59.劣等感の剣
「こうして貴様と剣を交えるのは久しいな、エインよ。昇格試験以来か?」
「はっ!」
「貴様が最年少で部隊長試験に合格した時のことを今でも覚えておる。あれから何年が経った?」
「四年であります」
ホルガーはエインを射貫くような目線で見据える。
「その間貴様はいったい何をしていた?」
「ッ」
「……まぁよい。剣を抜け」
剣呑な空気を感じ取ったのだろう。シロやガロたち年少組も含めて言葉を発する者はいない。
静寂を切り裂くように王の一声が鳴り響く。
「それではホルガー・クリストハルト第零師団長とエイン・ワーデンハーツ第零師団親衛部隊長の模擬戦を始める!」
両者剣を抜き、相手の動向を見ながら対峙する。
先に一歩を踏み出したのはホルガーの方だった。
「来ぬのか? ではこちらからゆくぞ」
ホルガーが一瞬でエインとの距離を詰め斬りかかる。フィルが驚いたのはその足の運び方だ。速すぎて目で追えなかったが、晶素を瞬間的に足に集めていたように見えた。
簡単なように聞こえるが、相当に難しい技術だ。晶素の循環と出力の調整を一瞬で行わなければならないので、高度な晶素コントロールの能力が求められる。加えて、その出力差に耐えられる強靭な肉体も同時に必要だ。
「ぐっ」
エインも身体から黄色のオーラを迸らせながら応戦しており、こちらから見る限り、剣技については両者互角に見える。
エインはホルガーの上段からの剣閃を受け、弾き飛ばすと、研究所でフィルたちに見せた技を放つ。
「≪一振:紅葉狩≫ッ!」
エインの一振りにより強烈な暴風が巻き起こり、自身の剣で直接受けたホルガーは修練場の端まで吹き飛ばされてしまう。だが、ホルガーは空中で一回転するとそのまま修練場の壁を蹴り、再びエインに斬りかかった。
流れるような体術と、血が巡るような自然な晶素の循環スピード、その二つが高水準で組み合わさっていることによって、凄まじい錬度の戦闘技術をホルガーは生み出している。
「貴様の実力はその程度かエインよ」
「くっ! ≪三振:童子遊≫」
エインの姿が一瞬だけかき消える。
次の瞬間、ホルガーの後ろでエインはすでに剣を振りかぶっていた。だが、ホルガーは後ろを振り向くことなく、剣を持つ腕を背中に回しエインの剣を受け切ると、そのままエインを弾き飛ばし、容赦なくエインの胸を目掛けて突きを放つ。
「≪五振:羅生門≫」
ホルガーの鋭い突きを剣の腹に道力を溜めることで、エインは辛うじてその一撃をしのいだ。
晶素のように道力を感じ取ることはできないため、その大小はエインから放たれるオーラで確認するしかない。どうやら隣で見ているリアはフィルが見ている世界とは別の世界が見えているようだった。
凄まじい攻防を繰り広げた両者は一度距離を取り、再びぶつかり合う。
ホルガーの一撃を道力を使って防ぎつつ、隙あれば攻勢に転じているエインの技量も相当だが、ここまでホルガーは一度も保持者としての能力を使っていない。
対するエインは大技の連発によって道力を消耗し、次第に防戦一方に追い込まれていた。道力は晶素のように外から取り入れることはできないので、枯渇すれば回復を待つしかないと以前エインが言っていたことを思い出す。
「どうしたエインよ。それが貴様の底か?」
「ッ」
容赦なく降り注ぐホルガーの剣戟にエインは合わせることで精一杯で、ホルガーの問いに答える余裕はない。
このままだとじり貧になると悟った様子のエインは、再びホルガーと距離を取ると、剣を下向きに向け腰を落としホルガーの攻撃を待つ構えを見せる。
何かを狙っている様子のエインに対し、ホルガーは余裕の表情を崩さず一気に距離を詰めるとエインに斬りかかった。
「≪四振:鬼返し≫」
そこからの攻防は一瞬だった。
エインの持つ剣が道力を帯び、ホルガーの剣を引き付けるようなありえない軌道を描く。両者の剣が衝突する瞬間、ホルガーの剣が急停止し、エインによって振るわれた剣は易々と弾き飛ばされてしまった。
生まれた好機をエインは見逃さない。
「≪一振:紅葉狩≫ッ!!」
再び生まれた暴力的な風によって、ホルガーは今度こそ広場の端へと吹き飛ばされてしまう。
「はっ、はぁ……はぁ……」
エインは息をするのも辛そうな表情で大粒の汗を額に浮かばせていた。
だが、そんなエインに追い打ちをかけるように、砂煙から無傷のホルガーが現れる。
「これでもまだ……届きませんか」
「今の貴様では私に傷をつけることは叶わんよ」
ホルガーはゆっくりと歩きながらエインに言葉を投げかける。
「エインよ。今一度問おう。この四年間貴様はいったい何をしていたのだ。四年前の昇格試験の時の方が余程手強かったぞ」
ホルガーからの侮蔑とも取れる発言に、さすがのエインも怒りを滲ませ語気を強める。
「ッ! 自分はこの四年間必死に鍛錬を続けてきました! 筋力や道力の扱いも四年前より格段に」
「私が言っているのはそういうことではない。私が言っているのは貴様の心の在りようのことだ」
「心の在りよう?」
「確かに四年前から身体づくりにも励み、道力の扱いもあの頃とは比べられないほど良くなっておる。だが、貴様は次第に高みを目指すことをやめ、その地位に甘んじてしまった」
「そんなことは」
「ソフィア殿下に拾われ、恩を返すために部隊長にまで上り詰めた貴様に私は感心したよ。いずれ同じ立場として肩を並べる日は近いだろうと久方ぶりに心が沸き立った。だが、私が見たのは保持者に劣等感を抱き、その壁を乗り越えることをやめてしまった弱者の姿だった」
ホルダーは戦いが始まった位置でその歩みを止めるとゆっくり腰を落とし、晶素を身体に纏い始める。
「自分は、自分なりに努力してきたつもりです! だけどどうしてもあなた方師団長には追い付けない! それが分かるんです! 自分の持っている力ではどうしても限界があることが! 自分が保持者だったらと何度思ったか……」
「能力のせいにするな。自分の限界を己で決めるな。あらゆる方法を模索し続けよ。もがき続けよ。それが貴様の選んだ道であろうが」
俯くエインに対し、ホルダーは威圧的なオーラを放ちながら宣言する。
「心なき剣に正義などない。構えよエイン。レイシェルフト軍師団長としての立場の意味をその身に理解せよ」
「≪流統≫」
今までホルガーを包んでいた晶素が急速に流れ始め、一歩を踏み出した瞬間に爆発な晶素の奔流を生む。
今までで最速の動きでエインに迫ったホルガーは、エインが剣を構えきる前にその手を掴みながら地面に叩きつけ、瞬きの内にその首に切先を突き付けた。
「そこまで! 両者ともよく戦った!」
王の一声で壮絶な戦いは終わりを告げる。だが、すぐに口を開けるものはその場にはいなかった。両者の戦いに圧倒されたのもそうだが、エインが抱えている葛藤を知ったフィルは、どことなく自分を重ねていることに気付いた。
ヴィリームでヴァクロムという強者と戦い、姿の見えない敵と戦おうとしているフィルはずっと不安を抱えていた。自分に誰かを守り抜ける力があるのかと。
だが、フィルはそこで立ち止まることはなかった。それは仲間たちがいたからだ。
「陛下はご存じだったのですね?」
「うむ。エインが師団長に、否、保持者自体に劣等感を抱いていたのは知っておったよ。壁を感じていたこともな。今日の戦いはあやつにとって必要なことだった。こういう機会でもないと師団長と部隊長が戦う機会などないからな。ホルガーには嫌な役をやらせてしまった」
レイシェルフト王は修練場からこちらへ向かってくる二人に目線をやりながら話し続ける。
「エインはソフィアに拾われたことを恩に感じソフィアを守ることを第一にここまできた男だ。部隊長という位置があやつにとっての一つの終着点になってしまっていたのだよ。それに、あの事件以降、ソフィアはエインにさえも心を開こうとはせんのだ。それも奴が燻っている理由だろう。だが、あやつは部隊長で留まるような器ではない」
王はそこで言葉を区切る。
レイシェルフトの人間ではない者が部隊長になるまでは決して楽な道ではなかったはずだ。逆境を乗り越えてきたエインに対して王は期待をしているのだろう。今ぶつかっている壁も必ず乗り越えるだろうと。
フィルはそんなエインを少しだけ羨ましく感じる。
「二人とも見事な戦いであった。今後も慢心することなく精進せよ」
「「はっ」」
模擬戦を終えた二人が王の前に跪く。フィルは悔しそうに唇を噛むエインをしばらく見続けていた。




