39.裏切りの代償
徐々に近づいてくる馬車がトラムの家の前で止まると、扉から一人の男が降りて倒れている男に近づいていく。でっぷりとした腹を揺らしながら歩いていく姿は、最近見た覚えがあった。
「おい、貴様! 何こんなところで寝ている! あの娘はどうなった! 客からいつになるんだと催促されているんだぞ! さっさと起きろ!」
「うぅ、会長」
「それで、ちゃんと追い込んだんだろうな!?」
「……いえ」
「なんだと!? ここには宿を建てる予定なんだぞ! どんな手段でもいいからどかせろ! 娘もさっさと奪ってしまえ!」
会話の内容からおおよその内容が推測される。どうやらすべてこの男によって仕組まれていたことのようだ。わざと悪評を立て経営を追い込み、借金まみれにしてトラムの店と娘を奪うつもりだったのだ。
「それが……腕の立つ護衛を雇っていやがったようで」
「護衛だと? いったいどこに」
「よう、おっさん。また会ったな」
商人はカイトと目が合うと、さっきまで顔を真っ赤にして怒っていた様子から一変、顔を青褪めさせる。
「きっ、きさまらは! あの時の小僧ども!」
「相変わらず胸糞悪ぃことしやがって。フィル、コイツ放っておいたらまた同じことをするぞ」
「そうよ。捕まえてデロスの憲兵団に突き出しましょ」
「こっ、こいつは悪いやつなんす! 捕まえるんす!」
ガロがリアの後ろに隠れながら商人に言うがフィルも同感だった。恐らくこの商人は今回のような悪辣な手段を使って商売をしているに違いなかった。今までもこれからもやり方を変えることはないだろう。
「ふんっ! 突き出されたところで証拠は何もない! ワタシを捕まえたところで意味などないぞ」
「そうかい。まぁ、とりあえずデロスに大人しく連れて行かれろや。意味がないかはデロスで判断してもらえ。あの時は着いたばっかで騒ぎを起こしたくなかったから何も言わなかったが、誘拐の被害者として証言してもいいんだぞ」
「っ」
商人は分が悪いことを悟ったのか徐々に後ずさる。
「ちっ。おいっ、お前ら! 時間を稼げ!」
商人の掛け声で馬車の後ろに控えていた護衛が一斉に出て襲い掛かってきた。前回の護衛はまるで素人だったが、今回は違う。
中には適合者もいたようで、フィルたちが戦っていた間に商人と金貸しの男には逃げられてしまった。
「ふぅ。こいつらはデロスに連れて行ってもらうとして、当面これであの商人もここに寄り付かないでしょう」
「みなさん、何から何まで本当にありがとうございます。なんと感謝申し上げたらよいか」
トラムたち家族は涙を浮かべ全員で頭を下げる。
「いいんですよ、こちらもいい訓練になりましたから」
「フィル殿。勝手ながらみなさんからお預かりしていた防具に晶獣化した一角精馬の素材を混ぜてみました。今までよりかなり強度が上がっているはずです。それと、一角精馬の素材は晶素の流れを整えてくれる効果がありますので今まで以上に力を発揮できるかと。こんなことでしかお返しできませんが」
「ありがとうございます! 消耗もしていましたしとても助かりますよ」
フィルたちは買い取った広告用の防具を返すと、新品に生まれ変わった防具を受け取った。今まで使用していたものより全体的に色味が濃くなったように感じる。
その日は一日村でゆっくり過ごし、翌日、出発の準備を整えるとトラムの店に挨拶に向かった。今日は休みのようで、庭先で娘のニーナと妻のターラが遊んでおり、トラムはフィルたちを見つけると駆け寄ってきた。
「みなさん。もう準備は終わられましたか?」
「はい。必要なものはすべて揃えましたので、そろそろ行こうと思います」
「そうですか。みなさん、改めてお礼を言わせてください。今回は本当にありがとうございました」
「本当に気にしないでください。私たちもいい経験になりましたから」
「そう言っていただけると助かります。みなさん。どうかお気を付けて」
トラムは全員を見回し、フィルの方を向き直す。
「フィル殿。あなたはとても優しい方だ。ですが優しさは時に辛くなる時もあります。ただ、その優しさに救われた人間がいるということだけは忘れないで下さい。」
「はい。肝に銘じておきます」
助言をもらったフィルは気持ちを引き締め店を出る。息子のネイマールの姿が見えなかったがどこかに出かけているのだろうと、その時は特に気に留めていなかった。
村を出てしばらく進んだ頃、背後から突然フィルたちを呼び止める声が聞こえてくる。
「お~い! まっ、待ってくださ~い!」
息を切らしてこちらに走ってくるのはトラムの息子、ネイマールだった。ネイマールはトラムの店に飾られていた防具を身に着け、大きな荷物を背負っている。
「ぜぇ……ぜぇ……みなさん……待ってください」
「ネイマール? どうしたんだ」
ネイマールは息を整えると、真っ直ぐこちらを見ながら言う。
「えっと、ボクも旅に連れて行ってください!」
「えっ?」
「ボク、すごい商人になりたいんです! その為にはもっと広い世界を見る必要があるんだって、みなさんを見て思ったんです! だからお願いします!」
「いや、でも説明したろ? この旅はとても危険なんだ。いつ敵に襲われてもおかしくはないんだよ」
「分かってます! それでも付いて行きたいんです!」
「だけど……」
フィルは必死に説得するがネイマールは頑として譲らない。どうやらかなり意志は固いようだが、実際にこの旅はいつ命を狙われてもおかしくないのだ。今のメンバーは全員何かしら自衛の術があるが、ネイマールは商人で、いくら適合者であるトラムの血を引いているとはいえ、現時点では戦う力はないはずだった。
「トラムさんたちは何て言ってるの? 許可を得ずに来たんだったら流石に連れて行くわけにはいかないよ?」
「父さんも最初は渋っていましたが最終的に許してくれました! 母さんも、ミーナも応援してくれています!」
「そうなんだ」
危険な旅だとは伝えていたはずだったが、息子のことを想ってのことなのか。フィルが返答しかねていると、カイトが後ろから助言する。
「いいんじゃねぇの? 連れて行っても」
「でも」
「戦うだけがすべてじゃねぇだろ? ネイマールは商人として戦力になってもらえばいいじゃねぇか」
「商人としての知識は父さんから叩き込まれています! それに自衛の手段も少しは持ってます」
そう言ってネイマールが鞄から取り出したものは、対獣用に開発された煙玉や毒煙玉、焼炎弾だ。どれも晶素がなくても扱えるもので、衝撃を与えることで効果を発揮する。
「いいんじゃない? 人数は多い方が楽しいわよ」
「僕も賛成だね。知識を持っていることは十分武器になるよ」
「おいらもいいんすよ~。ともだちはいっぱい欲しいんす!」
どうやら全員ネイマールが同行することには賛成のようだ。
「フィルさん、どうかお願いします!」
「…………わかった。だけど、一つ約束してくれ。危険が迫ったら必ず逃げること、いいね?」
「分かりました! 与えられた役割を全うします! よろしくお願いします!」
ネイマールは嬉しそうに顔を綻ばせている。
こうしてネイマールが加わり六人となった一行は、次の町を目指して整備された街道を賑やかに進んで行った。




