22.それぞれの適正
フィルには光陽虫という虫を織り込んだ革服を、カイトには怒蜥蜴という蜥蜴の皮を使った軽鎧を、リアには晶素を流すことで硬くなるグローブと光陽虫を織り込んだローブを、ノクトには晶素の循環効率を上げる効果のある片刃の短剣と露露鳥という鳥の羽を使った上着を、それぞれ紹介してくれた。
防具に使われている動物は晶獣ではないが、防具に使用されることの多いもので、耐久力を大幅に上げてくれるのだそうだ。すべて軽くて丈夫というフィルたちにぴったりの一品だった。
「お嬢さんと青髪の君の戦い方を聞いたらこの二つはあった方がいいと思ってね。他の防具も品質は保証するよ。全部で金貨五枚でどうだい?」
「金貨五枚……ですか。店主さん、紹介いただいたのはとてもありがたいのですが全部買うのは難しそうで……」
フィルはそう言うが、実は内心かなり欲しくなってしまっている。他の三人も同様のようで、カイトなどはずっと鎧を触って感触を確かめていた。
「そうかい。ちなみにどのくらいだったら大丈夫かな?」
フィルは解体用ナイフの購入金額を除いて、自分たちが出せる限界の金額を伝えた。
「今私たちが出せるのは金貨二枚が限界です……」
店主は少し考えた素振りをするとフィルたちを見ながら告げる。
「分かった。じゃあ金貨二枚でいいよ」
「「「えっ!?」」」
店主は好々爺然とした表情を崩さない。こちらを笑顔で見ながら続ける。
「これは老人からのおせっかいなんだよ。実は私も昔、晶獣と戦っていたことがあってね。多少なりとも晶素も扱えたから君たちと自分を勝手に重ねてしまってね。だから金額のことは気にしなくていいよ」
「それでも半額以下なんて流石に受け取れませんよ!」
「じゃあこういうのはどうだい? うちは見てのとおり工房も兼ねていてね。良い素材が入ったらここに持ってきてもらうというのはどうだろう」
「それは構いませんが……そんなことで本当にいいんですか?」
「こっちもありがたいからね。特に晶獣を狩れる人はなかなかいないから。お互い利益があるってことだよ。君たちに使ってもらえれば私も嬉しい」
「そういうことであれば……本当にありがとうございます」
フィルたちは店主に頭を下げ感謝の気持ちを伝える。支払いを済ませ、店の試着室で着替えさせてもらうと、防具はかなり着心地が良く、しかも説明通り軽いのが分かった。体にほとんど負担がかかっておらず、他の三人も満足している様子だ。
店主はバルト・プロシオといい、職人を二人程抱えており、自身も鍛冶師として武器や防具を製作するのだそうだ。
しばらくバルトと談笑していると、突然店の扉が荒々しく開けられ、三人組の男たちが入ってくる。男たちはバルトを見つけると、高圧的な態度で話し始めた。
「おい、貴様が店主か。こちらのリース様に合う一番良い弓を出せ」
リースというのは恐らく後ろで腕を組んでいる奴のことだろう。長髪の金髪を手で撫でながらにやにやとバルトを見ている。着ている物といい、ある程度の名家の出の者なのだろうと分かるが、体は弛みきっており、とても狩りができるようには見えない。
「どんな動物を狩られるのかな?」
バルトはまったく物怖じした様子もなく、男たちに応える。
「そんなことは関係ない。この店で一番良い弓を出せと言っているのだ!」
「狩る動物によって合う弓は変わってくる。それを教えてもらわんことには弓は出せんな」
「出せんだと!? 貴様ふざけるのも大概にしろ!」
側付きの男たちがバルトに凄む。だが、それでもバルトの表情は変わらない。ピリピリとした空気の中、リースと呼ばれた男が口を開く。
「おい、お前たち。こんな小汚い店で買う必要などない。ボクに合う弓がないから出せないだけだろう。所詮、庶民どもが集まる低級の店だ」
聞き捨てならない発言だった。バルトの店に置いてある品々はどれも一級品であり、熟練の冒険者も買い求める程の品質なのだ。
不穏な空気の中、今度はリースがリアの方を向き、先程購入したばかりの光陽虫を織り込んだローブを指さして言う。
「おい、店主。弓はいいからそこの女が来ているローブをよこせ」
「すみませんが、そちらのお嬢さんが買われたのが最後の一着でね。うちにはもう在庫はないよ」
「ふんっ! つくづく使えない店だ。おい、そこの女、ボクにそのローブを渡せ。金なら払ってやる」
自分の発言にすべて従ってしかるべきという顔だ。だが、リアがそんなことで納得するはずもない。
「嫌よ。これはあたしがバルトさんに勧められて買ったものなの。誰にも渡さないわ」
「ボクはリース・サルボニアだぞ!! サルボニア家の跡取りであるこのボクが欲しいと言っているんだ!」
「知らないわよ、誰よあんた。他のローブを探せばいいじゃない」
「そのローブがいいのだ! おい、お前たち、この女ごと屋敷に連れていけ! 後の事はパパがなんとかする!」
リースがそう言うと男たちがリアの方に迫ってくる。さすがに見過ごせないと思ったフィルたちが割って入ろうとした次の瞬間、店の奥から放たれた途轍もない殺気が店中を覆いつくした。
「…………おい、その辺にしときな」
先程までと同一人物だと思えないバルトがそこにはいた。穏やかな雰囲気は吹き飛び、戦場に立っているかのような様相でリースたちを見ている。その姿にリースは腰を抜かし、側付きの男たちは後ずさっており、バルトはリースに近づきながら言い放った。
「いいか、糞餓鬼。自分の足で歩けもしねぇ奴が他人に指示するんじゃねぇ。言葉で人を動かそうとするな。男なら行動で人を動かせ」
リースは目に涙を浮かべながら恐怖で頷くことしかできないでいる。今まで誰かに本気で叱責されたことなどなかったのだろう。フィルたちでさえ、先程放たれた殺気に慄いているのだから無理はない。
「戦う意志のない奴に売るものはこの店にはない。帰れッ!!」
バルトの怒声にリースは男たちを引き連れ逃げるように店を出て行く。閉められた扉からバルトへ視線を移すと、いつの間にか元の穏やかな表情に戻っていた。リースを追い払った際に、袖から覗く結晶化した左腕を偶然見ていたことにも、フィルは動揺を隠せないでいた。
「あの、ありがとうございました。バルトさんっていったい何者なんですか?」
「私はただの武具屋の店主だよ。それ以上でも以下でもない」
バルトは笑いながらそう答える。腑に落ちない答えではあったが雰囲気的にそれ以上追及することもできず、フィルたちは身なりを整えるとバルトに礼を言って店を後にした。
外に出るといつの間にか日暮れ時になっている。
赤く染まりかけている通りを歩き、未だ着慣れない真新しい装備に浮かされながら、一行は教会への帰り道を急いだ。




