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33.ガガ・ロガ

 その音に真っ先に気付いたのはノクトだった。


「ねぇ、今何か」


――――ドンッ


「あぁ、俺にも聞こえた。あのへんの積荷からか?」


 フィルたちが音の出所付近まで近づくと、それは船着き場に等間隔に並べられた樽から聞こえているようだった。他の積荷から少し離れた場所に置いてあり、回りこまなければ見えない位置にあえて置かれている。恐らくレイシェルフト行の港に運ばれる予定の荷物だと思うが、かなり不自然な置き方だ。


 フィルたちは音が聞こえた樽に近づいていくと、微かだが樽の中からすすり泣くような声が聞こえてくる。


――――んす。ぐすっ…………ぐすっ

 

「ッ! みんな! この中に誰か入ってる!」


 誰かの積荷だと思うが今は関係ない。こんな形で人を樽に詰めているような奴に配慮する必要などなかった。


 フィルたちは樽を横に倒し蓋をこじ開ける。かなり厳重に梱包されていたようで中々開けることができなかったが、ようやく蓋をこじ開けると、すすり泣く声がはっきりと聞こえてくる。


 樽の中から出てきたのは、深い緑色の髪をした小柄な子どもだった。大きめのローブを纏い、髪と同じ翡翠色の目をしている。


 子どもは辺りをきょろきょろと見回すと、側に立っていたフィルたちに気付いたのだろう、びくっと体を震わせ目に涙を溜め始める。


「ひっ。おっ、おいらをどうするつもりなんすか。……ぐすっ」


「大丈夫だ。俺たちは君の敵じゃない。君が入れられていた樽から声が聞こえてきたから来ただけだよ」


「ほんとなんすか? ほんとにおいらをさらった奴らじゃないんすか?」


「ほんとだ。信じてくれ」


 フィルがなるべく優しく声を掛けると、目の前の子どもは涙を流しながら喋り出す。


「おいら…………おいら……ここに降ろされて……ぐすっ…………それで人の声がしたから…………気付いてほしくて…………ぐすっ…………うわぁぁぁぁぁ」


 フィルたちを敵ではないと信じたのだろう。その子どもは飛び込んでくると、フィルの腕の中で泣きじゃくる。


 ひとしきり泣いた後、落ち着いたのかぽつぽつと身の上を話し始めた。


「おいらはガガ・ロガなんす。”ドラ”からきたんす」


「「「「ドラ!?」」」」


 フィルたちが驚くのも無理はなかった。


 ドラとは大陸の東端にある場所で、通称『ドラの幹』と呼ばれている。


 その地に今まで人類が訪れたことは一度もない。


 なぜなら、陸続きのフィデリオからドラへ入る道は、すべて不可視の結界が張られており侵入ができないからだ。


 残るは腐海側からのルートだが、ドラの周辺の海流はまるで上陸を寄せ付けないかのように、陸から海に向かって激しい流れが発生している。


 一度ハーファンの船乗りたちがぎりぎりまで近づいたことがあったらしいのだが、その時に見たという。


――――空を優雅に飛ぶ龍の姿を


 それ以降、ドラは龍が住む国としてその名を知られるようになった。ゾネの村に来ていた行商も知っていたくらい有名な話だ。


 また、『ドラの幹』と呼ばれるのは、その船乗りたちがドラの地に大きくそびえたつ巨木を見たためその名で呼ばれている。不思議なことに、フィデリオ側からはその巨木は見えないのだそうだ。


 だからこそ、目の前の子どもがドラから来たというのがフィルたちには信じられない。そもそも、そこに人が住んでいたということ自体驚きであるが、驚かされる事実はこれだけではなかった。


「おいらドラの森龍族なんす。龍族は龍化ができると大人として認められるんすけど、一族の中でおいらだけいつまでたっても龍化ができなくて……みんなからも父さまからも認められなくて…………それで……なにもかも嫌になって逃げてきたんす」


 ガロがかぶっていたフードが風ではらりと落ちる。綺麗な緑色の髪の隙間から、小さな角が二本生えているのが分かった。

 

 俄かには信じられなかった。


――――目の前のこの子が龍族?


 まず、本当に龍族が実在していたという事実にフィルたちは驚く。まじまじと見るが、いくら龍族と言われても信じることができなかった。


「おいらドラを出てから自分を変えたくて、色んなとこに行ったんす。珍しいものも好きで、色んな遺跡とかに行ったりしてたんす。それで、フィデリオに着いたときに商人の人から『珍しい宝石がある』って言われたんす。おいらそれが欲しくて、持っていたお宝と交換する話をしてたんす。それで、言われた場所に行ったら、いっぱい人がいて、急に口を塞がれて、気付いたら……ここにいたんす」


 そう言うとガガはまた泣き出してしまった。


 話を聞く限り、どうやら悪い商人に騙されてここまで連れて来られたようだ。


「悪い奴に騙されたみたいだね。もう大丈夫だ。すぐにここから離れて――――」


「おい貴様ら! 人の商品に何してる!」 


 フィルがガガに声を掛けその場から離れようとしたその時、ぞろぞろとこちらに歩いてくる人影から、怒りを孕んだ声が飛んできた。


「それはワタシの商品だぞ! 勝手に触るんじゃない!」


 高級そうな服を身にまとい、でっぷりと肥えた腹は突き出ており、膨れ上がった顔には脂が浮いている。後ろで控えているのは護衛だろうか、複数のガラの悪そうな男たちが武器に手を当てこちらを見ている。こちらも商人同様濁った目をしており、護衛と言われなければ盗賊と見間違うような風貌だ。


「商品だと!? てめぇ、こんな子どもさらっておいてよくそんな事を堂々と言えるな!」


 ガガのことを商品と呼ぶ商人に対しカイトが憤る。


「ふんっ。ワタシはたまたまフィデリオでソイツを買ったのだ。買ったものをどうしようがワタシの勝手だ。ソイツはすでに次の売り先も決まっている。汚い手で触るんじゃない!」


「おめぇの手の方がよっぽど汚ねぇだろうが」


「黙れっ! そいつはすでにワタシの商品なのだ! おい、お前ら。あのガキどもをやってしまえ。くれぐれも商品は傷つけるなよ」


 商人がそう言うと、男たちが腰に身に着けた武器を抜きこちらへ向かってくる。



 ハーファンに着いたばかりのフィルたちに向けられた剣呑な空気に、フィルは小さなため息をつきながら男たちと対峙した。

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