101.狭間で
ドラを旅立ち北上すること二週間。
フィルたち一行はフィデリオと三照山とのちょうど境目まで歩みを進めていた。
「ようやく中間地点まで来たって感じか」
「あそこの木の向こうに見えてるのが三照山っす。この街道を右に逸れていくとちょうど山の入り口に着くと思うんす。スミーはどう思うんす?」
ガロの問いかけにスミーは目を閉じ人指し指を頭上へと掲げる。何かを感じ取っているのかしばらくそのまま動きを止めると、ぱっと目を開けこくこくと頷いた。
「方向は合ってるみたいだね。みんな体力的に持ちそう? ここからは野営になりそうだけど」
「大丈夫よ。野営でもどうってことないわ」
そう力強く返すのはソフィアだ。ソフィアはレイシェルフトを出国してからずっと自分の力と向き合ってきた。初めはフィルの補助がなければ戦闘することもままならなかったが、今では小型の晶獣であれば軽々と吹き飛ばすことができる。
出力を上げると未だ不安定な部分はあるが、それでもソフィアは強靭な意志で日々の努力を怠ることはなかった。
最初は戸惑っていた野営や集団行動も、根の人懐っこさなのか、すぐに打ち解け順応していった。
エインが未だどこか一歩引いた立場でいるのに対し、ソフィアは変に気を遣うことなくはっきりとものを言う。それは元来の性格なのだろうとフィルは思っていた。
「よし、じゃあ日が落ちるまでに目的地に着けるよう頑張ろう」
「おうなんす! いくんすよスミー!」
エインは頭にガロを乗せ、肩にはスミーを乗せながら皆を先導する。エインが先導している訳ではなく、ガロが歩きたくないがためにエインに乗っているせいで、エインが先頭を歩かざるをえない状況だからだ。
「おいガロ。お前いい加減エインの上に乗ってないで自分で歩けよ」
「エインがいいって言ってるからいいんす。カイトはうるさいんす」
「いやうるさいとかじゃなくて、オレは自分で歩けるなら歩けよって言ってるだけで」
「あぁ、もううるさいんすぅぅぅぅぅぅ! 龍化!」
「ばっ、こんなとこで龍化するんじゃねぇ!」
「ぷくくくくくく……! ほんとにする訳ないじゃないんすか! ぷぷぷぷ、スミー今の顔見たっすか? ばっ、だって。ぷくく」
「てめぇ……引きずり降ろしてやる!」
「ぷくく。あっ、やっ、やめるんす! 袖を引っ張らないでほしんす!」
ガロとカイトが賑やかに歩を進める中、フィルは歩きつつも再び思考の渦に囚われていた。
一つは自分の力のこと。
ここにいる仲間たちの能力は概ねフィルも理解している。カイトは雷、ノクトは水を操り非常に応用が効き、ガロは元々の龍族としての力と樹木を操る力で瞬間火力ならこの中でナンバーワンだ。ソフィアは晶素を圧縮し放出することで広範囲の敵を払い、エインは道力で活性化させた身体能力と剣技で圧倒する。
リアの能力だけは異質だが、マキナ曰く晶素と道力の両方の性質を併せ持つのだという。
唯一晶素も道力も使うことができないネイマールは、先の戦闘でもあったように、対晶獣用に開発された特殊な道具を使うことである程度の戦闘はこなせるようになっていた。フィルが最も評価しているのはその判断能力の高さだ。何も言わずとも戦闘不能になった仲間たちを避難させ、変化する状況や敵に合わせて動くことができる。
だが、自分自身の能力だけが未だに分からない。
晶素を”形にする”ことができる能力ではないかと漠然と思っているのだが、なんとなくそれが本質ではないような気もする。
ただ、現時点ではマキナに言われたこと以上の事は何も分かっていないのが現状だ。
そして、もう一つ。
――――レイシェルフトでの裏切り者の存在
レイシェルフトでレイ・デルが思念片を盗み出した際の行動は明らかにこちらの動きを知っていた。
あの時は冷静に考える余裕がなかったのだが、今考えると不審な点がいくつもある。
フィルたちが王に接触した途端に死人騒ぎがぱたりと途絶え、各師団長が出払った矢先に思念片がある場所を正確に把握し奪い去っていった。
それらが意味するのは、内通者がいたという紛れもない事実。
いったい誰が真羅と通じていたのか、考えたくはないが考えない訳にはいかない。
レイシェルフトの関係者か、外部の人間か。
または――――この中の誰かか。
小さな火種が疑念となり、ずっと、フィルの胸にしこりを残し続けている。
――――仲間を疑うなんて駄目だ
頭の中ではそう思っていても、どうしても疑念として脳裏に浮かんでしまう。
フィルは仲間たちの背を最後尾から見守りながら、自己嫌悪を払拭するように頭をぶんぶんと振った。
フィルが一人考え込んでいることに気付いていたソフィアが、すっと横に近づいてきて声を掛けてくる。
「フィル、どうしたの? 大丈夫?」
「あっ、ごめん。なんでもないんだ、ちょっと考え事してて」
「フィルってたまに一人で考え込んでることあるわよね。貯め込んでは駄目よ?」
「ありがとう。自分の悪い癖だって分かってるんだけど」
「”思考を止めるな、過程を共有せよ”」
「?」
「ガフトルトが昔言っていた言葉なの。ガフトルトが部下に指導する時に使ってた言葉なんだけど、常に考えながら行動して、その考えを一人ではなく複数に共有することが物事を成功させる秘訣だ、っていう意味らしいの」
「なるほど、良い言葉だね」
「でしょ? 一人の目線だとどこかにある綻びに気付けないわ。だからこそ皆で共有しましょう。嬉しいことも辛いことも」
「そうだよね。ありがとう、ソフィア」
「ふふ。あっ、そういえば」
妙にソフィアの言葉が腑に落ちたフィルは、雑談を続けながら徐々に険しさを増す道を歩いて行く。
「それで、実は晶魔の中には意識を保つことができる特殊な存在もいて――――」
フィルはソフィアの口から語られる大海のような知識に毎度圧倒されながら、興味深く耳を傾ける。世界の知識に飢えていたゾネの村の少年には、ソフィアの言葉はとても魅力的に映った。
そんな中、ふと、前を歩いていたリアがこちらを見ていることに気付く。
「? どうかした、リア?」
「ッ! べっ、別になんでもない」
リアはフィルと目が合うと驚いたようにすっと目を逸らし、再び前へ向き直る。
「?」
リアの行動に疑問を持ちつつも、隣にいたソフィアも特に何も言う事なく話を続けたため、フィルもそれ以上気に留める事はなかった。
とりとめのない話をしながらガロとスミー先導の元歩くこと二時間。
フィルたちは完全に道に迷っていた。
「なぁ、ガロ。ここはどこだ?」
「…………さぁ?」
「さぁ、ってなんだよ!」
「しっ、知らないんす! おいらだって初めての道なんすよ! カイトのバカ! バカイト!」
「誰がバカイトだこらぁ!」
再び騒がしくなった雰囲気とは反対に、進んでも進んでも終わりの見えない山道、進むにつれ深くなる霧によって、フィルたちは今立っている位置が完全に分からなくなってしまっていた。
頼みの綱のスミーも、エインの肩の上で鼻を押さえてぐったりとしている。
「にしても、本当にここどこなんだろう? 結構深くまで来たよね?」
「山に入ってから二時間くらいだから相当奥まで来てるはずですけど、この霧のせいでどっちから来たのかもう分からないですね」
ノクトとネイマールが辺りを見回しながら話している。初めは薄くもやがかかっているだけだったのだが、今では少し離れれば誰が誰だか分からなくなるほど霧が濃くなっている。
さらに、霧と共に漂ってくる花蜜のような甘い匂い。
「正直これ以上闇雲に動くのは危ないかもね。なぁ、カイト、アレやってみてくれないか?」
「腕を噛むんじゃねぇ、ガロ! アレって……あぁ、ちょっと待ってろ」
カイトはそう言うと腕にしがみつくガロを引き剥がし、少し水分を含んだ地面へと手をつき晶素を掌へと収束させ開放する。
「≪雷十≫」
カイトの掌から網目状の電気が迸ると、カイトを中心に地面を駆け巡っていく。
「ここから、東に、何か……なんだこれ?」
雷十は微弱な電波を放射状に放つことで、周囲にある生物や障害物を捉えることができる。目を閉じたまま手の感覚を伸ばすように探る仕草を見せるカイトだったが、その口からは戸惑ったような返事が返ってくる。
カイトは息を一つ吐き出すと、立ち上がり自分が感じたものをフィルたちへ伝えた。




