45.揺られる
翌日、フィルたちは日が昇る前にデルガロを出発していた。
実は、偶然デルガロの街からテルミネストへ行く高速運搬便に空きが出ていたのだ。
滑空鳥と呼ばれる、地面を低空で飛行する特殊な鳥が牽引しており、高速で且つ揺れも少ないという優れものだ。
この鳥は調教が難しく数が少ないため商用として実用化できる例がかなり少なく、ヴィリームでは一度も見かけたことはない。
ちなみにヴィリームでは馬車が主流だったが、フィルたちは貧乏だったのと、訓練をする必要があったので一度も利用しなかった。何より値段が高額なこともある。そのため一般の住民や商人が利用することはなく、主に富裕層が利用するための手段というのが世間一般の常識だ。
早くこの街を出たのはもう一つ理由がある。
それはシロのことだった。
本当ならこの街でシロの家族のことを調べるつもりだったが、シロが昨日の夕方に言ったのだ。
「ここにシロのかぞくいない」
最初は攫われた恐怖のせいでここに残っていたくないのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。何かを思い出したのかと思ったらそういうことでもないようなのだ。
シロがそう言っている以上フィルたちがここに留まる理由もない。ちょうどその話を宿で食事をとりながらしていた時に、隣で話していた商人が高速便のことを話していたのを聞き、急遽明日の早朝に出る便を予約したという訳だ。
歩きを使わなかったのは、疲労が抜けきっていないということと、早くシロを家族の元に届けてあげたいという想いからだった。
高速というの伊達ではなく、その日の日が落ちる前にはテルミネストに着いてしまった。
何より感動したのはその乗り心地だ。もう歩くことはできないと思うくらい快適な道中で、フィルはお金がもっとあればと悔やんだ。
その日はテルミネストで一泊し、翌日は各々街を見て回ることにした。この街もデロスと同じで雑多で陽気な印象を受けるが、デロスよりも少し客層は上のようだ。
シロはフィルと一緒に街を見て回っていたのだが、どうやらこの街も見覚えがないようだった。
宿に戻って合流した一行は、疲れてしまったシロを寝かしつけ、フィルの部屋に集まっていた。
「シロにそれとなく聞いてみたけどやっぱりここじゃないみたいだ」
「どうするかねぇ。そうなると状況的にレイシェルフトだが」
「それはありえませんよカイトさん。だって世界中の海には高濃度の晶素で満たされているんですよ? 少しだけならいいかもしれませんがレイシェルフトからだと流石に持ちませんよ。仮に商船から落ちたとしても海路から大幅に外れたあんな場所で倒れてましたし」
「そうなんだよなぁ。どうすっかなぁ」
「おいらシロと一緒にいたいんす! シロは良い子なんす!」
「ガロ、それは俺たちも分かってるよ。最初の頃に比べて随分感情を出してくれるようになったしね。だけどそれは俺たちの都合であってシロの都合じゃないんだ」
「……フィルの言うことは難しいんす」
「俺たちはもちろんシロと一緒にいたいよ? だけどシロはそうじゃないかもしれない。シロにだって家族はいるはずなんだ。『ここにはいない』って言ってたから、まずは家族に会わせてあげよう」
「たしかにフィルの言う通りなんす。でも寂しいんす……」
ガロは目尻を下げながらしょんぼりと肩を落とす。
「僕も寂しいよ。でもそれがシロのためならそうすべきだと思う」
ノクトがガロの頭に手を載せながら優しく話しかける。
「最初は孤児院っていう選択肢もあったけど今はシロがここじゃないって言ってる訳だからね。置いていくわけにもいかない」
「じゃあシロも一緒にレイシェルフトへ連れて行くの? 危険じゃない?」
「危険だとは思う。けどこのままここで別れるのもあまりにも無責任だと思うんだ」
レイシェルフトに連れて行くのはフィルも正直危険だと思う。ハーファンでは真羅の影は見当たらなかったが、フィルたちが気付いていないだけという可能性もあり、このままシロをハーファンに置いていく選択肢はフィルにはなかった。
「シロにも聞いてみようと思うけど当面は一緒に行こうと思ってる。レイシェルフトで手掛かりがなければその時はまた考えよう。ガロもそれでいいかい?」
「シロと一緒にいれるならいいんす!」
「分かった。じゃあみんな今日は休んで明日出発しよう」
夜が明け、レイシェルフト行きの船に乗船する前にフィルたちはシロの意志を確認していた。
「シロ、俺たちはこれからこの船に乗ってレイシェルフトという国に行くつもりなんだ。この国に家族がいないなら一緒にレイシェルフトへ行こうと思ってるんだけど、もしこの国に残るなら孤児院があるから当面はそこで――――」
そこまで言うと、シロは突然フィルの胸に飛び込んでくる。
「ど、どうしたんだ。シロ」
「フィルと一緒に行きたいんだって。ね、シロ?」
リアの言葉にシロは腕の中でこくこくと頷いている。
「分かったよ。じゃあ俺たちと一緒に行こうか」
シロは顔を埋めながら強く頷いた。
全員でレイシェルフト行の船に乗り込んだ一行は快適な船旅を楽しんでいた――――
とはいかなかった。
「うぉぉぇぇぇぇぇぇ」
顔を真っ青にしながらカイトが床に突っ伏している。相当参っているようだが、船酔いしているのはカイト一人ではない。
リア、ノクト、ネイマールも各々顔を青くさせながら甲板で休んでいる。元気なのはフィルとガロとシロだけだ。
「見るんす! もう街があんなにちっちゃくなったんす! カイト見るんす!」
「…………なんでお前そんな元気なんだ」
「カイトがへなちょこなんす!」
「今は言い返す気力もねぇ……うぉぇ」
フィルはというと、ハーファンの時と同様に同乗していた船乗りにレイシェルフトの事を聞いていた。
レイシェルフト王国。
王が統治する国で、ヴィリームと『悪魔の咆哮』を挟んで真反対にある国だ。
レイシェルフトは別名”晶導大国”とも言われ、国力としては大陸随一を誇る。その原動力はなんといっても、最先端と言われる晶素を用いた機器の数々だ。
国立研究所で開発された機器の数々は、国民の生活に溶け込むまでに一般化しており、他国に比べて国民の生活の質は非情に高い。また、生み出された数々の機器を輸出することで莫大な利益を上げている。
レイシェルフトでのフィルたちの目的は、シロの家族を探すことと、晶素の扱い方を調べることだ。真羅の動向も探らないといけないため、情報収集が主な活動になるだろう。
船乗りと会話に花を咲かせていた所、突如周囲が慌ただしくなる。




