55.マキナ・ジンフレイム
研究室の中を一言で表すならば――――”惨状”だ。
何に使うかも分からない機器がそこら中に転がっており、薬品の臭いなのか、とんでもない異臭が漂っている。
広大な空間の中央部分にはぽっかりとスペースが空けられており、そこに一人の女性が寝そべっていた。
女性はなにやらぶつぶつ言いながら地面に向かって喋っているのだが、他の研究員はまったく気にすることなく淡々と自分たちの作業をしていることが、より一層その女性の変人っぷりを際立たせている。
「マキナ所長!」
先程の呼び掛けが聞こえていなかったのか、レオンが声を張りながら再び女性を呼ぶ。
その声でようやく気付いたのか、女性は顔を上げ、どうやったらそうなるのか理解しがたい暴発している髪を撫でつけながらこちらへ走ってくる。
「レオンちゃんじゃないっすか! どうしたんすかこんな場所まで。この人たちは?」
「突然すみません。私はフィリックス・フランツと申します。実は――――」
マキナの問いかけに、フィルが代表してここに来た経緯を説明する。
マキナは所長と言われるには未だ若く、歳はエインより少し上といったところだろう。見た目は研究者の典型といった無精姿だが、その頭脳は”レイシェルフトの叡智”と言わしめるほど、国内外から高い評価を得ている。
フィルの話を最初は黙って聞いていたマキナだったが、フィルたちが保持者だと分かると徐々に目を怪しく輝かせ、話が一通り終わると天に向かって咆哮した。
「ぃやった――――!!!!!!! みんな! 久々の研究対象っすよ!!!!! ふぉ――――!!!! 」
「「「「うぉおぉぉぉぉぉぉぉ」」」」
なんなのだこの異常な盛り上がりは。
フィルたちが異様な光景に若干引いていると、隣に立っていたエインがこそっと説明してくれる。
「ここにいる人たちは、なんというか本当に研究が好きな者たちのだ。特に保持者なぞ元々数が少ないようで、涎が出るほど研究したい対象なのだそうだ。自分には理解できないがな」
研究者たちは肩を抱きながら喜びあっている。何がそこまで嬉しいのかフィルたちにはまったく理解できないし理解したいとも思わなかった。
マキナは一通り喜び終えると、目を血走らせてフィルの元へ駆け寄ってくる。
「はぁ、はぁ、フィルくん! ぜひ君たちを実験……いや、協力させてほしいっす!」
「いや、あの」
フィルが引いているのを感じたのだろう。マキナは慌てた様子で訂正する。
「ち、違うっすよ? もちろんフィルくんたちの目的の範囲で結構っす! 何かの実験台になってくれとかじゃないっすから!」
「……本当ですか?」
「ほんとっす!」
「はぁ、分かりました」
「ん゛ん゛! それで、これからやろうとしてることはなんとなく分かったっすけど何が知りたいんすか?」
「俺たちは今まで晶素の力のおかげでここまで生き延びることができました。だけど、自分の力なのにあまりにも知らないことが多すぎするんです。俺たちがこれから戦っていくためには自分たちの力を理解することがまず必要だと思って」
「なるほどねぇ。それで自分たちの力を知るためにここに来たと」
マキナは先程のまでのおちゃらけた雰囲気と打って変わって真剣な表情でこちらを見ている。
「事情は分かったっす。ちょっと準備をするからそこで待ってるっす」
そう言い残すと、マキナは数名の研究員を連れて奥に消えていく。
数分後、巨大な円盤と複数のコードがぶら下がった怪しげな機械と共に再びマキナが現れた。
「さぁ、準備ができたっす。今からこの円盤に乗ってこのセンサーを両手、両足に着けてもらうっす。それで能力を発現してほしいっす。これでみんなががどんな”晶紋”なのか見るっす」
「”晶紋”?」
今までに聞いたことのない言葉にフィルは首を傾げる。
「”晶紋”っていうのは、今までこの研究所で取ったデータを基に、保持者の能力を言語化したものっす」
「よく分かんねぇな。じゃあ保持者って意外と多いのか?」
カイトの疑問に対し、マキナは顔をしかめる。
「いや、かなり少ないっす。適合者は、発現度の大小すべて合わせると人類の約四十パーセント程度はいると言われてるっすけど、保持者はその中でも十パーセントにも満たないっす。だからデータ集めるのがどんなに大変か」
その数字を聞くと、改めてフィルたちが異質なのが分かる。ここまで保持者が複数いる集団というのは珍しいのだろう。
「保持者は体の一部に痣があると思うんすけど、それは保持者としての晶紋を表していると言われてるっす。千年以上前に使われていた古代文字で、研究の結果色々な事が分かってきたっすよ。熟練の保持者は自分の”晶紋”が何か自然と理解しているらしいっす」
「へぇ~。ただの痣だと思ってたがこれに意味なんかあったんだな」
「あるっす。すべての物事に意味はあるんすよ、カイトくん。実はこの解読が一番苦労したっす。そもそも晶素がどんなものかみんなは知ってるっすか?」
フィルたちの中で一番の知識人であるネイマールが代表して答える。
「晶素はこの世界に満ちている高エネルギー物資と言われています。人の細胞を活性化させ、本来発生することのない力や現象を引き起こす。それと、レイシェルフトに代表されるように、様々な機器の動力として近年活用され始めている物質です」
「試験なら百点の回答っすね。だけどそれは晶素の本質ではないっすよ。正しくは”心を反映する物質”っす」
「”心を反映する”?」
「そうっす。人の持つ心の特性、正の感情、負の感情。その強い感情が晶素と結びつき能力として現れるっす。適合者は生まれもった才能に左右されるっすが、保持者になるには晶素が呼応するくらいの強い感情がいるっす。普通の生活をしている人間はそこまでの経験を人生ですることはないっす。だから保持者は適合者に比べて圧倒的に少ないんすよ。まぁ、未だ研究途中なんで違う解釈をする人もいるっすけど」
「そうなんだ」
「ちょっと脱線しちゃったっすね。とりあえず今までの経緯を詳しく教えてもらっていいっすか? それからこの装置を使って一人ずつ”晶紋”を見ていくっす」
「分かりました。では、まず私たちが旅に出た目的からお話しします」
フィルは自分たちがゾネの村の出身であること、保持者として目覚めた経緯などを時系列に沿って話していった。マキナは時折質問を入れながら、手元の紙に何やら書き込んでいる。
しばらくしてフィルが話し終えると、今度は中央のスペースに移動し、一人ずつ装置を付けて能力を発現していった。ただし、適合者ではないネイマールと、自らの意志で能力が出せないシロは例外だ。シロの能力については何なのか気にはなっていたので、後でマキナに聞いてみようとフィルは思っていた。
一通り作業が終わるとマキナは研究者を集めてまた奥の方へ引っ込んでいく。
手持無沙汰になったフィルは、ガロとシロの遊び相手をしたり、研究所の中を見て回ったりしていると、マキナがゆっくりとした足取りで再びフィルたちの元へ戻ってきた。
だが、その表情はとても厳しいものだった。




