30.旅立ちの日
宿を拠点に聖都での生活を再開させて三週間。
フィルたちはようやく以前の生活を取り戻しつつあった。
野獣や晶獣を狩りながら生活資金を貯め、それぞれやりたい事を見つけながら忙しい日々を送っており、今日は週に一度の自由時間ということで、思い思いの過ごし方をしている。
カイトは国教院に入学するため、露店で買った写本で勉強しており、ノクトはリアと共に聖都で最大の図書館へ行っているはずだ。
そしてフィルは、今では誰もいなくなってしまったダリアの教会に一人で来ていた。
あの日からずっと同じことを考えている。
――――自分はいったい何がしたいんだろうか
教会の聖堂にある椅子に腰掛け天井を見上げながら、フィルは自問自答していた。
ヴァクロムは間違いなく”悪”だった。だが、奴に言われた言葉には考えさせられる部分もあった。
――――”あなた、何のために戦っているのです?”
目の前で人が殺された。
そして帰る場所すら破壊された。
フィルが感じたのは言葉では言い表せない程の深い悲しみと絶望だった。
ゾネの村で大切な人を失い、二度と誰かを失わぬよう守り抜くと、そう決めたはずだったのに。
だがあっさりと死んでしまった。
誰もがフィルのせいじゃないと言ってくれるだろう。お前はよくやったと。
だが、戦いが終わった後に押し寄せたのは、命が零れ落ちてしまったことへの虚無感だけだった。会いたい人に二度と会えない辛さは自分自身よく分かっていたはずなのに。
――――自分ができることなんて、いったい何があるんだろうか
あの戦いからずっと考え続けていたが未だに答えは出ない。ヴァクロムとの戦いが終わってからずっとこんな調子だった。
このまま聖都で仕事を見つけ生活していく、それもいいのかもしれない。今の生活に不自由もないし、カイトと一緒に国教院に行ってもいい。リアの料理店を手伝いながら、ノクト一緒に狩人をしても楽しそうだ。ノクトは本が好きで学者になるかもしれないから、その時は仕事を手伝うのも楽しそうだと思っている。
だが、真羅という正体不明の敵が世界で蠢ていることを自分は知ってしまった。その自分が、果たしてここでのうのうと生活していいのだろうか。
ヴァクロムが言っていた”世界を自分たちのものにする”という言葉。途中で現れた男たちの言動。そのどれもがどうしようもなく不安を掻き立てた。
だが、自分が今の状態で戦おうとしたところでいったい何になるんだろうか。目的も分からない、誰が敵かも分からない、戦力も分からない、道中も決して安全じゃない。
大切な人たちを守り抜く力もない。
しばらくもやもやと考えていたフィルだったが、結局何も結論は出せなかった。
そろそろ戻ろうかと重い腰を上げようとした時、聖堂に聞き覚えのある声が響き渡る。
「ま~た一人でうじうじ考えてんのか、フィル」
振り返ると、ここに来るはずのない三人が聖堂の入り口に立っていた。
「なんで……ここに」
「ねぇ、フィル。最近ずっと何に悩んでるの? ずっと考え事してるみたいだし、あたしたちで良かったら聞くわよ」
「僕も力になるよ。僕らゾネの村の幼馴染だろ? 悩みは共有しなきゃ」
気付いていたのだ。
フィルが自分が進もうとしている道に悩んでいることを。
「みんなには……適わないな」
「当たり前だろうが。何年一緒にいると思ってんだ。お前が悩んでいることなんざすぐに分かるんだよ。さぁ、全部吐いちまえ」
三人の言葉で、フィルはここ最近ずっと考えていたことを、頭に思い浮かぶまま仲間たちにぶちまけた。
「……自分が何がしたいのかが分からなくなったんだ。あの男に言われたんだよ。『お前は何のために戦ってるのか』って。俺は誰かを助けるために戦ってきたつもりだったんだ。もう大切な人を目の前で失いたくなかった。けど、そこに自分の意志はあったのかって。義務感だけだったのかなって」
フィルは続ける。
「あの男が言ってた組織が何をしようとしているのかは分からない。だけどアイツの言ってたことが本当なら、このまま放っておいたら他の国でも同じ事が起こるかもしれないんだ。それはその国の人たちが解決するべきなのかもしれないけど、でも俺は知ってしまってるんだその事実を」
フィルの想いを静かに聞いていたノクトが応える。
「ねぇ、フィル。答えは決まってるんじゃない?」
「えっ?」
フィルはノクトへ振り向く。ノクトは真っ直ぐこちらを見ながら続けた。
「そこまで分かってるんだったら、フィル、あとは一歩を踏み出すだけじゃないか。世界を周って守るだけだ。すごくシンプルだよ」
「そんな……そんな簡単な話じゃないだろ! 訳も分からない敵なんだぞ!? 情報も何もない! そんな状態でこの国を飛び出してどうなるっていうんだ!」
フィルはだんだん苛立ってくる。自分がこんなにも悩んでいることを、さも簡単な事のように言うノクトへ詰め寄る。だが、ノクトは優しい目でフィルを見ているだけだ。
「あたしたちがいるじゃない」
リアがノクトの後ろから声を掛けてくる。
「フィル、あたしたちがいるわ。分からないなら知ればいい。情報がないなら調べればいいじゃない。一人でやろうとしないでみんなで分け合えばいいのよ」
「そんなこと……みんなそれぞれここでやりたいことがあるだろ! 今だって目標に向けて必死に努力してるじゃないか! いつまでかかるか分からない、危険がつきまとう、結果どうなるかも分からない、そんなことの為に今の生活を捨てられるわけないだろ!」
「ったく、まどろっこしいな。フィル、今のお前の頭に一番に浮かぶやりたいことはなんなんだ。他の事は一切気にすんな。今の一番の想いを言ってみろ」
「……それは」
「フィル、他人に言われたことなんて気にするな。お前が『誰かのために戦いたい』って思うんなら、それは”お前の意志”だ。ほら、言えよ」
――――自分がやりたいと思うこと、それは
皆が自分のことを見ている。自分の言葉を待ってくれている。
フィルの中で抑えていたものが外れた。
「俺は! 俺は誰かを守るためにこの力を使いたい! 驕ってるって、自分だけの力じゃどうしようもないって分かってるんだ! けど……けどそれが俺のやりたいことなんだ! もう大切な人が死ぬのは見たくないんだよ!」
フィルはすべての想いを吐き出す。
大切な人を失い、その中で必死にもがいて生きてきたフィルの心からの叫びだった。
「まったく、世話の焼ける奴だな。じゃあさっさと準備しようぜ」
「は?」
フィルはカイトが何を言っているのか、すぐには理解ができなかった。
「まさか……一緒に来てくれるのか?」
「当たり前だろうが。今更なに言ってんだよ」
「だけど、国教院はどうするんだよ。入るためにずっと頑張ってたじゃないか! 諦めるっていうのか!」
「もちろん諦めねぇさ。それはオレのやりたいことだからな。だけどな、今やりたいことじゃねぇんだよ」
そう言ってフィルの肩を軽くたたくと、カイトが笑いながら立ち上がる。
「僕も僕の意志で一緒に行くよ。”希望の丘”で言ったでしょ? 『みんなといる為に自分にできることを全力でやる』って。これがその答えだよ」
カイトが立ち上がったのに合わせてノクトも立ち上がった。
「あたしももちろん一緒に行くわよ、フィル。あたしがいないとあんたたちまともなご飯も食べれないでしょうしね」
リアは笑ってこちらに手を差し伸べている。
限界だった。仲間たちの想いに溢れ出る涙が止まらない。
フィルは零れ落ちる涙を拭うと、リアの手を取りながら立ち上がる。さっきまで悩んでいたことが嘘のように心が晴れていた。
「みんな…………ありがとう」
遠くから子どもたちの無邪気な声が聞こえてくる。
来た時より随分軽くなった体で、フィルは賑やかな輪の中に戻って行った。




