12.新たな力
ファンマルの村で晶核と肉を換金したフィルたちは、村の名物である湯に浸かるため、村で一番大きい湯場に来ていた。
しかし、そこで衝撃的な事実が発覚する。
「湯に入れないってどういうことだよ!?」
カイトが湯場の管理者に詰め寄っている。辛い野営生活にも耐えようやくたどり着いたのだ。リアとノクトも内心穏やかではないはずだ。
「それが……実は最近急に湯に汚染された泥が混じるようになったんです。わたしどもも困っていて何回か調査にも出たのですが一向に解決せず、村の貴重な収入源でこれ以外特に産業もないので、このままだと村の存続も……」
どうやらかなり深刻な状況のようだ。聞くと、湯は村から少し東に行ったところにある水源地から引いているのだそうだが、そこまで行くには喰蛇の森と呼ばれる森を通る必要があり非情に危険らしい。村への供給路を設置した直後くらいに、喰蛇が発生し、人が通ることができない魔境と化したようだ。
「喰蛇は私たち人間を丸飲みできるくらい巨大で、しかも人間の肉を好んで食べる獣なので、この辺では森に入った村人がよく襲われるんです。私たちではあの危険な森を突破することもできず、ほとほと困り果てていたところでございます。すみませんね、わざわざ来ていただいたのに」
「そんな事情があったのか。いきなり詰め寄って悪かったなおっさん。そういうことだそうだフィル、湯に入るのは諦めて大人しく宿に」
「俺たちにできる範囲でぜひ協力させてください」
カイトが肩を落としてうなだれている。湯場の管理人は驚きの表情でフィルに聞き返した。
「ほっ、本当ですか!? しかし森はとても危険なのです。失礼ですがみなさんに戦う力があるようには思えませんが……」
「俺たちはここに来るまで牙土獣などの獣を狩って旅をしてきました。それに適合者もいますのである程度は戦えます」
「適合者の方がいらっしゃるのですか!? それは大変失礼いたしました。原因を調べていただけるのなら村人としては非常に助かる話です。ぜひお願いします。湯に入っていただくことはできませんが、宿もやっておりますので、みなさんよろしければぜひうちに泊まってください」
フィルたちはありがたく主人の好意に甘えることにし、今日の所は溜まっていた野営の疲れを癒した。
翌日、フィルたちは喰蛇の特徴を聞き、食料や消耗した装備類を新調して森に入った。水源地は周りを岩場に囲まれており、側に小さな祠があるのが目印だそうだ。
鬱蒼とした森に入ると、どこからか動物の鳴き声らしきものが聞こえてくる。道なき道を進んでいると、ノクトがふいに立ち止まり、何事かと思って見てみると、屈みこんで植物の実を採取していた。
「なにしてんだノクト? 美味いのかそれ?」
カイトが後ろから覗き込みながらノクトへ話し掛ける。
「これはね、啖礼草っていって強烈な神経毒を持っているんだ。けど、煮出して完全に乾燥させてすり潰すと解毒薬になるんだよ」
「へぇ~。そんなこと良く知ってんな」
そんな話をしながら鬱蒼とした森を進んでいくと、ちょうど休憩ができそうな空き地に行きついた。だが、そこにはすでに先客がいた。
人をまるごと飲み込んでしまいそうな巨躯をくねらし、銀の双眼がフィルたちを見下ろしている。口から吐き気をもよおす息を噴き出しながら、こちらに気付いた喰蛇は少し離れた位置で止まると、自身の長い体を螺旋状に縮め始める。
その姿を見てフィルが叫んだ。
「まずい! みんな横に飛べッ!」
その瞬間、フィルの眼前を喰蛇が凄まじい速度で側を横切った。自分の長い体を巻き、爆発的に収束させることで途轍もない推進力を生み出しているのだ。
先程は来ると分かっていたから避けれたものの、もし事前に情報がなかったらと思うとフィルはぞっとする。直撃すれば大ケガだけではすまなかったかもしれなかった。
喰蛇は再度距離を取り、今度は牙を剥きながら襲ってくるが、フィルはとっさに身を捻りその軟体に拳を打ち込む。
「≪晶撃≫!」
フィルに伝わってきたのは仕留めた手ごたえではなく、大きな水袋を殴ったような感覚だった。
「打撃が効きにくい! 全身の筋肉を使って衝撃を逃がしているみたいだ!」
「どうすんだフィル!」
喰蛇の攻撃を躱しながらカイトが問う。隙を見て晶素を込めた拳や蹴りを打ち込むフィルたちだが、一向に有効打を与えることができないでいた。
しばらく攻防を続けてきたが、ここで喰蛇の行動が変化する。先程の水場に戻ったかと思うと、突如水の中に潜ったのだ。
「水弾が来る! みんな近くの太い木に隠れろ!」
仲間たちを促すと、フィル自身も近くにあった木に身を隠す。真横の木に喰蛇が放った水弾が着弾すると跡形もなく抉り飛ばした。それが間隔を空けて飛んできており、凄まじい威力の雨粒がフィルたちへ襲いかかっていた。
――――なにか、なにかないか考えろ
思考の渦の中で、いつの間にか水弾が止み、辺りが静かになっていることに気付く。
フィルが隠れていた木から顔を出したのと、ノクトが喰蛇の口に飲み込まれたのは同時だった。
「「「ノクトッ!!!」」」
ノクトが飲み込まれる瞬間の顔がまだ目に焼き付いている。早く助け出さなければと、気持ちは逸るが良案は一向に浮かんでこない。
「いやぁぁぁぁぁぁッ!」
「よせ! リア!」
リアが喰蛇に突っ込んでいくが、身体に拳が届く寸前に、リアはその長い尾に吹き飛ばされ、そのまま近くの木に体を叩きつけられてしまう。
辛うじて意識はあるようだが、リアはこれ以上戦闘を続けるのは不可能だとフィルは思っていた。だが、リアは立ち上がって再び拳を構える。
「リアやめろ! それ以上攻撃を食らえば今度は吹き飛ばされるだけじゃすまねぇぞ!」
カイトが見かねて声をかける。
だが、リアは自分自身を振り切るように、決意を言葉として紡ぐ。
「もう大切な人を目の前で失うのは――――嫌なのよ!」
強い言葉と共に、リアの身体を輝かんばかりの緑色の晶素が包み込む。
今まではぼんやりと纏っていたものが何かを象るように形を変えていき、リアとは別の場所に光が収束していく。
光が収まった時、そこには一匹の小さな兎が姿を現わしていた。
額に紋章がある以外は特に特徴がなさそうな兎で、見た目だけではとても戦えるとは思えなかった。
だが、その予想は裏切られることになる。
「立ち向かう勇気を。≪勇敢小兎≫」




