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52.二人の王

 会議が終わり帰ろうと立ち上がると、フィルはソラベルに呼び止められる。


「フィル殿、少しよいか?」


「はい。何でしょう?」


「少し伝えておきたいことがあってな。ここからは王ではなく、一人の親として話を聞いて欲しい」


「というと、レオン王子のことでしょうか?」


「うむ。あの子は今、自らの力に苦しんでおる」


「?」


「あの子は生まれた時から晶素を扱うだけの能力を持っていた。大人に引けを取らない晶核と循環・排出の力をな。だが大きすぎるが故、自分の力をコントロールすることができないのだ。通常、適合者アダプタになれば自然と力の使い方が分かるはずなのだが、あの子は保持者ホルダーとなった今も制御できず自らの力に苦しんでおる」


 フィルは昨日の出来事を思い出す。強盗を倒すだけなのに通りの壁を破壊する必要があるのかと思っていたが、あれはそういう理由だったのか。


「あの子も必死になって訓練をしてきた。余もできる限りの手を尽くした。国立研究所の所長に検査をしてもらい、新しい機器の開発にも積極的に取り組んだ。だが、一向に成果は出ず、レオンはあのような活動を始めた。本人は隠しているつもりでも周囲はみな分かっているがな」


 そう言ってソラベルは苦笑いをする。


「レオンの活動については子供たちの支持はあるのだが、大人たちにとっては余計に被害が広がるばかりでな……正直苦情も来ているのだよ。だが、大多数は温かい目で見守ってくれておる」


 ソラベルはフィルの目を真っ直ぐ見つめながら言う。


「フィル殿。貴殿には不思議な力がある。レオンが『すごい人たちを見つけた!』と言い出した時の嬉しそうな表情と言ったら、余は久々にあのようなレオンの顔を見た。どこか皆に期待してそのようなことを言い出したのであろう」


 王ではなく、一人の親として子のために力になりたいと切に願う姿がそこにはあった。


「どうか、どうかあの子の事をよろしく頼む。なんとかしてくれとは言わぬ。ただ、父親として、あの子の心の支えになってほしい」


 フィルはソラベルの想いに自分の言葉で応える。


「分かりました。レオン王子のために私たちができることをさせていただきます」


「ありがとう。感謝する」


 そう言ってソラベルは頭を下げるが、一国の王に頭を下げさせるというのは気分が良いものではない。フィルは話題を変えるために会議に出ていたエインのことを聞いてみた。


「そういえばエインさんは部隊長と言っていましたが師団の中に部隊があるのですか?」


「各師団の中に第一から第五まで部隊があるのだが、零師団は特殊でな。王族を守護する親衛部隊と、王城を守護する護衛部隊があり、それらを師団長がまとめておる」


「なるほど。師団長や部隊長はみなさん保持者ホルダーなのですか?」


「一人の例外を除いて、この国の部隊長以上はみな保持者ホルダーだ」


「例外?」


「エインだ。奴は()()()()()()()


「え?」


「正確に言えば晶素の吸収・循環能力が極端に低い。だが、エインには他の皆には扱えぬ”道力”という力で部隊長まで上り詰めた」


「”道力”、ですか。聞いたことがないですね」


「エインは元々レイシェルフトの人間ではない。ここから東にあるヴォルドーという国の出で、元々身に付けていた力らしい。一時的に身体能力を向上させるのだが、その剣の腕も相まって戦闘能力は軍の中でもトップクラスだ」


 師団長と談笑しているエインを遠目に見る。あの鍛え上げられた肉体にはそのような理由があったのか。


「不思議な男だ。ソフィアが郊外で生き倒れているのを見つけて介抱してやったらしいのが、それに大層感謝したくらしくてな。死に者狂いで剣の腕を磨き、わずか数年で部隊長にまで上り詰めた。他の部隊長の中で一番若く他国出身ということもあって周囲の反感を買っていたが、奴のひたむきに努力する姿にみな毒気を抜かれ、今ではああして部隊長として立派に責務を果たしておる。本人は伸び悩んでいるらしいがな」

 

「ソフィア?」


 フィルは会話の中で初めて出てきた人物が気になり、思わず聞き返してしまう。


「あぁ、そういえば紹介が未だだったな。ソフィアは余の娘でこの国の第一王女にあたる。本来ならばレオンと共に紹介したかったのだが……」


 ソラベルの顔に少しだけ陰りが落ちる。フィルはそれを見逃さなかった。


「ご病気か何かですか?」


「いや……」


 ソラベルはフィルに言おうか言わまいか迷っているようだった。


 ソラベルは一度視線を外すと玉座の向こう側をじっと見つめる。視線の向こうに何があるのか、いや、誰がいるのか、なんとなくフィルには分かった。


「少し長くなるが良いか?」


「構いません」


「もう五年になるか――――」


 そう言うと、ソラベルは過去を振り返り始める。



――――今から五年前


 第一王女であるソフィアはその日、王都郊外にある森に狩りに出かけていた。名目上は薬草の調査ということだったが、実態はソフィアの力の制御訓練の一環として行われたものだったらしい。


 ソフィアはレオン以上に晶素に愛されていたようで、途轍もない潜在能力を持っていたそうだ。その為、幼少の時より適合者アダプタとしてレオンと共に厳しい訓練を受けていたのだが、いくらたっても上達しない能力と、比例して大きくなる周囲からの失望が心にのしかかった。


 自分に厳しかったソフィアは己の力すら制御できない自分を自分自身で追い込んでいた。与えられた量以上の訓練をこなし、寝る間も惜しんで晶素に関する知識を吸収しようとしていたらしい。


 だが、努力と反するように周囲からの期待は遠ざかっていく。それは比較対象となる、レオンともう一人の兄弟の存在が大きかった。


――――グレイ・イルムガード・レイシェルフト。


 レイシェルフト国内でその名を知らぬ者はいない。


 レオンとソフィアの兄であり、”天啓に導かれし者”とまで言われた神童。歴代最強と呼ばれた現レイシェルフト王を超える晶核を持ち、若干二十歳にして当時の師団長たちと同じ戦場を駆け、温和な人柄と端正な顔立ちも相まって国民の人気が非常に高かった。


 そんな兄にソフィアは非常に懐いていたそうだ。常に兄にべったりで、レオンと兄の取り合いをしては怒られていたらしい。兄としても非常に良くできた人物だったようで、仕事が落ち着いた時には、可能な限りソフィアとレオンの訓練に付き合っていたそうだ。


 その日、ソフィアは兄のグレイ、前宰相のガフトルト・バッセルベルトと数名の兵士と共に、何度も踏み入った東の森に来ていた。


 ガフトルトは国王の意志を政治という形で実際に動かしていた男で、その有能さから歴代最長の宰相として名を馳せていた人物である。


 ソフィアとレオンの力について、最も事情を知っている人物であり、幼少期の二人にとって家庭教師のような役割を担っていたことから、ソフィアはガフトルトに全幅の信頼を置いていたそうだ。


 当然、何度も訪れている森であり、危険な生物などいるはずもなく、一行は森の中心部に向かって進んでいった。


 道中、不安定ではあるが、ソフィアも小さな野獣相手に力を発現させることができ、誰もが今回の遠征を順調に感じていたそうだ。


 だが、()()は突然現れた。


 森の中心に向かって進んでいた一行は、少し開けた場所に滾々と湧き出る泉を見つけ、隊のリーダーであるガフトルトの判断の元、少し休憩することになった。


 だが、それは泉などではなかった。


 一人の兵士が喉の渇きを潤すため泉に近づき、水をすくうように手を差し入れた瞬間、泉の中から現れた緑色の触手が腐臭を放ちながら兵士の足を掴み、そのまま兵士を泉の中へ引きずり込んでいってしまったのだ。


 しばらく呆気にとられていたソフィアたちだったが、正気に戻り兵士を助けるために泉へ駆け寄ろうとした。だが、夥しい数の歯が生え揃った化け物が、息絶えた兵士を咥えながら濁った水の中から現れたのだ。


 『腐藻デロ・ドウロ』と呼ばれる、植物が晶素によって変容した珍しい晶獣オーロで、分類は植物だが動物の肉を好んで食べる。棲んでいる水場をわざと綺麗に見せることで獲物をおびき寄せる習性を持ち、一度捕食した者はその口から溢れ出す酸によってどろどろに溶かされ養分として吸収されてしまう。


 本来はフィデリオやノード等のレイシェルフトよりも北側を生息域としているはずの、見つかれば周辺一帯は即立ち入り禁止になる程の危険な生物で、屈強で知られるレイシェルフト兵を一瞬で飲み込んでいく。


 すでに生きてはいないだろうが亡骸だけでも持ち帰ってやりたい。そんな気持ちからガフトルトとグレイはほぼ同時に腰の剣を引き抜き化け物へと斬りかかる。


 ガフトルトは宰相だ。だが、王を筆頭に武で成り上がったレイシェルフト軍に長年囲まれることで、小型の晶獣オーロであれば軽く屠れる程度の実力は身に着けていた。


 だが、この時二人は気付いていなかった。


 化物は一体だけではなかったことに。


 正面の腐藻デロ・ドウロを駆除しようとしていたグレイとガフトルトの元にソフィアが駆け寄る。自分も二人の力になりたい、訓練の成果を見せたい、そう思ったのだろう。


 だが、ソフィアは背後から伸びるもう一体の触手に気付いていなかった。


 その場でその事に気付いていたのは――――グレイただ一人だった。


 グレイは能力の発現が間に合わないと悟ると、凄まじい速度で接近しソフィアを突き飛ばした。


 ソフィアが振り向いた時、もうそこにグレイの姿はなかったのだそうだ。一度水中に引きずり込まれれば、いくらグレイでも這い上がる事は叶わなかった。


 ソフィアは兄を取り戻そうと必死だったのだろう。


 未だ不安定だった力を、兄が引きずり込まれた水中に向けて放った。だが、動揺と焦りにより、ソフィアは冷静さを完全に失っていた。


 そして力は暴走する。


 不安定なまま放たれた膨大な晶素の塊は暴発し、一体目の腐藻デロ・ドウロに斬りかかろうとしたガフトルトへと直撃する。


 後には、肩から先が消失した左腕を押さえ蹲るガフトルト、上半身が消失した兵士、呆然と立ち尽くす三人の兵士、そして、心を失ってしまったソフィアだけが残され、グレイは二度と戻ってくる事はなかった。



 残った兵士とガフトルトは茫然自失となっていたソフィアを抱え、急いで城に戻ることになる――――

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