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31.直線

 一週間後、フィルたちは再び聖宮に呼ばれベルハイムと対面していた。ベルハイムはにこやかな表情でこちらへ話題を振ってくるが、正直、緊張で食事がまったく喉を通らない。


「なるほど。ではみな晶素を扱えるという訳か! 実に素晴らしい。ぜひ、後で見せて欲しいものだ」


「それはもちろん構いません。しかし、聖宮の中にも晶素を扱える方はいらっしゃるのではないですか?」


「もちろんいる。だが、保持者ホルダーともなるとその数はかなり少ない。ちなみにそこにいる軍団長も保持者ホルダーだよ」


 そう言われ軍団長に視線を移す。鎧の下からでも分かる鍛え上げられた肉体は、この距離でも威圧感を感じ、小型の晶獣オーロなど、剣の一振りで絶命させそうだ。


「私などまだまだです、猊下。先代には遠く及びません」


「先代の軍団長はそんなにすごい方だったんですか?」


「えぇ。途轍もない槍の名手で、一度戦場に出れば、その槍の内側にはどんな敵も入れないないと言われた豪傑です。その姿から【喰狼】と呼ばれておりました。ご本人はその呼ばれ方を嫌がられておられましたが」


 フィルたちは顔を見合わせる。数少ない聖都での知り合いの中で一人だけ心当たりがあったのだ。


「ちなみにその先代の方のお名前は?」


「”バルト・プロシオ”。それが先代軍団長のお名前です」


 やはりそうだったのだ。あれだけの強さを持っているので只者ではないと思っていたが、まさかこの国の前軍団長だったとは。


「バルト老も凄まじかったが、君も十分に活躍してくれている。あまり謙遜をするものではないよ」


「はっ。もったいないお言葉です」


 大方の食事が終わったところで、ベルハイムがこれからの事を聞いてきた。


「君たちはこれからどうするつもりなのかね。もし良ければ、私としてはぜひ我が軍に入ってほしいと思っているが」


 ベルハイムはそう言うと軍団長を見上げる。どうやら事前に話をしていたようで軍団長も頷いている。


 だが、フィルたちの答えはすでに決まっていた。


「大変ありがたいですが、お断りさせていただきます」


 さして残念そうな表情もせず、ベルハイムが理由を尋ねる。


「理由を聞いてもいいかな?」


「私たちはこの国を出て他の国々を周りたいと思っています。誰かが危険な目にあわされようとしているなら、私たちはそれを止めたいと思っています」


「だが、真羅ルーラーとやらの目的も分かっていないのだろう?」


「えぇ。ですが私たちは行きます。この世界を陥れようとしている存在がいると知ってしまった以上、それが何者であろうと私たちは戦います」


 フィルの強い意志を乗せた言葉にベルハイムはそれ以上何も言うことはなかった。だが、その後フィルから言われた一言に、ベルハイムは目を見開く。


「ついては、猊下。私たちに『聖片』を預けていただけませんか?」


「なに?」


 ベルハイムだけでなく、軍団長も驚きの顔を浮かべている。


 『聖片』の取り扱いは教会本部内でも意見が分かれているらしい。危険なものを持ち続けるべきではないという意見と、教会にとって重要なものにあたるので持ち続けるべきだという意見だ。


「教会内で意見が分かれていることは知っています。いつか『聖片』を狙う敵がいなくなれば、その時にお返しに来ようと思います」


「だが、それは否応なく戦いに巻き込まれるという事だ。君たちにそんなことを押し付ける訳にはいかない」


 フィルたちは話していたのだ。この国を守るために何が必要なのかを。自分たちが『聖片』を持ち出すことで、少なくともヴァクロムのような輩がこの国を襲う目的はなくなる。


「もちろんそれは理解しています。危険な目に巻き込まれる可能性があるということも。ですが、私たちは決めたんです。皆を守ると。その為に強くなると」 


「だが……」


 聖公は葛藤している様子だった。『聖片』を預けるという形にすればすべてが穏便な形でまとまる。それがこの国を危機から救ったフィルたちならなおさらだ。だが、そんな危険なものをフィルたちに預け、自分たちは安全な場所にいるというのが許せないのだろう。


 この国を率いている人物はどこまでも誇り高いようだ。フィルたちは一度会ってベルハイムの人柄を知っている。こちらが申し出ても必ず悩むであろうことを見越していた。


 なので事前に打ち合わせをしていた通り、交換条件を出す。


「代わりといってはなんですが、猊下、一つお願いを聞いていただけませんか?」


「お願い?」


「はい。私たちはゾネの村が襲われた際、私たちを守るために村に残った友人たちを探しています。その者たちも聖都に来る予定でしたが、未だに会うことができていません。なので、猊下のお手の範囲で探していただけないでしょうか」


 フィルたち四人はそう言って頭を下げる。


 聖都に来てから、いや、村を出てからもずっとヴァンたちの事を探していたのだ。必ず生きていると信じてここまできた。それは四人の総意だった。


「私たちはどうしても会いたいのです。どうか、どうかよろしくお願いします」


 ベルハイムは少し考える素振りを見せた後、すっと立ち上がるとフィルたちに近寄ってくる。


「君たちの想いは確かに受け取った。全力でご友人たちを探すことを誓おう。『聖片』を任せることは気が引けるが、君たちに困難が訪れるなら聖公の名のもと、必ず力になると約束する」


 ベルハイムが差し出した手をフィルは握り返す。その手はとても暖かく力強かった。


 『聖片』の受け渡しの事やヴァンたちの事など、詰めなければならない話がある程度まとまった後は、聖宮の広場でフィルたちの技能を披露したり、カイトが軍団長と手合わせしてボコボコにされたりと、それなりに楽しい時間を過ごした。



 そこからの日々は、各方面に挨拶に行ったり、聖公軍に稽古をつけてもらったりと、充実な日々を過ごし、気が付けばあっという間に出立の日になっていた。


 世話になったバルトへ別れの挨拶をし、フィルたちは聖宮に繋がる門の前で待機していた衛兵に訪問を伝えると、謁見の間ではなく聖宮の裏手に回り地下室のような場所へと案内され、暗い通路をしばらく歩いていると、円形の開けた場所に到着した。


 フィルたちが入ってきた入り口以外にも円状に複数の扉があり、場の中心には、すでにベルハイムが待機していた。


「やぁ、よく来たね」


「ここはどういう場所なんですか?」


「ここは聖遺物が祀られている場所だよ。神の教えが書かれているとされている書物だったり、神が所持されていたとされる物だったりね。『聖片』もここ保管されている」


 ベルハイムはそう言うと、側にいた臣下に命じ、入り口から一番反対側にある扉を開けさせる。かなり厳重に保管されているようで、通常の鍵の他、晶素による封印もなされているようだ。


「これが――――『聖片』だ」


 そう言われ渡されたのは、掌に収まる程度の、白いガラス片のようなものだった。特徴的なのはそこに書かれている文字のようなもので、少なくともこの国で使われている言語ではない。


「これが……『聖片』。ここに描かれている文字はどういう意味なのでしょうか」


「それが未だに分かっていないのだよ。様々な文献を取り寄せ研究しているのだが、いったい何を意味しているのか分からないのだ」


「そうなんですか」


 改めてまじまじと見るが、何か特殊な力があるようなものには見えない。ベルハイムは再びフィルたちに向き合いながら言う。


「気をつけてくれたまえよ。どのような目的かは分からないが、それを持っている以上、常に危険が付きまとう」


「分かっています。必ず安全な状態でお返しに来ます」


「君たちが無事でいてくれるのであればそれだけで構わないよ。これからどの国を目指すのかな?」


「当面は、ハーファンを経由してレイシェルフトに向かおうと思っています。あの国は晶素の研究が盛んですから、自分たちの力の事をもっと知ることができるんじゃないかと思いまして」


「なるほど。レイシェルフトは近年、晶素を利用した様々な機器を開発していて、この国にも少しずつだが技術が入ってきている。新しい発見があれば、ぜひ帰って来たときに教えてくれたまえ」


「はい!」


 無事、『聖片』を受け取ったフィルたちは、ベルハイムたちに見送られ、ハーファンに向け旅立った。


 ハーファンへは聖都から南へ下り、港がある街まで行く必要がある。


 カイトが聖都の南門を背に、感慨深そうに言う。


「まさか、この国を出る時がくるとはねぇ。聖都に行くのでさえ楽しみだったんだ。他の国がどんなところなのかワクワクするよな!」


「そうだね。危険な事もあるかもしれないけど、みんながいればきっと楽しくなるよ」


 相槌を打ちながらノクトが嬉しそうに言う。


 村を出た時から一番変わったのはノクトかもしれない。どこか気弱な印象だったが、人一倍晶素を扱う鍛錬もしており、自分に自信を持つことができているようだ。


 ゾネの村が襲われ本当に色々なことがあった。


 でも、今まで乗り越えられてきたのは仲間がいたからだ。一人だときっとどこかで力尽きていたに違いないとフィルは思っていた。

 

 これからもきっと色々なことがあるに違いない。


 戦うこともあるだろうし、危険な目にあうこともあるのだろう。


 だが、きっとなんとかなるだろうとフィルは思う。



 遠くの方に青い鳥が飛んでいくのが見える。



 フィルは一度聖都を振り返ると、仲間たちの背中を追いかけるように、まっすぐ伸びた街道を歩いて行った。

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