この世界にさようならを
今の僕にはこの空を飛ぶことはできるだろうか。飛べることで自由を手に入れることはできるのだろうか。
付けていたイヤホンを外す。ビルが風を切る音、車の排気音が耳に響いている。みんなが僕を嗤ったあの日以来、僕は僕と世界を遮断していた。
「やっぱり外はうるさいな…」
そして、勇気の一歩を踏み出した。その瞬間、僕は地球と一体になった。この星を潤す雨粒になり、落ちていく。この雨粒は落下して弾けて、地表の直径10mにも満たない部分を赤黒く汚した。
この瞬間、世界の音はいつもよりもうるさかったかもしれない。
「・・・!?」
ふと目を覚ますと僕が僕を俯瞰して見ていた。かつて僕だったものの周りに集まっている人達は誰も今の僕の姿にも声にも気づいていない。いや、気づくはずもない。そして、『僕?』は救急車で運ばれていく。
「やっぱり上手く逝けたんだ」
僕は安堵した。すると
「どうですか?自分の死と向き合うのは」
隣から声を掛けられた。驚いてその方に目を向けると、背中から大きな翼を広げ上質なシルクの布の様な物で作られたドレスを着た美しい女性がいた。
「あなたは誰ですか?」
「私は死を司る女神と思って下さい。で、どうですか?
自分の死と向き合うのは」
また問われた。数秒の沈黙の後、
「この死は自分で選んだ道なので後悔はありません」
「それは本当ですか?貴方はその道を自分で選んではいない。他人によってその道に選ばされただけだと思います」
確かにイジメられる前は死ぬとか生きるとかはほとんど考えていなかったかもしれない。
「でも、いつかは死ぬから別にいつでも良くないじゃないか?」
僕は彼女に返した。
「全く良くありません!私の理念はより良く死ねるために
より良く生きるです。貴方は良い人生を送れましたか?」
最初は楽しかった。なのにあれから生きるのがずっと辛かった。
「‥‥いや、僕はもっと。もっと楽しく生きたかった。でも、辛くて、嫌になって逃げたんだ」
ぽろぽろと大粒の涙が出てきた。
「父さん、母さん、ごめんなさい。二人に苦しい思いをさせてごめなさい」
「大丈夫、落ち着いて貴方にはまだやることがあるわ。最後にお父さんとお
母さんに会いに行こう。そして、『ありがとう』を言いに行こう」
「うん。行こう」
僕は涙を拭き、出せるだけ元気を出して言った。
僕達はとある病院に着いた。まだ昼間なのに父さんの車が止めてある。壁を通り抜けて病室に入る。父さんと母さんがいて、母さんが見たことない顔で泣いている。父さんは母さんを抱きしめていた。
「私が悪いわ、私のせいでこの子が辛い思いをして…」
母が口にした。僕はとっさに
「そんなことないよ。僕は、父さんと母さんと一緒に暮らせて幸せだった。
今までありがとう」
この場の空気に耐えられず、すぐに外に出た。
「うん。私達も一緒に暮らせてとても幸せだったわ。‥‥あれ?
今、声がして…。あなたも今の聞こえた?」
「あぁ、聞こえたよ。天国から見に来てくれたのかな?これからも3人で
一緒に暮らそう。」
「‥‥‥良い愛だな」
女神が呟いて場を離れた。
「もうやることはないかな?」
女神が聞いていた。
「もう大丈夫だよ」
「あっ、でもこれからどうすれば良いの?」
「本当は死んだら、天国か地獄に行くけど君にはもう1度チャンスを
与えよう。どこかに生まれ変わって幸せな人生を送るんだ」
「次は良い死に様を見せるよ」
僕は笑顔でそう答えた。
「オッケ-!!じゃあもう行っちゃおう」
心の準備をする暇も無く、目の前が真っ暗になり、気を失ってしまった。
「‥‥‥よし!行ったね…。じゃあアイツら殺すか」
こうして、今日も輪廻は廻り続ける。