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42.悪狼

 勢いよく扉を開け放った先でフィルたちが見たものは、言葉を失う光景だった。


 部屋の両端に鉄の格子が付いた箱が所狭しと並べられ、その中に無数の人間が入れられている。


 みな少女か少年のように幼い顔立ちをしているように見えるが、どの子も悲壮感を漂わせ痩せ細っている。見たところ七人の子どもたちが捕まっているようだ。


 横に置かれているものは食事だろうか。カビが付いたパンが一個だけ置いてあり、食べた方が体調を崩しそうな代物だった。


 そして、一番奥の鉄格子の中に見えた。



 手足を縛られ涙を浮かべているシロの姿が。



「シロッ!!」


 フィルたちは急いでシロに駆け寄ろうとするが、前方から飛来した針状の晶素に足を止められてしまう。


 攻撃が飛んできた先を確認すると、奥の扉からこちらに向かってくる集団が見えた。ある程度予想はしていたが、その先頭を歩いているのはやはりあの商人だった。


「こんな所まで来おって。大人しく出ていけばよかったものを」


「なぜシロを攫った。この子たちはいったいなんだ」


「やかましい餓鬼だ。こいつらは”商品”だ。この国には様々な商品が集まる。その一つに過ぎん」


「なにが商品だ! この子たちはれっきとした人間だぞ!」 


「大人には大人の事情があるのだ。”買い手”もすでについている。これ以上ワタシの商売の邪魔をするんじゃない!」


「何が事情だ! 罪のない子どもたちを攫って、お前がやっていることはただの犯罪だろう!」


「貴様らに理解してもらおうなどとは思っておらんわ。ワタシは貴様らがこの都市に入ったことを知っていたのだ。ここはワタシの庭だからな、痛い目に遭わせてやろうと思っていた矢先に商品になりそうな娘を連れていたのでワタシがもらってやったのだ。のこのことワタシの店に来おってからに。ぐははっ」


「てめぇ、いい加減にしろよ」


 カイトが我慢の限界とでもいうように、手に雷を纏い始める。


「ふんっ。腹立たしいが貴様らの腕が立つことは認めてやろう。だがいつまでも大人しくやられてやると思うなよ? おい! お前らあの小僧どもを叩きのめせ!」


 商人の後ろから出てきたのは身の丈程の大剣を持つ大男と、口をすぼめた独特の衣装を着こんだ細身の男だった。


「なんだ、餓鬼じゃねぇかよ。腕が立つっていうから期待してたのによぉ!」


「仕事がやりやすくていいじゃないですか。会長さん。いただいた値段の分はきちんと仕事をさせてもらいますからね。いひっ」


 男が大剣を肩に背負いながら部屋中に響き渡る声で叫び、呼応するように、細身の男が身体を揺らしながら妙に耳につく声で笑う。


「あいつらは……」


 ネイマールが何かを知っている様子で目を見開き、二人の男たちを見ている。


「ネイマール、あの二人を知っているのか?」


「フィルさん、アイツらは”影の手”って呼ばれてる二人組の犯罪者で、世に出ていないような汚い仕事を金さえ払えばなんでも請け負うって言われてる輩です。その手口は残忍で、一度狙われたらまず命はないと言われてるような奴らです」


「おいおい、ひどい言われようだなぁ。ぐははっ。まぁ否定はしねぇけどよ」


 何が可笑しいのか大男はこちらを見て嗤い出す。


「アイツらはこの国じゃ有名な犯罪者なんです。捕まえようにも中々尻尾を出さず、追いつめても逃げられてしまう。フィルさん、アイツらは二人とも保持者ホルダーなんです」


 ネイマールの言葉に納得してしまう。なぜなら、へらへらとこっちを見て喋っているように見えてまったく隙がないからだ。特にあの細身の男は、その細い目をこちらに向けながら常にフィルたちの挙動を観察している。


 言葉ではああ言っているが油断せず常に動ける体勢を取っているという時点で、相当な実力者であることは明白だった。


「あの小僧どもはワタシの商売にとって邪魔だ。殺せ! さっさとやってしまえ!」


「へいへい。んじゃさくっとやっちまいますかね」


 そう言うと男は晶素を身体に纏い始める。ただでさえ大きな身体がさらに膨れ上がっているような錯覚を見せるほどの圧だ。


 一方、細身の男も晶素を纏い始めるが、こちらは手だけに集中させている。先程飛んできた針状の晶素は、おそらく細身の男から放たれたものだと推測できた。


 フィルたちも晶素を纏わせ両者が衝突しようとした、正にその瞬間だった。



 数は十を超えているだろうか、全身を黒で染めた集団が後方から一斉に現れたのだ。



「てめぇら! かかれ!」


 リーダーらしき男の発声で集団が一斉に動き出す。圧巻だったのはその動きで、統一された黒い衣装を身に纏った集団は、まるで一つの生物のように固まり向かってくる。遠目からでも分かるほど戦闘慣れした動きだった。


――――敵なのか、味方なのか


 敵だった場合は挟まれる形になってしまい圧倒的に不利な状況に陥ってしまう。だが、フィルには判断がつかなかった。


「フィル、どうする! このままだと挟まれちまうぞ!」


 フィルは商人たちの動きを注視しながら、先頭を走ってくるリーダーの男を見る。その男は茶色みがかった髪を後ろにたなびかせながら、こちらに猛然と走ってきていた。


 男はフィルと目が合うと小さく頷く。


 自分たちを信じろということなのだろうか。強面ともいえる彫りの濃い顔には大きな傷があり、威圧的な印象を強くするが、フィルは男の目をじっと見ていた。


 髪と同じ少し茶色みがかった目は、人を陥れるような濁った色は見受けられない。少なくともフィルには自分たちに敵意があるようには思えなかった。それに、商人たちも突然現れた集団に警戒の色を濃くしている様子だった。


 フィルは一瞬の逡巡の末、自分の直感を信じる。


「敵は目の前だ! ネイマールとリアは捕まっている子たちを避難させてくれ! ガロは俺と一緒に大男を、カイトとノクトは右の男を頼む!」


 フィルの言葉を信じ、一斉に仲間たちが動きだす。


 黒の集団はすぐ後ろまで迫っていた。


 集団がフィルたちを追い越す寸前、リーダーの男がすっとフィルに近づいてきたかと思うと、ぼそっと声が聞こえてくる。


「ありがとよ、信じてくれて」



 その言葉を聞いて、フィルは自分の直感が正しかったことを確信した。

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