れていないレオンに対し、カイトは晶素を纏わせながら構える。


「いい加減覚悟を決めな。ちゃんと構えねぇと怪我するぜ。≪迅雷ホワール≫」

 

 青白い雷を纏ったカイトが一気にレオンへと肉薄する。


 レオンは身の危険を感じたのだろうか、咄嗟に腰を落とし防御態勢を取ろうとするが、それはあまりにも遅すぎた。


 カイトはレオンの脇を掻い潜ると、振り返ったレオンの顔面をその拳で殴りつける。レオンは衝撃で地面に叩きつけられくぐもった声を上げた。


「ごぁ」


 カイトは地に伏せるレオンに近寄ると、鎧の首元を掴み強制的に立ち上がらせる。あまりの一方的な光景に観覧席側から非難の声が上がる。


「陛下、あれではただの暴力ですぞ! 無防備なレオン陛下を殴りつけるなど!」


「何を言っておる。あそこは戦いの場で、レオンは自らの意志であそこに立ったのだぞ。我らの口出しは無用だ」


「しかし!」


「私は彼らを信じておる。なんせあのレオンが初めてこの私に頼み事をしたのだ。『あの人たちと仲良くなりたいから協力してくれないか』とな」


 レオンを見つめる王の目はどこか優し気で、それは王ではなく子を信じる一人の父親の目だった。


 修練場に再び目を向けると、カイトは首元を掴んでいたレオンを投げ飛ばし、手に雷を携えながら一歩ずつレオンに向かって歩いていく。


「いつまでそうしてんだ。このままだとほんとに一方的に殴られて終わっちまうぞ?」


「……ごほっ……だから私は戦う気なんて最初から」


「それで敵は待ってくれるのか? 戦う気がないんで、準備ができていないんで、そう言って見逃してくれるのか?」


「私が言っているのはそういうことでは」


「そういうことだろうが。それともいつものマントがないと力が出せないのか?」


「……なんのことを言ってるんだ」


「もう茶番はやめようぜ。レオンがなんの目的であんな活動してるのか知らねぇけどな、周りの人間はみんなお前だって気付いてるぞ。それにあの時晶素使ってたよな? なんで今は使わねぇんだ」


 レオンは一度観覧席の方へ視線を投げた後、カイトの方をキッと睨みつける。


「私は……! 小さい時から、周りの大人たちが必死になって私とソフィア姉さんの為に手を尽くしてくれた。結果はいつも同じだ。力が暴走してその人たちを傷つけて終わり。知っているかい? 優しくしてくれた人が徐々に離れていってしまう辛さが! 君に分かるっていうのか!!」


 レオンは自らの足でつかつかと歩み寄るとカイトの胸倉を掴み叫ぶ。


「色々やったさ! でも全部無駄だった! 私はこの国の民のためにこの力を奮いたかった。父のように、国民に信頼される強い王になりたかった! だけど、私がやっていたのはただの正義の味方ごっこだった。民には煙たがられ、被害が出た家屋の住民から来る苦情を周りの人たちが必死で処理している。最近ではそれすら咎められることもなくなった……どうすれば認められた……どうすればよかったんだ……今までやってきたことは全部間違っていたのか、私にはもう分からないんだよ……」


 カイトからするりと手が放れると、レオンの目から一筋の涙が溢れ落ちる。


 レオンなりに様々な想いがあったのだろう。父のような武勇で民から信頼されたい、だが努力しても報われない、自分なりになんとかしようとしてもがいても来るのは苦情だけで、それを誰からも何も言われない。


 その感情を吐き出す相手が今までいなかったのだ。だが、信頼する人たちの前で一方的に戦いに引きずり出され、カイトに隠そうとしていた感情を煽られた。


 胸の内に秘めたものを吐露したレオンに、カイトは先程までの挑発的な態度から一変、仲間たちに向けるような穏やかな声で言う。



「レオン、お前がやってきた努力は間違ってなんかねぇよ」


「えっ?」



 涙を流し、俯いていたレオンは静かに顔を上げる。


「オレは付き合いが短いから分かんねぇけどよ。お前がやってた”正義の味方”は間違いなく子どもたちのヒーローだったぞ。それにお前の民を守りたい気持ちは大人たちにも伝わってる。だから自分の行動に自信を持て。もう一度言うぞ。お前は間違ってなんかねぇ」


 出口のない闇の中で一人もがくレオンが欲しかったのは”間違っていない”というその一言だったのだろう。自分のやっていることが正しいことなのかずっと不安だったはずだ。


 カイトという身内ではない人間から言われたのは客観的な評価だ。同情ではない本音の言葉に、レオンは顔を押さえ嗚咽を漏らしながら涙を流す。


 その様子をしばらく見守っていたカイトは、未だ涙を流し続けるレオンを鼓舞する。


「レオン、下を向くな。言っとくがオレは結構強いんだぜ? お前のへなちょこパンチじゃ傷一つつかねぇよ」


「でも、もしまた傷つけてしまったら……」


「『また』なんて、起こってもねぇことを今悩むんじゃねぇ。死にかけたらお前の親父に慰謝料たんまり貰うから、むしろこっちとしてはラッキーなんだよ。なんせオレたち金がねぇからな」


 カイトのあまりにもな発言にフィルたちは思わず頭を抱えるが、隣で観覧している王は豪快に笑い飛ばした。


「わっはっはははははっ! よいよい、好きなだけ慰謝料を出してやるから存分に戦うがよい!」


「なっ? 王様もああ言ってるから全力でかかってきな」


 レオンも自分のことを気遣ってカイトが言っていることを分かっているのだろう。先程までの泣き顔を少しだけ綻ばせながら晶素を纏わせ始める。


「後で文句言われても知らないからな」


 事前に王から聞いていたが、改めて見ると確かにレオンが放つ晶素の大きさは桁違いだ。おそらく許容量の大きさだけでいえば師団長レベルを凌駕している。


 だが見て分かるように、ただ晶素を垂れ流しているだけでまったく制御ができていない。


正義の拳(ジャスティス・パンチ)!」


 レオンから繰り出される一撃がカイトに当たると思われた瞬間、突如軌道を変えカイトの左腕をかすめて空を切る。


 大丈夫だと言われてもまだ人を傷つけるのが怖いのだろう。当然のことだとフィルは思った。


 だが、レオンはそれでもめげずに何度も何度もカイトに向かって拳を振るう。カイトは時折自分の掌に雷を纏わせレオンの拳をいなしながら防御に徹していた。


 そんな何度目かの攻防を終え、レオンの拳がまたしてもカイトから逸れようとした時、カイトは動いた。


「≪迅雷ホワール≫」


 カイトは()()レオンの拳に当たりにいくと、衝撃音とともに修練場の端まで弾き飛ばされてしまう。


「なっ!?」


 レオンはまた人を傷つけてしまった恐怖が蘇ってきたのか、顔を青褪めさせてカイトの方へ駆け寄ろうとする。だが、それは叶わなかった。


「≪雷糸ライト≫」


 カイトから放たれた線状の細かい雷の粒子によって、レオンは身体を拘束されて動かせない。


「戦いの最中に油断してんじゃねぇぞ、レオン。こんな程度じゃまったく効かねぇし、ガロのパンチの方がよっぽど強いぜ」


 笑いながらカイトは言うが、フィルにはカイトが無理して言っていることが分かっていた。先程の攻撃を受けるためにかなりの量の晶素を防御に回しており、おそらく相当体力を消耗したはずだ。


「オレもやられっぱなしは性に合わないんでな。今度はこっちから行かせてもらうぞ!」


 カイトは拘束されたままのレオンに肉薄すると、そのまま拳に晶素を纏わせレオンの顔面を殴り飛ばす。


「がッ」


 衝撃によって拘束が解けたレオンは、すかさず体制を立て直しカイトへと拳を振るう。


「単調すぎるぞ! もっと相手の動きを考えて攻撃しろよ!」


「分かっ……てるッ!」


 レオンが拳を振るいカイトが受け流す。すかさずカイトもレオン目掛けて拳を振るう。



 何度その攻防を繰り返したのだろうか。


 レオンもカイトもお互い肩で息をしており、もうどちらが先に倒れてもおかしくない。


「はぁ……はぁ、やっと攻撃が当たるようになってきたじゃねぇか……そろそろ限界なんじゃ……ねぇのか」


「そっちこそ、はぁ……はぁ……早く降参した方が……いいと思う……けど」


 恐らく次の一撃がお互いにとって限界だろう。


 晶素を辛うじて纏っているだけの両者は、戦いの始まりの動きとは比べ物にならない程の緩慢とした動きでお互いに迫る。立っているだけでもやっとのはずだが二人とも降参するような素振りは微塵もなかった。


「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」


 気力だけで振るわれた拳はお互いの顔を捉え、ついに両者とも地面に倒れ伏す。


「駄目だ。もう立ち上がる力も湧き上がらねぇ」


「ちょっとは手加減しなよ…………………………ありがとう」


 レオンは最後の力を使い切ったのかそこで意識を手放した。


「そこまで!」


 戦いを静かに見守っていた王が終わりを告げる。と同時に師団長たちが部下へ命令を飛ばす。


「急ぎ二人を医務室へ運べ! 治療班を招集せよ!」


 師団長たちにとってもレオンは大切な存在なのだろう。王の命令で口を出さず戦いを見守っていたが、ずっと心配していたに違いない。


 今までの師団長たちの戦いのような綺麗な決着では決してなかった。だが、泥臭くてもレオンの中で自分の力を認めるきっかけの一つになったんじゃないかとフィルは一人思う。


 カイトの怪我も心配だったが、そこはこの国の医療技術を信じることにした。


 それにフィルにはまだやらなければならないことが残っている。



 観覧席の後方で一人の人物がすっと立ち上がるのをフィルは見逃さなかった。



「陛下、最後は私が戦います。対戦相手は、――――――ソフィア殿下、お願いします」

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