102.誘惑
「なんかよく分かんねぇけど、でかい壁がある」
「でかい壁? 何それ?」
「いや、ホントにそんな感じなんだよ。いきなり山が途切れたように壁があって、それ以上探れなかった」
「探れなかったって、範囲外だったのか?」
「いや、違う。あの感覚は何かに”弾かれた”に近い」
「ということは」
――――その先に何かがある、または何者かがいる
「オレの≪雷十≫が入れなかったって事は、少なくとも何かしらの能力を持ってる可能性は高ぇな」
「罠かな」
「仮に罠だとしても、ここまで入ってきたらもう敵の掌の上だろ。今更引いてもたぶん変わんねぇ気がするけどな」
「そうだね。カイト、先導頼める?」
「りょーかい」
辺りを警戒しながら一行はカイトを先頭に深い霧の中を進んでいく。進めば進むほど濃くなる霧が不気味で、気持ちの問題かもしれないが若干気温も下がってきているような気がする。
草を踏みしめる音だけが鳴り響く中、先頭を歩いていたカイトが急に立ち止まった。
「っと、もう着いたのか?」
「おかしい。まだまだ壁は先だったはずだ……なんでそこにある」
「どういうこと?」
「オレが言った壁まではかなり距離があったはずなんだよ。それが近づいてきてる」
何のためにそんな現象が起こっているのか、フィルたちが警戒の段階を引き上げる中、カイトが指し示した場所にガロがそろそろと近づいているに気付いた。
「ガロ! よせ!」
フィルが制止した時にはすでに、好奇心旺盛なガロが”壁”に手を触れてしまっていた。
次の瞬間、ガロは空中で不自然に停止すると、勢いよく吹き飛ばされてしまう。
「「「ガロッ!」」」
吹き飛ばされたガロの元へと急いで駆け寄ると、幸いにも飛ばされた先の地面が柔らかったおかげか、腕を擦りむいた程度で済んだようだ。
「大丈夫かい、ガロ」
「うぅ、ひどい目にあったんす~」
「なんで触ろうとすんだよ」
「だって面白そうだったんす! それにおいらは怪しいと思わなかったんす!」
「でも明らかに歓迎してる感じはしないよね。だんだんこっちに近づいてきてるし」
「フィル!」
ソフィアから発せられた声で後ろを振り向くと、先程まで何もなかった場所に、まるで霧が人を象ったような真っ白な生き物が忽然と立っていた。
その生物がおもむろに手を挙げると、灰色の壁がフィルたちの目の前に出現する。その壁はいつの間にかフィルたちを取り囲むようにドーム状に変形し、外側には先程の生物が無機質に立っていた。
「なんだよ……これ」
「触ったらたぶん吹き飛ばされるんだろうな。このままだと全員仲良くぺしゃんこだ」
壁はじりじりと内側の範囲を狭めてきている。このままではカイトが先程言ったように全員押しつぶされてしまうだろう。
「さっきまでは感じなかったけど、この壁からは晶素を感じる。なら力づくで破るしかない」
「力づくってどうすんだ?」
「俺とカイト、ノクトとエインで壁に触れないように同時に攻撃しよう。綻びが出れば最後はガロ、頼めるかい?」
「んす!」
「よし……いくよ!」
お互いが干渉しないように一定の距離を取ると、息を合わせて一斉に能力を開放する。
「≪大雷≫!」
「≪水龍≫!」
「≪一振:紅葉狩≫!」
「≪晶波≫!」
凄まじい衝撃音と共に晶素のうねりが壁へと衝突する。だが、依然として目の前の壁は存在したままだ。
唯一違うのは、先程まではなかったヒビがあることだけ。
「今だッ! ガロ!」
「≪地掌≫!」
ガロの晶素を纏った一撃はフィルたちが作り出したヒビを的確に捉え、迫りくる壁に押し飛ばされる事なく貫通させた。
「どうだ……?」
警戒を続けるフィルたちの予想に反し、ガロによって風穴を空けられた壁はあっけなく崩れ去ってしまい、壁の消失と併せてあれだけ色濃く出ていた霧も綺麗さっぱり消え去った。
壁と霧が消え去った後、その場には真っ白な生物のみが残っていた。
しばらく無言の時間が続き、おもむろにその生物は二足歩行で歩き始める。その生物はしばらく歩みを進めると、後ろを振り返り、まるでついて来いと言わんばかりに手招きしている。
「なんか呼んでるっぽいですけど……どうします?」
「行こう。ただしみんな警戒だけは解かないで」
「はい」
フィルたちは全員の状態を確認すると、白い生物が歩いて行った方へと歩を進める。フィルたちが付いて来ている事に満足したのか、時折こちらを振り返りながらぐんぐん進んでいく。
少し先を歩く生物からは特に悪意や敵意のようなものは感じない。さらにいえば存在感が希薄すぎる。間違いなくそこにいることは視覚で分かるのだが、生き物から発せられる気配のようなものがまったく感じられないのだ。
周囲の景色は深い森というだけで特に変わった様子はない。少し晶素の濃度が濃いような気がするが、エインの許容量を超えるような濃さでもない。
――――いったいどこまで行くんだ
険しい山道を慣れたようにすいすいと進んでいくが、こちらは初めての道で荷物も決して軽くはない為、みな息を切らしながら必死に付いて行っている。標高が高くなってきた影響か、空気が薄くなり段々と呼吸もし辛くなってきていた。
どこに連れて行こうとしているのか、目的地が分からないまま白い背中を追い続ける。
そろそろ足に疲労が溜まり始めた頃、ふいに目の前を歩いていた白い生物が立ち止まった。
「着いたのか?」
フィルの問いかけに応えるように、その生物が手を掲げると白い光が辺りを照らし、フィルたちは反射的に目を瞑る。
「うわっ」
しばらく目を閉じていたフィルだったが、光が収まった気配を感じ恐る恐る目を広げると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「嘘だろ……?」
険しい山中に、突如として”村”が現れたのだ。




