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61.風と水

 リアがテオに打ち倒され降参を宣言していた頃、ノクトは最初の位置から一歩も動いていなかった。


 正確には目の前に立つ男によって動けなかったのだ。


 ノクトはリアの援護に向かおうとしていたのだが、一挙手一投足を猛獣のような視線で観察されていたノクトは、最初の位置から動けないまま、汗だけを流してデジレを見据えている。


 相手が相手なだけに一つの挙動を間違えると一瞬で決着が着いてしまう。特にノクトは接近戦での戦闘技術を持たないため、接近を許してしまった段階で勝ち目はなくなる。


 デジレは隣の戦いが決着したことを横目で確認すると、自分の動きをじっと見ているノクトへ声を掛ける。


「どうやら向こうは決着が着いたようだ。こちらもそろそろ勝負をつけようではないか。ちなみに先程の技はもう通用しないぞ?」


「……っ!」


 ノクトの背後で渦巻いていた水球が静かに消える。どうやらデジレはノクトの思惑を見通していたようだ。


「ちなみ私の”晶紋”は『崩螺風』という。風を操ることができる能力だ」


「余裕のつもりですか?」


「そういうことではない。先程君は能力を見せてくれた。ならばこちらも公開しなければ対等ではないであろう。先程も言ったが君たちの実力はその歳で大したものだと思う。だがそれでもまだまだ私には及ばぬよ。潔く降参するのも賢い選択だとは思うがね」


 ノクトは一度長い息を吐き出すと、戦いの最初に見せた時以上の晶素を纏い始める。


「実力が離れていることなんて最初から知っています。でもそれは戦いを止める理由にはならない。勝てないから諦めるなんて奴は僕の仲間には1人もいないんですよッ!!」



「≪水蓮ツェンレン≫!」



 ノクトの言葉とともに、優にニ十を超える水弾が頭上を埋め尽くす。


 それは王も含め、観覧席にいる誰もが息を呑む程の光景だった。


「素晴らしい! 勝利を掴むための思考、不屈の精神! ぜひ我が軍に勧誘したいところだが、今はこの戦いを楽しむこととしようではないかッ!」



「≪風断烈アストラ・ベルネージュ≫!」



 デジレの剣から風が吹き出し、辺りの土を巻き上げている。恐らく風を纏うことで威力の上昇と剣速の加速をしているのだろう。


 ノクトは迫りくるデジレに向かって水蓮ツェンレンを次々放つ。


 だが、デジレは高速で飛んでくる水弾を軽々と避ける。いや、よく見れば避けているというよりも、水弾が逸れているようだ。


 恐らく何かしらの能力を使用して、水弾が当たる瞬間に風で吹き飛ばしているのだろう。あの防御を貫通させる威力は今の水蓮ツェンレンにはない。


 ノクトが勝つ可能性があるとすれば水龍ツェンラオを直撃させるしかないが、高速で迫ってくるデジレに当てるのは至難の業だ。


 ノクトは更に水弾を追加し、残りすべてを操作しデジレを狙う。だが、いかにコントロールが優れているノクトといえど、一個一個の操作を同時に行うため、すべてをデジレに当てるのは至難の業だ。


 徐々に両者の距離が詰まっていく。


 ノクトは力の限り水弾を放っていくが、当たったとしても風で弾かれてしまうため、デジレにダメージを与えることができない。



 気が付けばデジレはノクトの首元に剣を突き付けていた。


「さて、これで決着かな?」


 デジレは剣を伸ばしたままノクトへ問いかける。


 観客席にいる誰しもがこれで決着かと思っていた。


 だが、フィルは気付いていた。


 ノクトはまだ諦めてなどいないと。


「……さすが師団長ですよ。力量差がありすぎる」


 ノクトは両手を上げる。だが、その口から出てきたのは負けを認める言葉ではなかった。


「ですが僕はまだ負けを認めたつもりはありませんよ」


「なに?」


 ノクトが叫んだと同時に、デジレの両足に水球が出現する。あれは戦いの最初にノクトが出現させたものだ。


「これは――――」


「≪天水廟ハイツェンミャオ≫」

 

 デジレは足だけを拘束された形となっており、ノクトを追いかけることができない。どうやらノクトは水蓮ツェンレンが通用しないと分かった段階で作戦を切り替えていたようだ。


 デジレから距離を取ったノクトは、自身の持つ最高の技をデジレに向かって放つ。


「≪水龍ツェンラオ≫!」


 ノクトから生み出された巨大な水の龍が、デジレの巨躯を飲み込むように衝突し、凄まじい衝撃を巻き起こす。


 ノクトも怪我をさせないようある程度加減をしているとは思うが、まともに直撃したデジレのダメージは相当なものだっただろう。


 そう、フィルは思っていた。


 だが、土煙から現れたデジレに傷は一切見当たらない。渦巻く風の鎧が龍の一撃を防いでいたのだ。

 

「危なかったよ。まさかフェイクだったとはね」


 デジレは再び接近するかと思いきや、その場で腰を降ろすと、剣を高い位置で構え晶素を纏い始める。


「ノクト殿。貴殿の武に敬意を表す。私も自身の最高の技をお見せしよう」



「≪風神:瞬下転身(アストラス・ホロウ)≫」



 デジレから放たれたのは不可視の剣撃。


 それは一直線に飛来すると、ノクトの体を一瞬の内に吹き飛ばした。保持者ホルダーは晶素で身体能力を強化できるが、ノクトはそうではない。


 風の刃が直撃したノクトはなんとか立ち上がろうとするが、足に力が入らずそのまま崩れ落ちてしまった。


「そこまで! 皆よく戦った!」


 王の言葉により戦いは終わりを告げる。


 リアが傷だらけのノクトへ駆け寄り肩を貸そうとすると、テオとデジレが歩み寄りノクトを抱えて運んでくれていた。戦闘能力もそうだがこういった人間性も師団長に求められる資質なのだろう。


 今回は改めて師団長のレベルの高さを痛感した戦いだった。


 リアとノクトのチームワークはかなり良かったと思う。お互いの長所、短所をカバーするように能力を使っていたが、今回の敗因は単純な技量の差だったとフィルは思う。


 フィルは観覧席まで上がってきた二人に労いの言葉を掛けた。


「お疲れ、二人とも。良い戦いだったよ」


「二人ともすごかったっす! シロもすごかったって言ってるっす」


 ガロの隣でシロがこくこくと頷いている。仲間たちからの賛辞に喜ぶかと思いきや、二人とも表情は優れない。


「ありがとう。だけど戦ってみて分かったよ、足りないところが多いことに」


「あたしも。もっと考えながら戦わないといけないわね」


「それが模擬戦の成果だよ。足りないところはこれから皆で補っていけばいいさ。本当に良い戦いだった」


「そうだね。ありがとう、フィル」


 フィルの一言でようやく二人に笑顔が見える。実際レイシェルフトの師団長とあそこまで戦えていたこと自体誇っていいことなのだ。


 二人を中心に盛り上がるフィルたちとは対照的に、レイシェルフト軍側はどうやら重い空気になっているようだ。


「さて、二人ともどうだった。彼らと戦ってみて」


 王の問いかけにデジレが答える。


「はっ。思った以上の技量の持ち主でした。あの若さで驚くべき練度です。最後の一撃は油断いたしました」


「そうか。テオはどうだ?」


「……はっ。相手の力量を過小評価しており慢心しておりました。自身の未熟さを痛感しております」


 テオは表情を曇らせ反省の色を濃くする。


「自ら気付いているのであればそれでよい。今後も精進せよ」


「「はっ!」」


 王は二人の師団長から感想を聞き終えると次の対戦を促す。フィルはその内この王自身が戦うと言い出さないかと内心ひやひやしていた。


 恐らく王は残る二人の師団長と、フィルとカイトが戦うと思っているのだろう。


 フィルはカイトに目配せすると、王にはっきりと告げる。



「次はカイトが戦います。対戦相手は――――――レオン殿下、お願いします」

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