37.アイデア
前の村を出発して五日が経った頃。ようやく次の村が見えてきた。
正直フィルは早く宿で休みたかった。野営の疲れもあるのだが、ガロがフィルたちごと晶獣を眠らせてしまったり、森喰花が暴走してカイトを飲み込もうとしたり、トラブル続きでくたくただったのだ。
足取り重く村へ入った一行は、そこでさらに気分を落ち込ませる光景を目撃する。
「おいおい、たしか今日が期限だったよなぁ! 返せねぇってどういうことなんだよ? あぁ?」
「すみません! せめてあと二週間待ってもらえれば必ずお返しします! どうかお願いします!」
「おい、てめぇ舐めてんのか? こっちは散々待ってんだよ! 大人なら約束は守れや、おらぁッ!」
髪を短く刈り込み、無精ひげを生やした大柄な男が中年の男性を恫喝している。男は男性を蹴り飛ばすと、側で震えていた男性の家族を指さしながら、唇から血を流し地面に倒れている男性に向かって言う。
「おい、仕方ねぇから二週間だけ待ってやる。もし二週間経っても金が用意できねぇなら、この店とそこの娘はもらっていくからよ」
指差されたのは男性の娘だろうか。震えている娘を、妻らしき女性と息子らしき男の子が心配そうに抱きしめている。
「そんな! 家族には手を出さないでください! どうかお願いします!」
「うるせぇ! てめぇが金を用意できてりゃこんなことにはならねぇんだよ! 借りた金も返せねぇようなクズが俺様に意見するんじゃねぇ!」
男はそう言って再び男性を足蹴にする。フィルたちが止めに入ろうと動き出した時、男が男性の髪を掴み、自分の顔の近くに男性の顔を近づけながら言い放った。
「いいか、てめぇはさっき二週間だけ待てと言った。だから二週間だけ待ってやる。もし、金が用意できなかったら容赦しねぇからな」
捨て台詞を吐いた男はフィルたちが来た方面とは逆の方面に去って行ってしまう。後には、ぼろぼろになった男性と、男性に駆け寄り心配そうにしている家族だけが残されていた。
フィルたちは偶然出くわしてしまった場面に戸惑いを隠せない。正直、身体はへとへとですぐにでも休みたいのだが、断片的に聞いただけでも目の前の家族が困窮しているのが分かってしまった。それは家族の身なりを見ても感じ取れることだった。
偶然にも事情を知ってしまったフィルは正直このまま話しかけていいか迷う。
今まで関わってきた人たちの困りごとは、晶獣の退治など自分たちの能力の範囲内で解決できたことばかりだった。
だが、今回はそうではないだろう。経済的に困っているという問題を、フィルたちが介入することで解決できるとは思えなかったのだ。
一人悩んでいると、意外にもそんなフィルの背中を押したのは、いつもは厄介ごとに首を突っ込むなと戒めるカイトだった。
「なぁ、フィル。迷ってんだったら話だけでも聞いてみたらいいんじゃねぇのか」
「……どうしたんだよ?」
「まぁ、あんなとこ見ちまったら多少情が移るだろ」
「そうだね。みんな、疲れてるところごめん、ちょっと話を聞いてみてもいいかな?」
「もちろんいいわよ。明らかに困ってるみたいだし」
「僕も大丈夫だよ」
「お金は大事なんす。おいらも騙されて一文無しなんす。かわいそうなんす」
全員の同意が取れたところで、フィルは家の前で項垂れている家族に声を掛ける。
「あの、すみません。大丈夫ですか? 先程殴られていたようですが」
「……旅のお方ですか? すみません、お見苦しいところをお見せしてしまったようで」
「いえ。それより、何かあったんですか? 赤の他人に話すことではないと思いますが、私たちでよければお力になりますよ」
「ありがとうございます。ですが、これは我々家族の問題ですので。我々で何とかしますから大丈夫です」
男性は笑うが、その笑顔に力はない。先程からその様子を黙って見ていた息子が、怒りと悲しみをはらんだ声で男性に言う。
「なぁ、父さん。もう、ボクたちだけじゃ限界だよ。この人たちはさっきの光景を見て、それでも声を掛けてくれたんだ。きっと、力になってくれるよ」
「この方たちを巻き込む理由がどこにある? 家族の問題は家族だけで解決するんだ!」
「じゃあ、ニーナがアイツに連れていかれてもいいのかよッ!」
「……っ」
男性は唇を噛みしめながら、悔しそうに顔をうつむける。葛藤している男性に向けて、フィルは優しく話しかけた。
「誰かに相談するだけでもかなり楽になることだってあります。私たちも気になって声を掛けさせてもらっただけですから、対価をいただくつもりもないです。話してみませんか?」
「……おとうさん」
娘のその一言が止めになったのだろう。
「……分かりました。とりあえずここではなんですから狭い家ですがどうぞ」
男性はフィルたちを家に招き入れると、ぽつぽつと語り出す。
「事の発端は私の商売が上手くいかなくなったことなんです――――」
男性はこの村で防具店を経営しており、デロスで仕入れた素材を自ら加工しこの村で販売しているらしい。
ハーファンの晶獣は、数自体は少ないが独自の進化を遂げたものが多く、その素材は総じて価値が高い。
そのため多くの狩人や冒険者がハーファンに訪れることになり、創業以来順調に商売を続けていたらしいのだが、数ヶ月前にこの村にある行商の一行が来たことで状況が一変した。
その行商は男性の店を訪れると、「粗悪品だ」などと取り扱っている商品を酷評したらしい。当然男性は反論したが、この商人はデロスで有名な『ミールボット武具店』という店を経営しているらしく、かなり発言力がある人物で客の大半はこの噂を信じてしまったらしいのだ。
防具は自分の命を守るものだ。その分高価でもあるため狩人や冒険者たちは防具店の評価を非常に気にする。
客の大半が別の店に流れたことで急激に業績が悪化し、運転資金を得るために先程の金貸しから当面の資金を借りたらしい。だが色々と試行錯誤したにも関わらず客足は戻らず、また、利息も膨れ上がってしまい、どうにも立ちいかなくなってしまったようで、来週必ず返すと言ったものの正直目途は立っていないらしい。
「という状況でして、正直もうどうしたらよいのか……」
男性は表情をさらに暗くさせる。
「……なるほど」
色々と身を削って努力してきた様子が見て取れるが、状況は予想よりもかなり悪いようだ。家族も父親の姿を見ながら一様に暗い表情をしており、それだけ追いつめられていることが伝わってくる。
「このお店の状況は分かりました。えっと、」
「トラムです。トラム・ヒルドブランドと言います。こっちは妻のターラ、それと息子のネイマールと娘のニーナです」
「私はフィリックス・フランツと言います。気軽にフィルと呼んでください。そこにいるのがカイト・ガーラン、その左にいるのがリア・ハーディ、私の右にいるのがノクト・コスペルリング、それでこの子がガガ・ロガと言います」
「ガガ・ロガなんす!」
ガロはこんな状況でも元気いっぱいで、場の雰囲気を少しなりとも明るくしてくれた。
「それで、トラムさん。私の思い付きで良ければ聞いてもらえますか?」
「もちろんです。私は家族のためならどんなことでもします! どうか教えてください!」
「賭けになると思いますが――――」
フィルはそう前置きして切り出す。
フィルの話を聞き終えたトラムは難しい顔をしていた。
「なるほど。上手くいけば確かに、ですが二週間では返済金額には届かないと思います。仕入の資金もありませんし……」
「そこは私たちがなんとかします」
目の前に座っているトラムは驚きと不安を織り交ぜたような表情を浮かべた。
「なぜ見ず知らずの私たちにそこまでしていただけるのですか?」
「『困っている人がいたら助ける』というのが私たちの信条ですから」
「それでもみなさんに利益などないでしょうに。本当に何と御礼を言ったらよいのか……」
声を詰まらせながらトラムは何度も何度も頭を下げる。
正直成功するかどうかはやってみないと分からず危険も伴う。知識も技術も何もない中で思い付きで出したアイデアなので、失敗する可能性だって大いにある。だが、それでも今フィルたちがトラムたちを助けるにはこれ以外思い付かなかった。
そこからしばらく今後の事について打ち合わせをし、その日は解散することになった。
翌日からトラムたち一家とフィル一行は限られた時間の中で準備に奔走し、二週間後の返済に向けて動き始めた。




