28.贈り物
駆け付けた衛兵にフィルは簡単に事情を説明すると、自分自身も含め全員が治療院へと運ばれた。
亡くなっている二人を除けば、仲間の中ではフィルの怪我が最も大きかったが、今後は処方された薬を飲み続ければ数日で完治するとのことだった。
三人にはあの後何があったのかすべて話している。三人とも申し訳なさそうにしていたが、今回の件はどうしようもなかったとフィルは思っていた。
特にカイトは、自分がヴァクロムに対して何もできなかったことを非常に悔やんでいた。
「……ちくしょう」
「今悔やんでもどうしようもないさ。俺も何も出来なかったんだから」
「クソッ」
「とりあえず教会に一度戻ろう。みんな心配してるだろうし」
「分かったよ」
どことなく重い空気になってしまったフィルたち一行は、治療院を出て教会までの道を歩いていく。
朝から威勢よく果実を売る商人、水汲みに勤しむ主婦たち、元気よく駆けていく子供、様々な人たちとすれ違っていく中、フィルの耳にふと、ある話が聞こえてくる。
「本当に恐ろしいわよねぇ。あの教会であんなことが起こるなんてねぇ」
――――あの教会?
フィルたちは一度顔を見合わせると、急いですれ違った恰幅の良い二人組の婦人へと声を掛ける。
「すみません。少し話が聞こえてきたんですが、教会で何かあったんですか?」
「あら、あなたたち知らないの? この先にダリア地区の大きな教会があるでしょ? あそこにいる人が全員殺されたらしいのよ。しかも! その犯人が教会で預かっていた孤児だっていうじゃない。あたし本当に恐ろしくなっちゃって――――」
目の前の女性たちはおしゃべり好きなのか、ひたすら喋り続けている。だがフィルの耳にはそれ以降の話が入ってくることはなかった。
――――殺された? 教会の人たちが全員?
「しかもその孤児も最後には笑いながら爆発したらしいわよ。聖都でこんな事件が起きるなんて思わないわよね。本当に怖いわねぇ」
未だ喋り足らなそうな婦人たちを残し、フィルたちは一言も言葉を交わさないまま教会へと足を速める。
絶望と希望が入り交じり、自分でも自分が何を考えているのか分からないまま、フィルはただひたすら足だけを動かしていた。
そして、四人は見慣れた建物の前へと到着する。
そこでは、多くの住民たちが野次馬となり教会の中へ入ろうとしているのを、聖教軍の兵たちが堰き止めていた。
「ここは今は入れません! 皆さん帰って下さい!」
兵たちは数人がかりで教会の門の前に陣取り、住民が中に入れないよう職務を全うしようとしている。
押し問答を繰り広げている喧騒の中、門の隙間からフィルの目にある物が飛び込んでくる。
見覚えのある青いブレスレットを付けた腕を兵士が運んでいるのを。
「あ――――」
見間違うはずはない。あれはロイが気に入って付けていた青いブレスレットだ。イリーナに初めて買ってもらったのだと、嬉しそうに話していたことを覚えている。
「おいっ、フィル!」
フィルはあるはずのない希望を求めて人込みを掻き分ける。
「……通してくれ」
人と人の隙間を縫うように、ただただ大切な人たちと過ごしたあの場所へと辿り着こうとする。
だが、住民たちを掻き分けた先には当然のように聖教軍の兵士が立ち塞がる。彼らはただ職務として、危険があるかもしれない場所へ住民を入れないようにしているだけだ。
「通せよ……」
「ここは今立ち入ることはできん!」
「……通せって」
「分からん奴だな! だから今ここは――――」
「通せって言ってるだろッ!!」
「なっ」
フィルは教会だけを見据えて、押さえつけようとしてくる兵たちを押しのけながら強引に進もうとする。
「よせ、フィル!」
「離せよ! 離せ!」
突然の出来事に正気を失っているフィルを、カイトとノクトが両脇から抱えるようにして必死に止める。
カイトとノクトは暴れ続けるフィルを抑えつけながら、人込みからなんとか引きずり出した。
二人に抑えつけられたフィルは次第に暴れるのを止め、徐々に身体の力を抜いていく。
「イリーナさん、ロイ、みんな…………だって昨日まで、昨日まで普通に」
頭に浮かぶのは優しくも厳しかったイリーナの笑顔と、子供たちの無邪気な笑い声だ。大切なものを失いたくないと願ったあの日から、仲間たちを守るため、教会の人たちを守るため力を磨いてきたつもりだった。
だが、あっけなく失ってしまった。
フィルの耳に残るのは男が去り際に残したあの言葉。
――――愚かなあなたに最後にプレゼントを差し上げましょう
「あぁ…………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁあ!!」
誰もいなくなった教会に届けるかのように、フィルの叫び声が広場に響き渡った。




