60.師団長の重み
「さて、次は誰が戦う?」
どことなく重くなってしまった空気を切り替えるように王が次の戦いを促す。
師団長の実力は先程の戦いで嫌というほど分かった。まさか師団長クラスと戦うとは思っていなかったが、戦いの順番は事前に決めている。エインという想定外はあったにしろ、打合せしていたとおりにフィルは王へと告げる。
「ここにいるノクトとリアの二人組でお相手いただきたいと思っておりますがいかがでしょうか?」
「二人組か。ならば、デジレ・カルステン第二師団長、テオ・インゴルフ第四師団長、出よ」
「「はっ!」」
王に指名された二名の師団長が前に進み出る。デジレと呼ばれた男はこの場にいる中で一番の巨躯だ。茶色がかった髪を短く刈り込み年齢は国王と同年代のように見える。対してテオと呼ばれた男はどことなく幼さの残る顔立ちをしており、年齢だけで言えばエインとそう大差ないように見えた。
あの思慮深い王があえてこの二名を指名したことにフィルは意味を探してしまう。その間にも、先に降りていく師団長たちを追いかけるようにノクトとリアが修練場へと向かっていた。
先程と同様、両者距離を取ったところで、第四師団長のテオが口を開く。
「急に呼ばれたと思ったらなんでこんな子供の相手をさせられるんだか。オレ手加減して戦うの苦手なんですよ。デジレさんもそうでしょ?」
「陛下の話を聞いていなかったのか貴様は。彼らは相当な実力者だと言っておられただろうが。どんな相手にも手を抜かず全力で戦え。それと、デジレさんではなくデジレ師団長と呼べといつも言っているだろう、馬鹿者」
「へいへい。相変わらずお堅いこって。という訳で手加減してやるから全力でかかってきな」
どことなく軽薄さを感じさせるテオの物言いをデジレがたしなめる。そのやり取りを聞いていた対戦相手である二人は静かに闘志を燃やしていた。
「……ねぇノクト、あたしたちずいぶん舐められてるみたいよ?」
「……そうだね。じゃあお言葉に甘えて全力でいかせてもらおうか」
どうやら先程テオに言われた一言が二人とも相当頭にきているようだ。
ノクトが後衛に構えリアが前衛で構えたところで、王から開戦の一声が放たれる。
「それではノクト・コスペルリング、リア・ハーディ両名とデジレ・カルステン第二師団長、テオ・インゴルフ第四師団長両名の模擬戦を始める!」
開戦の言葉が終わると同時に、ノクトがデジレとテオの両側に水球を出現させる。それは水蓮とは違い中心に向かって渦を巻いており、人一人がまるごと入りそうなほど巨大な水球だ。
「≪天水廟≫」
名とともにノクトから膨大な晶素が溢れ出す。
溢れ出した晶素が空中に漂っている水球に吸収されると、中の渦の回転が徐々に増していき、突然掻き消えてしまう。
次の瞬間、警戒していたデジレとテオの身体を先程の水球が包みこんで、否、拘束していた。
「これは――――」
「ちっ――――」
デジレとテオも晶素を循環させなんとか抜け出そうとするが、水の中で渦巻いている晶素の圧力によって師団長といえども簡単には抜け出すことができない。
「リアッ! もって十秒だよ!」
「充分!」
そう言うとリアは勇敢小兎と信信蛇を同時に出現させテオの方に向かっていく。
「ノクトッ! 今!」
「りょーかい!」
リアの合図でテオを拘束していた水球が霧散する。と同時に勇敢小兎によって破壊力が増したリアの拳がテオの腹にめり込み、その身体を吹き飛ばした。
「かはっ」
「リアッ! 左だ!」
リアの視界の左端に、眼前に迫りくる巨躯の姿を捉えた。デジレはノクトの拘束を自力で解き真っ先にリアを狙っていたのだ。
真剣と見間違うような恐ろしい剣速でリアに迫ったデジレはそのままリアの腹部を狙って吹き飛ばそうとするが、その間にするりと巨大な鱗が立ち塞がる。
デジレが振るった剣は信信蛇の固い鱗に阻まれ逆に弾き返されてしまう。木剣とはいえ、師団長レベルの剣で傷を負わず、あまつさえ弾き返したことにフィルは驚く。
デジレが一旦リアから距離を取ると、その後ろで先程リアに吹き飛ばされたテオが土埃を払いながら立ち上がる。テオは先程見せた軽薄そうな表情は消え、真剣な、少しばかりの喜びを滲ませた表情で語り掛ける。
「……わりぃな嬢ちゃん。正直舐めてた。さすがにここまでやるとは思ってなかった」
「私もだ。手を抜いたつもりはまったくないが、まさかここまでの使い手だとは」
「へへっ。褒められちゃったわよ、ノクト」
「ふふっ。客観的に言われると嬉しいね」
素直な賛辞に表情を綻ばせた二人だったが、喜んでいられたのはここまでだった。
テオはゆっくりと剣を構えると、唐突にリアに質問をぶつける。
「嬢ちゃん、師団長になる条件って何か知ってるか?」
「条件? う~ん、統率力があるとか人望があるとか学があるとか?」
「まぁ、どれも間違ってはねぇけど正解じゃねぇな。師団長になる条件は割とシンプルなんだよ。条件は二つ。一つは昇格試験に合格すること。まぁこれはさっき嬢ちゃんが言ったやつだな。もう一つの条件はな」
テオはそこで言葉を区切ると、暴力的な晶素を身体から放つ。
「”百人相手に同時に勝つこと”」
テオから放たれた晶素は徐々に青色から形を変え始める。
「それだけ師団長っていう立場は重いんだ。という訳で無様なとこはこれ以上見せられねぇんだわ。多少の痛い目は覚悟しろよ」
わずかに口角を上げたテオがリアに迫る。
リアは先程と同様テオの攻撃を防ぐために信信蛇が巻くとぐろの中心に立っている。
だが、リアを守っていたはずの信信蛇は突如上空に吹き飛んだのだ。
何が起こったか分からず呆然としているリアに、テオはそのまま剣を振り下ろし、リアを容赦なく地面に叩きつける。
「かはっ」
すかさず勇敢小兎がテオに向かっていくが、ただの体当たりが師団長に通用する訳もなく、あっけなく避けられ信信蛇同様吹き飛ばれてしまった。
「いったい何が」
「嬢ちゃんは別に敵じゃねぇから教えてやる。オレの”晶紋”は『反鏡』っていって、晶素で生み出した鏡に映った物体を自由に操作できる」
そう言うとテオがリアの目の前に等身大の鏡を出現させる。
――――そういうことだったのか
先程、信信蛇が突然上空に吹き飛んだのは、テオの能力によって操作されたことによる現象だったようだ。
発動の瞬間や、攻撃の中に織り交ぜながら継戦できる戦闘センス、そのどれもが今のリアには追いつくことのできない領域にある。
このまま戦い続けても結果は見えていた。それだけ今の一瞬の攻防だけでも実力差が見て取れた。
「さて、まだやるかい?」
「…………参りました」
リアは悔しさを滲ませながらも、潔く降参を宣言した。




