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暗躍する者

「全く。両想いになれたことは結構ですが、(むつ)み合うのは私がいなくなってからにして欲しいですね」

「陸み合う⁉」

 不機嫌そうに目の前に立つ砂羽に、梓は頬を赤くして思わず叫んだ。

「間違っていないでしょう?」

「……」

 ひんやりとした眼差しで言われ、無言になるしかない。

 確かに間違ってはいない。仲良くしていたという意味ではその通りなのだから。

 そこに含まれた意味合いを深読みしてしまった梓が悪いのだろう。

 気まずくて黙り込むと竜輝が間に入ってくれた。


「砂羽、あまり梓をいじめるな。俺が悪かったのだから」

 だがすべてを自分の所為だと言ってしまう竜輝に否定の声を上げる。

「そんな! 私が悪いのです。砂羽様を待たせている事を忘れかけれてしまったのは私ですから」

 そう、梓は竜輝の部屋の前で待っていると言った砂羽の存在を忘れかけていたのだ。

 霊鎮めは終わったのだから、早く呼んで安心させなくてはと思ってはいた。

 だが、その前にすれ違っていた想いを正して交わし合い、昂る心のまま口づけを繰り返していたため呼ぶ(いとま)が無かったのだ。

 砂羽の言う通り、睦み合っていたためというわけだ。


「お二人とも、ですよ」

 ぴしゃりと叱られる。

「梓殿、竜輝様は意識が朦朧としていたので私が部屋の外に待機しているとは分からなかったでしょうから、あなたがちゃんと呼んで下さらないと」

「あ、はい。すみません」

 もっともなことを言われて謝るしか無い。

「ですが竜輝様、大元を正せば貴方がご自分の想いを隠し通そうとしていたのが一番の原因ですからね? 私達龍が一途なのは分かりきっているのですから、早く公言してしまえば良かったのです」

「あ、ああ。すまない」

 竜輝も自覚があるからか、素直に謝っていた。


「全く本当に……流石に焦りました。ここまでお膳立てしたというのに、肝心の竜輝様がいなくなってしまっては意味がないではないですか」

 ため息を吐きつつ眼鏡の位置を直す砂羽の言葉に、梓と竜輝は揃って眉を寄せる。

「砂羽、どういうことだ? お膳立てとは……。第一、何故梓が招に成りすましていたんだ?」

「あ、それは……」

 そのことに関しては自分がちゃんと説明しなければないだろう。そう思った梓は「招が失踪しまして……」と事情を話す。

 両親はすぐに見つかるものと思っていたから、その場しのぎで自分に身代わりを頼んだのだ、と。


 一通り話を聞いた竜輝は何とも複雑な表情をしていた。

 呆れているような、困り果てているような……微妙な表情とでも言うべきか。

「だが覡として来ずとも……。そのような状況なら言ってくれれば梓を巫として受け入れたというのに……」

「すみません……竜輝様にはご婚約者様もいらっしゃいますし、ご迷惑にしかならないだろうと両親も言いまして……」

 だが、結局は梓が巫として()することになった。

 余計な手間が増えただけという結果になったとも言える。

「竜輝様のおっしゃる通りですよ。梓殿が普通に花嫁として仕えに来てくれれば、すぐにでも丸く収まったというのに……」

 なにやら色々と知っているような砂羽の言葉に、竜輝は軽く睨むようにして問い質した。


「砂羽、お前は何を知っている? 何を画策していた?」

「画策とは……少々暗躍していただけですよ」

(……言葉の意味は違うけれど、裏で動いていたことは同じなんじゃ……)

 会話を聞きながら思う梓だったが、砂羽に睨まれそうだと思い口には出さない。

「それに責められる謂れはありません。私は竜輝様の恋の成就のために行動したまでですから」

 そうして語られた話は梓にとっても驚きだった。


 竜輝の想い人が梓だと知った砂羽は、主の恋を叶えるため何とかして梓を巫として嫁いで来させようと動き始めたらしい。

 するとその動きを知った彼の妹……竜輝の婚約者である玲菜が協力を申し出てきたのだそうだ。

「玲菜が?」

 軽く驚く竜輝に、砂羽は少し皮肉交じりの仕方なさそうな笑みを浮かべた。

「どうやら妹は、他に想う相手がいたようです」

 そしてその相手というのが招だというのだ。

 流石に梓も言葉を失った。

 みっともないと思いつつも、ポカンと口を開けた状態で続く話を聞く。


 玲菜の話では、初めて招に出会った五年前に一目惚れをしたということだった。

 招もほぼ一目惚れだったらしいという話を聞いて、梓は何とも言えない血の繋がりを感じてしまう。

 それからというもの手紙のやり取りをして、お互いに想いを育んでいたのだとか。

 招の方は主の婚約者と想いを交わすなど、と悩んでいたそうだが、今回竜輝の想い人が梓だと知り気落ちしつつも喜んでいたらしい。

 そういうわけで、招は今玲菜と共に彼女の別荘で計画成功の報を待っているのだとか……。


「……」

 まさかまさかの思いもよらない展開に、竜輝も何とも言えない苦い表情をしていた。

(……招、ご婚約者様の――玲菜様の別荘にいたのね……そりゃあ見つからないわけだわ)

 梓は変わらずポカンとした表情のまま納得する。

 そんな二人に砂羽はまた深いため息を吐いた。

「招殿がいなくなれば梓殿が巫として来るしかなくなります。だからこちらは梓殿を花嫁として迎える準備を水面下でしていたのですが……」

 そこで言葉を止めた彼はジトリと梓を睨む。

「まさか男装して招殿の身代わりで来るとは……予定外にもほどがあります」

「す、すみません……」

 砂羽の計画など知らなかったから仕方のないことなのだが、恨めし気な彼の視線に梓はつい謝罪の言葉を口にした。

「まあ、それでも巫が覡としてお役目を全う出来るはずがありませんからね。様子を見ることにしたのです」

 その結果が今の状況ということらしい。


「とにかくお二人は想いを通わせることが出来た様ですので、このまま梓殿を花嫁として迎える準備を進めさせていただきます」

「ああ……よろしく頼む」

 説教が終わり、今後の話になったことで竜輝もホッとした様子で砂羽に全てを任せた。

 

「というわけなので、梓殿には早急に巫としての役割を果たしていただきます」

「え? あ、はい」

 冷たくも見える砂羽の視線が自分に戻って来て、梓は深く考えもせず了承の返事をする。

「竜輝様がこの状態では他の四龍からの苦情も治まらず大変なのです。丁度ここは竜輝様の寝室ですし、このままお勤めをしてください」

「え……?」

 寝室でお勤めと聞き真っ先に何故? と思う。だがすぐに意味を理解して梓は顔を赤らめるのを止める事が出来なかった。

「それでは私は失礼致します」

 砂羽は梓の反応など気にも留めず、すぐに部屋を出て行く。

 バタン、とドアが閉められるとなんとも気まずい雰囲気が漂った。


(ど、どどどどうすれば⁉ 駄目、恥ずかしすぎて竜輝様の顔を見れない……)

 頬を紅潮させたまま固まる梓だったが、いつまでもそうしているわけにはいかない。混乱しそうになる思考をなんとか巡らせた。

 自分は竜輝の花嫁となるのだし、口づけは先程もしたのだ。

 ほんの少し、想定より早く彼の妻となるだけ。

(そうよ。それに、早く竜輝様を元のお姿に戻して差し上げないと)

 霊鎮めをして龍に近付いてしまった竜輝を戻さなくてはならない。

 それは神和ぎとしてのお役目でもある。

(そう、お役目よ。恥ずかしいとか言っている場合ではないわ)

「……梓?」

「ひゃい!」

 お役目だと割り切って恥じらいを抑え込もうと決意したのだが、竜輝に呼ばれただけでその決意は脆くも崩れ去る。

(変な声出ちゃった……)

 流石に呆れただろうかと思い、そろりと竜輝の顔を見ると軽く驚いた顔があった。

 その淡い緑の目が優しく細められ、伸ばされた手が梓の焦げ茶の髪を撫でる。


「砂羽の言ったことは気にするな。今日はお前が俺の求婚を受けてくれただけで満足だ。それ以上のことはまた次で良い」

 優しく、なだめる様に撫でる竜輝の手が心地よくて梓は心を落ち着かせることが出来た。

「……ですが、お姿を早く戻しませんと……」

 竜輝が自分を気遣って、お役目はまた後日で良いと言っていると分かっている。

 本当は砂羽の言う通り、早く荒御霊を完全に鎮めた方がいいということも。

 それでも竜輝は梓の心の準備が出来るのを待つつもりなのだろう。

 そんな優しい竜輝だからこそ、梓は心を決めた。

「……竜輝様」

「ん?」

 髪を撫でてくれている手を取って、両手でそれを包むとひんやりとした彼の神気を感じる。

 溢れてしまっているこの神気をこの身に受けて、人の世に巡らせるのが神和ぎの――自分の役目だ。


「お役目を……霊鎮めをさせてください」

「っ」

 梓の言葉に息を呑み驚いた竜輝は、その瞳に欲の炎をちらつかせる。

「素肌を……合わせるのだぞ?」

「はい」

「俺はお前を好いていると伝えた。そんなお前と肌を合わせて、何もしないなどということは無理な話だぞ?」

「……はい」

 幾度も確認してくる竜輝に梓はただ「はい」と答える。

 肌を合わせなければ霊鎮めが出来ない巫。男女が肌を合わせるということがどういうことなのか……分からないほど梓は子供でも初心(うぶ)でもない。

 そういう行為につながるからこそ、巫は花嫁として仕えるのだ。

「竜輝様」

 包んでいた彼の手に頬を寄せ、愛しいその名を呼ぶ。

 微笑み、自分の夫となる方を真っ直ぐに見た。

「私を……あなたの妻にしてください」

「っ! 梓っ!」

 胸が高鳴り、熱く火照った梓の体を竜輝は強く抱いた。


 そうして、梓は愛しい人の腕の中で神和ぎとしての務めを果たし――彼の妻となった……。

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