4.強さと弱さ
ゾネの村を出たフィルたちは、夜が更ける前になんとか隣の村にたどり着いた。
疲労困憊の状態で村長に事情を告げると、快くフィルたちを泊めてくれ、さらに夕飯までご馳走してくれた。ようやく一息ついたところで、フィルたちは今後のことについて話し合っていた。
「このまま聖都に向かおう。ヴァンたちと落ち合うためにも、俺たちが生きていくためにも」
フィルがそう切り出すとカイトが同意する。
「オレもそう思う。このままずっとこの村に世話になるわけにもいかねぇしな。村長が聖都に着いたら教会を訪ねるって言ってたろ? まずはそこに行ってみようぜ」
「……わかった」
リアがか細い声で返事を返し、ノクトは俯いたまま反応を示さない。そんなノクトを見かねたフィルが、気持ちをほぐすように優しく話しかける。
「なぁ、ノクト。俺だってまだ気持ちの整理がついていないんだ。頭では理解しているのに心が拒否してる。それでも俺たちは生きていかなきゃ」
「フィルは……強いんだね」
ノクトは俯いたまま顔を上げることはなかった。
「さぁ、今日はもう遅いから寝よう」
フィルの言葉で解散となり、各々が各自の部屋に消え寝床に入る。
寝床に入ってからも、目を閉じてしまえば嫌でも今日のことを思い出してしまい、フィルはなかなか寝付けなかった。
しばらくしてみんなが寝静まったのを確認すると、フィルはそっと寝床を抜け出した。
周囲は当然のように真っ暗だ。聖都には晶素を利用した明かりがあるそうだが、この辺境にそんなものはない。フィルは暗い道をあてもなく歩いた。
しばらくするとふいに波の音が聞こえてくる。
この村はゾネの村よりも腐海に近い。フィルは波の音に誘われるまま海の方向へ歩き、 海が見える位置まで来るとフィルは近くにあった岩に腰かける。海から吹き付けてくる風が心地よかった。
「この海が高濃度の晶素を含んでいるなんて信じられないな」
どうでもいいようなことをフィルがひとり呟いていると、後ろから足音が聞こえてくる。フィルが振り返る前に聞きなれた声に話しかけらた。
「腐海に住む生き物を食べる国もあるらしいぞ」
カイトがどうでもいい情報を言いながら隣に腰かける。フィルもたいして興味があるわけではないが一応答えた。
「どうやって食べるんだよ?」
「そりゃぁ、お前……色々頑張ってだよ!」
「なんだよそれ」
フィルとカイトはそう言いながら笑い合う。なんだかフィルは久しぶりに笑った気がした。今日の昼にはみんなで笑いあっていたはずだった。
明日も当然そうなるんだと当たり前に思っていた。
二人は無言のまま海を見つめている。
カイトが海を見ながらぽつぽつと喋り始めた。
「オレも正直気持ちの整理なんてついてねぇんだ。心のどこかでは親父とお袋も生きてるんじゃねぇかと思ってる。そんなはずないのにな。ヴァンたちのこともそうだ。あの場ではああ言ったがフィルの言うとおりだ。オレはただ三人を見捨てただけだ。セーラたちだって」
「…………やめろカイト」
「聖都に行ったってどうなるんだ。教会に行って相手にされなかったらどうする? 手に職もない。成人したばかりのオレたちが本当に生きていけるのか?」
「……やめろって」
「オレはいつだってそうだ。その場では偉そうなことを言う! 口では先のことを考えているかのように言う! 中身なんて一切ないくせに!」
「やめろよ! 誰もそんなこと思っちゃいない!」
カイトの目からは涙が零れていた。それは、ずっと一緒に育ってきた男が見せた初めての涙だった。
フィルはカイトに声を掛ける。
「カイトは自分の決断に自信を持っていいんだ。もしこの先迷うことがあれば、カイトの決断は間違ってないんだって、いつだって俺が証明してやるから」
カイトは何も言わなかった。ただただ静かに夜空を見上げていた。
しばらくして、カイトが立ち上がりフィルに言う。
「フィル。お前はいつだって強い。お前は常に誰かのことを想って行動する。誰かが悲しんでれば一緒に悲しむし、困っていればいつだって手を差し伸べてくれる。それはすごいことだよ。でもな、辛いことがあったらお前だって泣いていいんだ。オレたちをもっと頼れ。お前の道はオレたちが切り拓いてやるから心配すんな。俺たちは――――生きてていいんだよ」
カイトはそれだけ言い残し村の方へと帰って行く。
その一言で、フィルの中で必死にせき止めていた感情が溢れだした。
「……ああぁぁぁぁぁぁぁっ!! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
限界だった。フィルは涙が枯れるまでその場にうずくまり泣き続けた。
しばらく感情を溢れさせ空が明るみ始めた頃、フィルは大好きだった両親に言われたことを思い出していた。
『フィル。人にはね、困っていても助けてって言えない人もいるんだ。そういう人はたいてい困ってないって言う。だからね、フィルは上辺の言葉じゃなくてその人の心を見てあげなさい。そうすればきっとフィルもその人も幸せになれるから』
「”心を見てあげなさい”……か。いいこと言うなぁ」
自分がみんなをなんとかしなきゃいけない、助けなければと心のどこで思っていたのかもしれない。自分自身に押しつぶれそうになっていた。
悲しみや喪失感は当然ある。今も寂しさと不安に押しつぶされそうなことに変わりはない。
だが、生きることにもう迷いはなかった。
フィルは仲間たちとこれから生きていくための一歩を、ゆっくりと歩み始めた。