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40.少女

「しっかしどこまで行っても海しかねぇのな」


 カイトがぼやくのも無理はない。


 デロスからテルミネストまではほぼ海岸沿いに街道が整備されているため、左手にずっと海を見ながら進むことになるのだが、永遠と変り映えのしない景色に嫌気が差すのも分かる。


「おいらは海好きなんす! たぶんいっぱいお宝が眠ってるんすよ!」


「そうだといいなぁ~」


 ガロの話にさも興味なさげにカイトが返事をする。


「それで、レイシェルフトには晶素の研究機関があって、晶素を用いた色々な道具を開発しているらしいんですよ。その一つが”晶円鏡”て言って――――」


 後ろではネイマールとノクトがレイシェルフトの晶素技術の話題で盛り上がっている。ネイマールは、やはり言うだけあって様々な知識を持っていた。切り揃えられた前髪を揺らしながら楽しそうに話している。


 フィルはリアと他愛もない話をしながら街道を行く。


「あとどれくらいでテルミネストに着くのかしらね」


「う~ん、今は三分の一くらい進んだところだと思うから、道中の村に寄りながらだとしても、早くて二週間ってところかな」


「やっぱり歩きだと結構かかるわね~。馬車が欲しいわ」


「たしかにね。でも、馬車だと狩りもなかなかしにくくなるからどっちもどっちだよね」


「そうね。ようやく晶素の扱いに慣れてきたところだから、まだまだ訓練をしとかなきゃいけないわ。それにこれから…………ん?」


「どうした?」


「ねぇ、あれ、もしかして人じゃない?」


 リアが指差したのは長い砂浜が広がる先の岩場がある辺りだ。


 まだ遠くてよく見えないが、確かに人が倒れているようにも見える。


「ねぇ、ガロ。あそこの、あの先、岩場の辺りに見えるものが何か分かるかい?」


 ガロは森龍族のため五感がフィルたちより鋭く、視力も人間の数倍はある。


「どこなんす? あそこ? う~ん……あれは人間の子どもに見えるんす。白い服着て倒れてるんすね」


「!? みんな行こう!」


 フィルたちは顔を見合わせ一斉に走り出す。


 街道から外れ砂浜に降りていくと、フィルの目にも倒れているのが人だということが分かってきた。どうやらガロの言う通り白い髪をした少女のようだった。


 近づいて口元に耳を添えると、辛うじて呼吸の音が聞こえてきたのでひとまず安堵する。


「どうやら生きてはいるみたいだ。良かった」


「フィルさん、ここから半日もすれば次の町が見えます。今から行けば日暮れまでには着くと思いますからそこで休ませた方がいいかと」


「分かった。とりあえずここから移動しよう」


 フィルが少女を背負うと、その身体は体重を感じさせないほど軽かった。手足は痩せ細り栄養を十分に摂っていないように見える。


 一行は足早にその場を後にし、日暮れ前には次の町に着き宿屋で少女を休ませることができた。


 リアとガロに身の回りの世話を任せると、残りの四人で食料の買い出しに出かける。大所帯になり、炊事場付きの大部屋を借りているためリアが食事を作ることになっていた。


「あの子ってなんなんだろうな」


「う~ん、船に乗って投げ出された、っていうのが一番それっぽいけど」


「でも海は高濃度の晶素に汚染されていますよ? とても助かるとは思えませんが」


「そうなんだよね」


 四人で少女が浜で倒れていた理由について話し合うがどれも可能性としては低いように思えた。見た目からも幼さを感じるので、一人で生きてきたとは思えないのだが、特に身に着けているものがなかったため今のところ手掛かりはない。


 買い出しを終え帰ってくると、少女は寝台に腰掛けながら身体を起こしていた。


「起きたんだね。調子はどうだい?」


「…………」


 少女は何も答えない。


「どこか痛いところとかはある?」


「…………」


 何も答えはしなかったが、微かに首を横に動かす動作をする。


「おなかは空いた?」


「…………」


 今度ははっきりと分かるように首を縦に振る。


「そっか。リア、ちょっといいかな?」


 フィルはリアを部屋の隅に呼ぶと声を落としてリアに確認する。


「起きてからずっとあんな感じ?」


「そうなの。反応はしてくれるんだけど喋ってはくれないみたい」


「そっか」


「それと、さっき身体を拭いていた時に気付いたんだけど、掌に痣みたいなものもあったわ」


「痣?」


「えぇ。あたしたちみたいな保持者ホルダーの痣とは違って、もっとぼんやりとしたものだけど」


 痣のことはここでは分からないのでひとまず置いておくことにするが、会話については、反応を示すということはこちらの言葉を聞いて返す意志はあるということだ。喋らないのか、喋れないのかは分からないが、どちらにせよ丁寧に対応してあげる必要がありそうだ。


 フィルは再び少女に近づくと積極的に話しかける。


「俺はフィルっていうんだ。きみの名前を教えてくれるかな?」


「…………」


 少女は首を横に振る。


「名前が思い出せないのかい?」


 今度は少女は首を縦に振った。


 フィルたちは顔を見合わせる。これはどうやら普通の事情ではなさそうだ。


「でも名前がないと流石に……」


「フィルがつけてあげればいいんす!」


「えっ、俺が?」


 いざそう言われると、誰かに名前を付けた経験などないフィルは戸惑ってしまう。自分に名付けられていいものかと思い本人に聞くと、意外にも首を縦に振ったのでいよいよ困ってしまった。


「う~ん」


「こういうのは直感なんだよ、フィル。バシっと決めちまえ」


 改めて少女を見つめる。少女はどこか期待しているような目でフィルを見ている気がして、フィルは余計にプレッシャーを感じてしまった。


「そうだねぇ…………じゃあ”シロ”っていうのはどう?」


「フィル、お前……」

「それはどうかと思うよ」

「ちょっと、ねぇ?」

「フィルさん、さすがに安直では」

「センスがないんす!」


 フィル考えた名前は仲間たちからは散々な評価を受けた。自分にセンスがあるとは思っていなかったが、改めて言われるとそれはそれでショックだ。


 少女に改めて名前を付けてあげようとフィルが頭を悩ませていると、今まで沈黙を貫いてきた少女が初めて口を開く。


「………………シロ」


 フィルたちは一斉に少女の方を見る。表情に乏しいのだが、フィルにはどこか嬉しそうな表情をしているように見えた。


「えっと、俺もちょっとそのままのイメージで付けちゃったから、もう一回考えなおすよ」


「…………シロ」


「その名前がいいのかい?」


 少女は頷く。


「それじゃあ本人が気に入ったみたいなんで、”シロ”ってことで」


「……シロ」


「本人が気に入ってんだったら、オレらももう何も言わねぇよ。これからヨロシクな! シロ!」


 カイトがシロの頭を撫で気持ちよさそうに目を細めている。どうやらフィルたちに多少なりとも心を許してくれているようだった。


「ボクはネイマールって言います。この中では一番年齢が近いと思いますから何でも聞いてくださいね」


 そう言ってネイマールが挨拶をするが、なぜかふいっと顔を背けると、シロはとことことフィルの元に走り寄って後ろに隠れてしまった。


「ぶふっ。ネイマール早速嫌われてやんの!」


「別に嫌われてる訳じゃないでしょ! まだ恥ずかしがってるだけですから!」


 それからフィルたちはリアが作ってくれた食事を全員で食べ、シロの今後の事について話し合うことにした。


「それで、シロ。どこから来たとか何か覚えていることはあるかい?」


 シロは首を横に振る。


「ご両親のことは分かるかい?」


 返答はなく、これといった手掛かりはないといっていい。


「どうしたものかなぁ」


「フィル、とりあえずデルガロまで一緒に行ってあげるのはどうかしら? あそこならある程度情報は集まるでしょうし」


 商都デルガロは、デロスとテルミネストのちょうど中央に位置し、行政や国の機関が集まっているハーファン最大の都市だ。


 リアの提案ももっともで、宿屋の主人にも聞いてみたがこの町で少女がいなくなったことはないと言っていた。大きい町でもないのでこれ以上の情報は期待できないだろう。


「分かった。じゃあ当面は俺たちと一緒に行こうか、シロ?」


 シロは元気よく首を縦に振り応えてくれた。


「ゾネの村を出た時はオレたち四人だったのになぁ。気付いたら今七人だぜ?」


「いいんじゃない? 賑やかで。カイトも年下がいっぱいいるんだから、もうちょっと年上らしくしないと」


「おい、ノクト。それは、俺が普段は年上らしくないって言ってんのか?」


「違うって。ふざけてないでもうちょっと落ち着いたらって言ってんの」


「それ同じことだよな? これ完全に喧嘩売ってるよな?」


「そうよ。ノクトの言う通りじゃない。そもそもガロが落ち着きがないのはあんたを見てるからよきっと」


「そうなんす! カイトがぜんぶ悪いんす! おいらは悪くないんす!」


「え? なに? なんで全部オレが悪いみたいになってんの?」



 相変わらず騒がしいがシロはそんな様子を側でじぃっと見ている。これからもっと感情が出るようになればいいなとフィルは心の中で思いながら、騒がしい一日が今日も過ぎていった

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