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104.晶素の本質

「分かった」


 男からの静かな同意の言葉にオクリはまたしても特に反応を示さず淡々と進める。


「うん、うん。じゃあ、ガロとネイマールは私についておいで。後は鬼哭啾啾クヌズキに任せるよ」


「あぁ」


 向こうではどうやら話がついたようなのだが、急にオクリに指名されたガロとネイマールはお互いどうしていいのか分からず戸惑っている様子だ。


 当然の反応だろうと思い、改めてオクリに真意を問い質そうとしたのだが、次の瞬間には、オクリはガロとネイマールを両脇に抱えていた。


「おろ!?」

「えっ?」


「じゃあみんな六日後にね。フィル、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。敵は自分が生み出すものだ。自分の直感を信じて」


 急に視点が変わったガロとネイマールは何が起こったのか理解できていない様子だ。


 そんな二人を無視し、直感を信じろという言葉だけを残して、オクリは煙のように消え去ってしまった。


「ガロとネイマールは大丈夫なのかしら……」


「今は二人を信じて待つしかない」


 不安そうなリアを安心させるように声を掛けるが、正直自分も二人の事が心配でたまらなかった。だが、最後にオクリが言った一言。


――――自分の直感を信じて


 オクリとこちらを見ている六人からは、真羅ルーラーのような悪意は感じられない。かといって友好的かというと、そうでもない。どこか無機質な印象を受ける。


 自分の直感を信じるのであれば、彼らは自分たちに害をなす存在には思えなかった。


「俺は鬼哭啾啾クヌズキという。オクリにはああ言っていたが今一度問わせてもらう。何のために力を求める?」


「大切なものを守るためです。その為に俺たちは今より強くならないといけない」


 鬼哭啾啾クヌズキの問いにフィルははっきりと答える。


「分かった」


 フィルの答えが求めるものだったのかどうかは分からないが、少なくとも拒絶される雰囲気ではなさそうだ。


止揚シヨウ、君は青髪の子を頼む」


「はいな~」


 止揚シヨウと呼ばれたのは、どことなく眠たそうな目をしている、六人の中で一番小柄な女の子だった。止揚シヨウはとことことノクトの元に近づいてくると、そのままノクトの手を握り消え去ってしまった。


 気配も完全に消えているため、どうやらこの近くにはすでにいないようだ。


剔抉テッケツ、君は黒髪の子を」


「……承知」


 剔抉テッケツと呼ばれたのは細身の男だ。顎に携えた白髭も相まってこの中では一番年齢を重ねているように見える。


 先程と同じように剔抉テッケツはエインの元に近づくと、肩に手を触れこの場から消え去ってしまう。


狗尾コウビ、君は赤髪の子だ」


「……」


狗尾コウビ


「ふんっ、分かってるわよ」


 狗尾コウビと呼ばれたの女性は、片側が目にかかるまで伸びた髪をうっとおしそうに耳に掛けている。どこか納得していないその様子に一抹の不安を抱くが、それ以上何か言うことはなくリアと共に消えてしまった。


一丁字イッテイジ、君は金髪の子を。三隣亡サンリンボウ、君は茶髪の子を頼む」


「うほっ、可愛い子ねぇ。さぁ、坊や。アタシと一緒に行きましょっ」

「なんと……美しい」


 一丁字イッテイジと呼ばれたのは筋骨隆々の大男だ。背丈は鬼哭啾啾クヌズキの方があるが、横幅が大きいため全体として非常に大柄に見える。


 カイトが何かを訴えかけるようにフィルの方を見ているが、フィルは極力目を合わせないように、そのままカイトが連れて行かれるのをただただ見守った。


 一方、ソフィアの方に近づいていくのは、三隣亡サンリンボウと呼ばれた青年だ。非常に眉目秀麗で、ソフィアと並ぶとどこかの王族ではないかと思うほど立ち姿も様になっている。


 三隣亡サンリンボウはソフィアの前に跪くと、わざとらしい所作で手を差し出す。


「さぁ、麗しきお嬢さん。ワタシの手を取って。決して離れないよう、そう、強く!」


「……」


 ソフィアはカイトと同じように一度こちらを見るがフィルにはどうすることもできない。フィルが静かに首を横に振るとソフィアは諦めたように項垂れ消えていった。


 この場に残ったのは、フィルと鬼哭啾啾クヌズキと呼ばれた男だけだ。


「さて、ではこちらも始めるとしよう。時間は有限だ」


「ちょっと待って下さい。その前に説明して欲しい。あなたたちは何者なんですか? ここはいったいどこなんです? なぜ力を貸してくれんるんですか?」


「ここはオクリが創り出した空間。俺たちが何者かという問いには……いずれ分かる時がくるとだけ返しておこう」


 鬼哭啾啾クヌズキの雰囲気からそれ以上答えが返ってくることはなさそうだった。曖昧な回答にフィルが求めるものは何も得ることができなかった。


「これから六日間、お前には戦い続けてもらう。その中で何を得るのかはお前次第だ。俺のすべてを吸収し糧としろ。だがその前に、一度そこに座れ」


「?」


 フィルは鬼哭啾啾クヌズキの言う通り、何もない冷たい地面へと座り込む。いったい何が始まるのだろうと待っていると、鬼哭啾啾クヌズキは三角形の鉄のようなものを四つ手に持って説明を始めた。


「戦い際に一番重要な事は何か分かるか?」


「一番重要な事ですか? 情報ですかね?」


「間違ってはいない。だが正確ではない。正しくは”知識”だ。自分に関する知識、相手に関する知識、場に関する知識、情報は理解し自分のものに出来なければ何の意味もない。お前は晶素についてどれだけ知っている?」


「この世界に満ちている物質で、細胞を活性化させる作用があるんですよね? だから適合者アダプタや俺みたいな保持者ホルダーが存在する」


「それは”本質”ではない」


「?」


「晶素の本質は”増幅”だ」


「”増幅”?」


「体内に吸収された晶素は細胞と結合し身体中のあらゆる組織を増幅させる。そして、常人とは隔絶した身体能力を発揮することになる。それがお前たちが”適合者アダプタ”と呼んでいる段階だ。もちろん身体に負荷をかけている訳だから通常の何倍も疲れるがな」


 鬼哭啾啾クヌズキの説明にフィルは納得する。能力ちからを使うと普通に生活している時の何倍も疲労が溜まるのだ。力を使い切った時は手の指一本動かす事すらできなくなってしまう程に。


「晶素は生物が持つ感情に反応する。その感情が強ければ強い程より強くな。そして、自らの強い感情によって取り込んだ晶素を変質させたのが、お前たち保持者ホルダーだ」


「だから、保持者ホルダーは人によって能力が異なるんですね」


「そういうことだ。仮に同じに見えたとしても本質は人によってまったく異なる。保持者ホルダーは取り込み、変質させ、発現させるまでに至った者のことを指す。ではその先は?」


「その先……”顕現者アングラム”か」


「なるほど……顕現者アングラムとはまた皮肉な名前を付けたものだ」


 鬼哭啾啾クヌズキの表情はどこか物憂げに見えた。だが、それは一瞬のことですぐさま元の調子に戻り説明を続ける。


「お前が言う顕現者アングラムとは、”細胞そのものを変質させた状態”をいう」


「? 保持者ホルダーと何が違うんですか?」


保持者ホルダーは晶素を取り込み反応させているだけで身体の細胞そのものを変えている訳ではない。だが、お前が顕現者アングラムと呼ぶ存在は、人間が本能的に持っている栓を意図的に取ることで、細胞それ自体を晶素へと変える。自分が持ちうる中で最も強い感情で全身を満たし、自らの心域を理解し発現することで人ならざる力を得る」


「だからあんな人間離れした技を……俺たちにある能力ちからの前の”溜め”みたいなものもまったくありませんでした」


「それはそうだろう。身体が晶素で構成されているのだからな。会得する事ができたのであれば、一時的にだが非常に強力な力を得る事ができるだろう。だが、代償も大きい」


「代償ですか」


「手を出せ」


「はい」


 鬼哭啾啾クヌズキはこちらに近づいてくると、フィルが差し出した手を強く握る。


 次の瞬間、身体の中を何かが駆け巡るような、強烈な不快感と痛み、そして”感情の爆発”がフィルを襲った。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……ッ!!」


 突如襲ってきた猛烈な痛みに、フィルは思わず倒れ込み絶叫しながら必死に痛みに耐える。見えない手のようなもので自分の身体の中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられているような感覚だった。


 怒り、喜び、悲しみ、様々な感情で精神が圧迫され、今まで経験したすべての出来事が一度に蘇り急激に心を摩耗させていく。


 一方で、フィルは薄れゆく意識の中、ほんの僅かではあるが暖かな力の波動と誰かが自分を呼んでいるのを感じた。



『フィル。ごめんね』



 だが、考える事が出来たのはここまでだった。



 あまりの痛みに、フィルはそこで意識を失った。

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