16.道標
フィルたちが宿屋に着くと、受付に突っ伏していた女性が気だるそうに顔を上げる。
「どちらさまで?」
瞼を半分だけ開けた女性はフィルたちを客とは認識していないようで、至極面倒そうな出迎えにカイトが皆を代表して答える。
「客だよ、客。今日泊まりたいんだけど空いているか?」
カイトの問いかけにしばらくぽけ~と聞いていたが、客ということを脳が認識したのか、急に目を見開き、身を乗り出してまくし立ててくる。
「しっ失礼いたしましたっ! まさかこんなに早く……何泊でも可能でございますよ! 一ヶ月ですか!? 一年ですか!? 」
「なんでそんな長期滞在しか選択肢がねぇんだよ。一泊だよ、一泊」
「せっ、せめて一週間だけでも泊まっていってください! お昼のパン一個おまけしますから!」
「オレら聖都に早く行かなくちゃいけないんでな。ごめんけど今回は一泊で」
「そっ、そんな……せっかく希望が見えたと思ったのに。あぁ……どうしたら……くすん」
チラチラこちらを見ながら涙ながらに語る女性は、なにか複雑な事情を抱えていそうな雰囲気を醸し出していた。
「あの、もし何かお困」
「いや、できればゆっくりしたいけど申し訳ない! 明日にはもう行かなきゃいけねぇからな!」
カイトがフィルの声を遮るように声を張り上げる。カイトはフィルを小突いて呼び寄せると、声を潜めながら言う。
「フィル、明らかに何か困ってるっぽいがここは我慢だ。ただでさえ時間がかかってんだから、ここで道草なんか食ってる場合じゃねぇ。しかもあの態度は絶対に面倒ごとの匂いしかしねぇ」
確かに当初の予定よりかなり時間がかかっているのは間違いない。だが、目の前で困っている女性を放っておくわけにもいかず、フィルは悩んでいた。そんな様子を見かねたカイトが、再度説得しようとフィルに話しかけようとしたとき、受付から先程よりも大きな声が聞こえてくる。
「最近この村に現れる凶悪な晶獣さえいなければ! そのせいで行商も寄り付かず、宿の利用も激減し、このままではこの村は! あぁどうしましょう!!」
「こいつ……無理やりねじ込んできやがった……!」
カイトは忌々しそうに受付嬢を睨む一方で、受付嬢はそんなカイトを挑発的な表情で見ている。確信犯的ではあったが、ここまで事情を聞いてしまえば、もうフィルには放っておくことなどできなかった。
「お嬢さん。なにか俺たちにできることがあれば力になりますよ」
「ほんとうですかっ! ありがとうございます! 詳しい事情は村長がお話しますので少しお待ちください!」
受付嬢は踵を返すと、後ろの事務室ような部屋へ煙のように消えていってしまった。
「はぁぁぁぁぁ。また厄介ごとに首を突っ込みやがって。なんでお前はいつもいつも……しかも聞いてたか? あの野郎『なんでこんなに早く』って言ってたぞ。たぶんファンマルの村の件を聞いてオレたちを待っていやがったんじゃねぇのか? 村長が奥で待機してるのは不自然だろ」
そこまで言い切るとカイトは諦めたようにうなだれ、それ以上何も言葉を発しなくなってしまった。リアとノクトは二人のやり取りに興味なさそうに、それぞれ思い思いに過ごしている。
しばらくすると、奥から初老の男性と先程の受付嬢が戻ってくる。フィルは並んで歩く二人の姿を見て、どことなく雰囲気が似ているような気がしていた。
「旅のお方。ニーナから聞いたが、この村の危機を救うために立ち上がっていただけるとのこと。なんと勇敢な方々であろうか。この村を代表してお礼申し上げる。わしはこの村で村長をしておるロクシンという」
ニーナとはどうやら先程の受付嬢のことらしい。ニーナはロクシンの後ろでにこにこしている。
「先程も言いましたが俺たちにできる範囲で協力させていただきます。詳しい話を聞かせてもらえますか」
そう言うと、村長は暗い表情で村で起こったことを話し始めた。
「一ヶ月程前、突然この村に晶獣が現れたのです。ただの晶獣であれば、なんとか村の者たちでなんとかできたのですが、その晶獣が一匹ではなく、倒しても倒しても次から次に湧いてきてしまい……」
フィルはロクシンの話に嫌な印象を受ける。晶獣の群れと聞くと嫌でも村での事を思い出してしまうからだ。
「奴らは狡猾で、東の森から定期的に間隔を空けて襲ってくるのです。そのため村人は疲弊し、行商も寄り付かなくなってしまったため外から食料等も入らず、もうダメかと思っていたところにファンマルの町の噂を聞いた訳でして」
「ファンマルの町の噂?」
「えぇ。ファンマルの村には人を丸飲みする大蛇を倒し、村の窮地を救った英雄たちがいると。報酬も受け取らない聖者のような旅人たちに村が救われたと。聖都に向かうとしたら我々の村を必ず通られると思い、待ち伏せのような真似までしてお待ちしていた訳です。大変申し訳ありません」
そう言うとロクシンとニーナは深々と頭を下げる。半ば強引に依頼する形になったことに後ろめたさを感じているようだ。
「その噂はかなり誇張されているようですが……」
「我々はもうみなさんに頼るしかないのです! どうか、どうかお願いいたします」
「ご事情は分かりましたので、とりあえず頭を上げてください。俺たちで明日、晶獣の住処を調べてみますから」
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
村長は泣きながらフィルたちに礼を述べる。聞けば、聖都に救援を出し、一週間前に聖公軍が派遣されたらしいのだが全滅したらしい。再度組織された軍が来るまでに二週間はかかると言われ、そこまではとてもではないがもたないと思い、最後の希望としてフィルたちを頼ることにしたそうだ。それだけ追いつめられているのだろう。
「……という訳なんだけど、みんな今更だけど大丈夫?」
「今更だなぁ。ここまで来たら仕方ねぇだろ。オレはもうお前の首突っ込み体質は諦めた」
「あたしもいいわよ。フィルがこうなったら止まらないのは知ってるし」
「僕も同じく。一度言い出したらフィルは突き進んじゃうから」
ひどい言われようにフィルは少し落ち込むが、三人とも手伝ってくれるようで安堵した。
フィルたちはニーナの案内でそれぞれの部屋を借り受け、今日のところは体を休めることとなった。宿代はいらないとのことで、金欠のフィルたちはありがたく好意に甘えることにした。巨大喰蛇の素材をこの村で売ろうと思っていたが、素材屋も休業中で行商も寄り付かず、正直なところ懐が寂しい状態だったのだ。




