32.貿易国ハーファン
貿易国ハーファンに向かっていた一行は、聖都を出発して十五日で、ようやく港がある街へ到着した。
普通、徒歩で十日程度あれば着く距離なのだが、遅くなったのには理由があった。実はフィルたちは今までに以上に晶素を扱う訓練の時間を増やしたのだ。
それは、この旅に出るにあたって戦いに対する意識が変わったからに他ならない。
フィルは自分の意志で世界を周ることを決め、その時点で今までの中途半端な気持ちは捨てようと決意していた。誰かを守り抜くには、”覚悟”が必要だと気付かされたのだ。
他の三人もそうだ。
聖都での目標や夢を投げうってまでフィルに同行してくれている。もちろん常に危険と隣り合わせの旅だ。それでも、一緒に来てくれると言ってくれた仲間たちの想いをフィルは大切にしたかった。
今後ヴァクロムのような存在と戦うためには、今よりももっと強くなる必要がある。今まで自分たちの力を磨いていたのは、野獣や晶獣を狩るため、自分たちの身を守るため、主に生活のためだった。
だが、これからは違う。今回以上に強大で残酷な敵が現れる可能性だってあるのだ。
フィルはここ最近、晶素が秘めている可能性についてずっと考えていた。
ヴァクロムと対峙した時、フィルは明らかに劣勢だった。どの技も通用せず、仲間たちも不在で、絶望のなか少しでも勝てる可能性を探そうとしていた。
今、落ち着いて考えてみると、あの時、晶波が成功したのは、本当に必要だと心の底から強く感じたからではないかとフィルは思っていた。
もし、晶素が使い手の強い想いに反応するのであれば、今後はそれを意識しながら訓練を行うことで今まで以上に強くなれる可能性がある。
だが、すべて自己流のため、やはり保持者としての晶素の可能性を探すのならば、国をあげて研究に取り組んでいるレイシェルフトに行くしかない、そう結論づけた。
特に晶素を循環させながら戦う方法は、まだ長時間継続して使うことは難しいが、単純な身体能力を向上させることができるため、身に着けることができれば有用な技術だと模擬戦を通して感じていた。
また、今までは、一瞬一瞬で身体の一部を強化することしかできていなかったため、循環させながら戦うのはかなり体力を奪われることも同時に分かった。
聞けば、普通は適合者になるとこの技術を先に身に着け、身体を晶素に慣れさせるらしい。フィルのように、この過程を飛び越えて保持者としての能力を発現する者は非常に稀のようだった。
また、バルトに聞くと、リアやカイトのように適合者として晶素を使った戦闘が少ないのにも関わらず、保持者として覚醒することも大変珍しいのだそうだ。
本当はもっとバルトや軍団長に戦いの仕方を教えてほしかったのだが、『聖片』の件もあり、泣く泣く出発したという訳だ。
そんな忙しい日々の中で疲労が溜まっていた一行は、一旦港街の宿で疲れを癒し、翌日、ハーファン行きの船に乗船しついにヴィリームの地を旅立った。
初めて船に乗った一行は、乗った直後は船から見える景色にはしゃいでいたのだが、その元気があったのも最初だけだった。
「ちょっと向こうで休んでるわね……」
フィルを除く三人は完全にダウンしてしまい、一人暇になったフィルは、荷物を整理していた船乗りにハーファンという国のことを尋ねてみる。
貿易国ハーファン。
その名の通り貿易で栄えている国で、『悪魔の咆哮』を挟んで大陸西側と東側を繋ぐ要所であり、様々なモノが集まる。陸の交易路以外で世界で取引されるモノのすべては、一度ハーファンに集まると言われるほど交易で潤っている国だ。
ヴィリームもレイシェルフトとの交易はすべてハーファンを経由している。それは腐海が生み出す海流に原因があるのだそうだ。
腐海は基本的に流れが激しい。常に流動的であり、且つ海の晶獣もいるため、腐海を渡ろうとすることはかなりの危険がつきまとう。
ハーファンとヴィリームは比較的近く、晶獣も少ないため、昔から交易があった。だが、レイシェルフトとハーファンの交易が始まったのはここ最近のことだ。
それはレイシェルフトが開発した、晶素を利用した船が登場したことによるものだった。
従来の船では出せなかった速度を出すことができ、小型の晶獣であれば吹き飛ばすことができる耐久力を併せ持つ。さらに画期的なのが、晶素弾と言われる砲弾を搭載しているのだ。これは晶素を込めることによって爆発を引き起こし、その威力で砲弾を飛ばすという仕組みのもので、これの登場によりある程度の晶獣は脅威ではなくなった。
ハーファンとレイシェルフトの交易が始まったことにより、ヴィリームにも晶素を利用した機器などが流通するようになってきていることはベルハイムが言っていたとおりだろう。
船乗りからハーファンの事を聞いていると、あっという間にハーファンにあるヴィリーム側の玄関口、デロス港街に着いてしまう。
船乗りにお礼を言い、三人を連れてハーファンの大地に降りる。初めてヴィリーム以外の地に降りる瞬間で、どこか浮ついた気持ちで大地を踏みしめた。
船着き場を見渡すと、様々な商人たちが活気をたぎらせて船乗りたちと話をしているのが見える。国籍も様々なようで、その奥に伸びる商店街も、食材から服飾品までが所狭しと並べられ雑多な雰囲気を醸し出している。
匂いもそうだ。潮風とともに、どこからか香ばしい匂いが漂ってくる。そういえばハーファンでは腐海に住む魚を食べる文化もあるらしい。
”この世にあるものはすべて商品”という考えのとおり、腐海の魚といい、この国では様々な国の商品や独自の文化に触れ合うことができる。
「フィル、とりあえずどっかに入って休憩しようぜ……」
カイトが真っ青な顔で言う。他の面々も相当参っているようだった。
「あたしも賛成……まだ地面が揺れてる」
「僕も。うぇぇ、まだ、気持ち悪いよ……なんでフィルは平気なのさ……」
「さぁ? とりあえずどこかに入ろうか。ちょうど夕飯時だし」
そう言って、フィルたちが船着き場から商店街の方向に向かおうとした時だった。
――――ドンッ
一瞬だが、どこかから何かを叩く音がフィルの耳へと届いた。




