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27.夜は明けない

 放たれた晶素は死の風を吹き飛ばすと、迫りくる闇巨人すら押し戻してその巨躯を弾き飛ばした。


 ヴァクロムが驚愕の表情を浮かべこちらを見ているのが見える中、フィルは残りの体力をすべて使い全身全霊の一撃を放つ。


「波となり敵を払え! ≪晶波レイジング≫ッ!」


 フィルの掌から放たれた晶素は先程とは違い規模は小さい。だが、その分晶素を凝縮しており、高速で打ち出された衝撃波は空気の隙間を縫いながらヴァクロムへ直撃した。


「はぁ、はぁ」

 

 決着を着けるつもりで、渾身の力を込めて放った。間違いなく直撃したのを確認したし、実際にヴァクロムは地面に倒れ伏してピクリともしない。


「なんとか……終わったか」


 フィルは戦いの終わりを確信し、強張った肩の力を抜こうとするが違和感を覚えた。


――――意識を刈り取ったなら晶素の循環は止まるはずだ。なのに、なんで誰も帰ってこない?


「まさか」


「≪影公の舌(クウォン・タン)


 闇の中から高速で飛来した巨大な質量に、フィルは構える暇もなく軽々と吹き飛ばされる。


「がはっ」


 満身創痍の身体で上半身だけを起こすと、闇巨人とともにヴァクロムが平然と起き上がってこちらを睥睨しているのが見えた。その身体に傷は一切見当たらない。


――――これでもまだ、届かないのか


 ヴァクロムはぶつぶつ言いながらこちらに近寄ってくる。


「……驚きましたねぇ、そのような力があるようには見えなかったですが。一つ聞きますがなぜ頭を狙わなかったので?」


 ヴァクロムからの予想外の問いかけに、フィルは咄嗟に答えることができない。


「なるほど。あなた()()()()()()()()()()()()()()?」


「ッ」


「くくくっ。実に愚か! この状況で敵に情けをかけるとはどこまであなたは愚かなのですか。あなたには決定的に足りないものがありますよ。何か分かりますか? 覚悟ですよ、覚悟。あなた何のために戦っているのです?」


「それは仲間やこの国の人たちを守るた――」


「他人を理由にしないでいただきたい。そこにあなた自身の意志はあるのですか? そういう人間はね、総じて弱くはない。だが、強くもない」


 ヴァクロムは闇巨人を呼び寄せると、元の闇人たちに解体する。辺りに人の気配が増えるが、以前のものとは様相が異なっていた。


「言ったでしょう。人は生まれながらに悪だと。みな自分の事だけを考えて生きているのですよ」


 確かに人は自分を大事にするあまり他人を傷つけることもある。だが、決してそれだけではないのだ。フィルはヴァクロムを正面に見据え、自分の考えをぶつける。


「お前は人の弱さしか見ていない。人には強さもあるんだ。弱さに溺れ、嫌なことはすべて忘れる。そんなのは人間じゃない。お前はただ罪のない人を操っているだけの狂人だ」


「それは日向にいる者の考え方ですねぇ……虫唾が走る。見ていなさい、あなたが招く現実を」


 ヴァクロムはおもむろに二体の闇人を呼びよせると、突然胸部に向けて晶素を纏った手刀を放った。


 手はあっさりと身体を貫き、血に塗れた晶核がヴァクロムによって抉り取られ、周囲に咽返る程の血の匂いが立ち込める。


「な……にを」


 目の前で人が死んだという事実にフィルは脳がついていかない。


 目の前に倒れこんだ人の顔を見ると、それは今日話を聞きに行った宿屋の主人の顔だった。


 ヴァクロムは取り出した二つの晶核をおもむろに自身の口に放り込むと、纏う晶素を爆発的に膨れ上がらせていく。


「ふぅ。あの爺さんの言うこともたまには聞いてみるもんですねぇ。さて」


「どうして……なんでその人たちを殺した!」


「あなたがワタクシを殺せないから死んだんですよ。あなたの甘さが殺したのです」


「ふざけるなよ。人の命をいったいなんだと思ってるッ!!」


「この二人はちゃんとワタクシの糧になってますから本望でしょう。辛い現実から永遠に開放されたのですから、ね」


 もはや目の前の男にフィルの中の常識は通用しなかった。


「あなたはワタクシの手で直接葬って差し上げます。我々、真羅ルーラーは世界を造り変える。新たな世界にあなたのような光は不要です」


 今のフィルが放てる渾身の力を込めた一撃でも、ヴァクロムには通用しなかった。 だが、勝てないからといって諦める訳にはいかない。フィルは、再度自分を奮い立たせ、迫りくる闇人の集団に対峙する。


「さぁ、闇よ、我が手に! 狂宴招アンタェルラ――」



 そう、ヴァクロムが言葉を終える瞬間だった。



 突如、ヴァクロムの両端に二人の男が現れ、男の一人が跪きながらヴァクロムへと声を掛ける。


「ヴァクロム様。一時帰還せよとのご命令です」


「なに? 聖宮にある『思念片かけら』の回収が未だだが?」


「”特異点”の可能性ありとのこと。三席が動かれるようです」


「ちっ、ワタクシで十分だというのに。仕方ない、引き上げるぞ」


 ヴァクロムから承諾の言葉を聞いた男たちは、懐から捻じ曲がった鍵のようなものを取り出し、空へと掲げる。すると、上空に黒い穴のようなものが出現し、男たちは吸い込まれそのまま姿を消した。


「待て!」


 フィルが制止の言葉を投げると、ヴァクロムはこちらを一度だけ振り返る。


「覚えておきなさい。この世界はいずれ我々真羅(ルーラー)のものになる。最後に愚かなあなたにプレゼントを差し上げましょう。それでは良い夜を」


 その言葉を最後に、ヴァクロムと二人の男の気配は完全にこの場から消え去った。


 闇人達も元の住人の姿に戻っており、側にはカイト、リア、ノクト、バルトも倒れているが、見たところ全員無事のようだ。


――――負けた、のか


 あのまま戦っていたら、フィルは間違いなくあの二人と同じく殺されていただろう。新しく手に入れた力でも、ヴァクロムには傷一つ付けることさえできなかったのだから。


「くそっ!」


 誰に言うでもなくフィルは悔しさを吐露する。


 フィルは頭を切り替えると、目の前で倒れている仲間たちの元へと駆け寄る。ここで倒れている全員を一人で運ぶことは今のフィルには難しく、人手を呼ぶため痛む体を引きずりながら衛兵がいる詰所へと向かって歩いて行った。



 夜は未だ明けていない。

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