13.放物線を描く水
リアが生み出した小兎はまっすぐ喰蛇へと向かっていく。蛇は餌が自分から飛び込んできたとでも思っているのか、大口を空け小兎を飲み込もうと待ち構えている。
小兎が飲み込まれてしまうと思った次の瞬間、なんと小兎は喰蛇の口を突き破り、そのまま体を引き裂いてしまったのだ。
小兎はそのままリアの元へと戻ってくると、そのままリアの頭にちょこんと乗って気持ちよさそうにしている。
フィルたちが呆気に取られていると、引き裂かれた腹からノクトが出てきたため急いで駆け寄る。上下している胸をに安堵しつつ喰蛇を見ると、喉からちょうど中央あたりまで大きく引き裂かれており、改めてリアの頭に乗っている小兎の力の大きさを痛感した。
「すげぇじゃねぇか、リア。頭の上のソイツは保持者としての力か?」
カイトが小兎を指さしながら聞く。
「そうみたい。適合者の時と違って晶素をはっきり形にできるみたいなの。フィルの言う通り頭に直接知識が流れこんできたわ。まるで誰かに直接話かけられてるみたい」
リアの言葉にフィルは頷く。リアの言う通り、直接脳に話しかけられている感覚という表現が近い。
「しっかしすげぇ力だなその兎。しかもなんでまだ消えてないんだ?」
「そうなのよねぇ……あたしにも分かんないのよ。この子どういう存在なのかしら?」
リアが小兎をつんつんしている。小兎は気持ちよさそうに目を細めており、その様子をうずうずした様子で見ていたカイトが同じようにそっと手を伸ばす。
「痛たっ! おいコイツ噛みやがったぞ!」
小兎は歯を出して威嚇している。そうこうしていると小兎の体が次第に透明になっていき、晶素の光を残しながら虚空へ消えていった。
「消えちゃった。たぶんあたしに戦う意志がなくなったから消えちゃったんだわ。この力って自分の気持ちにすごく左右される気がする」
リアの言葉にフィルも相槌を打つ。フィルが保持者として覚醒した時も、仲間を守りたいと強く思った時だった。
リアの目覚めた力について話しながら、フィルたち三人が喰蛇の解体に四苦八苦していると、その横でノクトが目を覚ます。
目覚めたノクトはフィルから事情を聞くと顔を曇らせ、自らを省みるように胸の内を吐き出した。
「僕はまたみんなに……ごめん」
「気にすんなって。オレだってあいつが近寄ってきたのに気づかなかったんだぜ? 喰われてたのはオレだった可能性だって十分あったんだ」
「だけど喰われたのは僕だ。僕は……」
――――足手まといじゃないのか
口には出さないがその表情が物語っている。
重くなった空気を吹き飛ばすようにカイトが言った。
「くよくよすんな! この間も言ったけど殴るだけが戦いじゃねぇんだ。それより早くこの気味悪い森抜けちまおうぜ。森自体が蛇の腹の中みてぇだ。」
カイトの先導で再び歩き出したフィルたちは、小型の喰蛇の襲撃を何度か受けたがすべてリアが一掃した。ただ、一度小兎を呼び出すだけでもかなり体力を消耗するらしい。
戦闘を繰り返しながらしばらく歩いていると、村で聞いた特徴に良く似た岩場が見えてくる。側には小さな祠も見えており、岩場の側には広大な湖が鎮座していた。
この湖の底から高熱のガスが噴き出しておりこの湖全体を温めているらしい。見る限り特に異常はなさそうだが、ノクトが小さな異変に気付いた。
「ねぇ、みんな。ちょっとこっちに来て。ここだけ地面がすこし抉れているんだ。まるで何かが通ったみたいに。それと、ここの周りの木、やけに傷が多くないかい?」
確かにノクトの指摘の通り、他のところに比べて地面がへこんでいるように見える。見た所、木につけられた傷は部分的に変色しており、少なくとも最近付けられたものではないようだった。
「喰蛇の跡か? それにしちゃでかすぎるような気がするぞ」
「僕もそう思うよ。だけど、これは明らかに森とこの湖を行き来している生物がいる証拠だよ。そいつが汚染の原因になっている可能性もある」
「なるほどなぁ。だけどいまいち汚染されてるってのがピンとこねぇな。普通の水に見えるぜ?」
そう言いながらカイトはしゃがみこみ湖に手を突っ込む。次の瞬間、叫び声を上げ勢いよく手を引き抜いた。
「おわっ! なんだこれ! 手が痛ぇ!」
ノクトもカイトに続き、少しだけ指を浸け何かを確認すると、引き抜きながら自分の推測を伝えた。
「おそらくこれは”酸”だね」
「酸だって? なんでそんなもんが混ざってんだ」
カイトは驚きながら再び湖を見る。しばらく酸化の原因を調べてみたが、これといった手がかりを見つけることはできなかった。
フィルたちは念のためポツンとある古びた祠も調べてみたが、こちらも特に手がかりになるようなものは見当たらない。
辺りを一通り調べ尽くしたフィルたちは引き上げようと歩き出したのだが、ノクトだけが祠から動こうとしない。
「おいノクト、そろそろ行こうぜ。散々調べたろ? 扉開けてもなんもなかったし」
「そうなんだけどさ、なんか気になるっていうか。扉を開けた時のこの底と外から見たこの底にちょっとだけ差があるでしょ? 横の方に隙間が空いてるし、もしかしてこの底が外れて下に何かあるんじゃないかな~なんて」
「たしかに言われてみれば……罰当たりかもしれないけど底を外してみようか」
箱の中に細い枝を入れ底の穴に引っ掛けて引き上げると、底板はあっさり持ち上がった。フィルたちが拍子抜けしていると、中からでてきたのは一個の古ぼけた指輪だった。
「ずいぶん古そうな指輪だね。相当の年代物みたいだよ」
ノクトが指輪を持ち上げまじまじと見つめている。
ノクトが指輪を持ち上げたのとそれが湖から現れたのはほぼ同時だった。
湖から轟音とともに現れたのは、フィルたちが最初に戦った喰蛇を二回りは大きくしたであろう、巨大な蛇だった。通常の喰蛇は白みがかった体表をしているが、今目の前に現れた蛇は違う。紫が濃くなったような深い色をしており、体表を覆ている鱗がすべて逆立ち鋭利な刃物のようになっている。
『それは貴様らに扱えるものではない。早々に立ち去れ』
フィルたちは目の前の化物が人の言葉で話しかけてくることに驚くが、フィルたちを睥睨しながら巨大喰蛇は鬱陶しそうに言葉を続ける。
『さもなくば我の贄としてくれる』
一言喋る度に湖に波紋が立つが、フィルは臆せず巨大喰蛇を問いただした。
「お前がこの湖を汚染した原因なのか?」
『そのような人間どもの些末事に興味はない。我はただこの湖を我が物顔で占領していた虫を喰ってやったまでよ』
にたぁと不気味な笑みを浮かべながら巨大喰蛇は答える。
『奴は人のために湖を綺麗になどとぬかしおったのでな。思わず喰うてしもうたわ。人などただの餌にすぎぬというのに』
辺り一帯に巨大喰蛇の声が響き渡る。つまり、この湖を浄化していた存在を奴が喰らい、再び汚染されてしまっていたということなのだろう。あの祠は当初村人がその存在に感謝を捧げるために造ったものらしいが、喰蛇のせいで村人が訪れなくなってもまだ、孤独に浄化し続けていたのだろうか。
フィルは汚染の真相に怒りが湧き上がってくる。
「そんな身勝手な理由で……」
『身勝手? 笑わせるな人間。ここは元々我らの土地ぞ。まぁ貴様ら人間が森に入ってきたことで我らは食料に困らなくなったがな。そろそろこちらから出向いてやろうと思っていたところよ』
巨大喰蛇は眼前まで迫っている。対峙しているだけで凄まじい重圧を感じる。
「なぜそこまでの知能がありながら人間と共存するという道を選ばない」
『共存? ふはっふはははははははははは! 共存など劣等種どもが生き残るための手段に過ぎぬわ。なぜ餌と共存などせねばならぬ? 我らは常に強者であり、喰らい続けるのみ。人間どもよ、二度は言わぬぞ。それを置いて即刻ここから立ち去れ。それでも我の邪魔をするというのであれば』
巨大喰蛇が臨戦態勢に入る。口の奥にびっしり生えそろっている牙は体表と同じく鋭利な刃物のようだ。
フィルたちに逃げるという選択肢はなかった。このまま放っておけば間違いなく村人に被害がでる。おそらく戦える者が仮にいたとしても、全滅するのは間違いないだろう。村人に湖の水の吸い上げを止めるよう言ったところで、人間の味を覚えた奴らは確実に襲い掛かってくるに違いない。
ならば、なんとしてでもここでこの巨大喰蛇を倒すしかない。フィルたちは拳を構えることでその意志を示す。
『そうか。人はなんと愚かなのであろうか。自らの基準を押し付け合い、善を悪と、悪を善と言いながら争い合う。なんと不毛な種族よ。よかろう、貴様らの望み通り我の腹に収めてやろうッ!!』
フィルたちと喰蛇の王との戦いが今始まる。




