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秘めた思い

《招はまだ見つからない》

 仕事の合間に見た両親からの返事を読み梓は嘆息した。

 神和ぎとして龍見邸に勤め始めて早二週間。

 初め冷たそうだと思った砂羽も予想していたほど厳しくはなく、しっかり側近としての仕事を教えてくれた。

 そのおかげで小さな失敗はあれど、つつがなく竜輝の側にいることが出来ている。

 だが、やはり霊鎮めのために肌に触れようと思うと中々上手くはいかない。


 とりあえず一番触れやすそうだと思い手を握ってみたが、やはり驚かれてしまった。

 だが咎められたり嫌がられたりということはなかったのでもう少し踏み込んでみたところ、流石に「少し触りすぎではないか?」と注意されてしまった。

 不快にさせているのならば触れるような真似はしたくない。でも、一日に数回手を握る程度では霊鎮めが出来ている様には思えないのだ。

 竜輝の髪と目の色が戻るどころか、鱗の一つも消えてはいないのだから。


 だが本来の覡ならば触れなくても出来ること。

 自分が覡ではなく巫なのだと打ち明けるわけにはいかない身としては、多少強引でも今の状態を続けさせてもらうしかなかった。

 でなければ、竜輝は姿を完全に龍に変えこの地からいなくなってしまうのだから。


(竜輝様がいなくなってしまうなんて、そんなのは嫌!)


 例え想いが通じなくとも、竜輝が二度と会えない場所に行ってしまうのだけは嫌だった。

 そうなる可能性を考えただけで、泣きたくなるほど胸が苦しくなる。

 その思いのままに「私に触れられるのはお嫌ですか?」と問い返した。

 竜輝は「いや……」と一言口にしただけで、明確な拒絶はしなかったため今も極力触れることは出来ている。

 その事に安堵したが、やはりいつまでも続けられることではないと思った。


 何より、霊鎮めのためとはいえことあるごとに触れていると、彼への思いが募ってしまう。

 少しひんやりとする竜輝の肌に触れ温めると、自分の熱が彼に移ったかのように錯覚する。

 移った熱と共に、自分の想いが届けばいいのにと思ってしまう。

 でも届きはしない。今の自分は男であるべきだし、竜輝の心は自分ではなく彼の婚約者に向けられているのだから……。

 それを思うと、どうしようもなく胸が妬けつく。

 やはり会わなければ良かった。そうすれば想いを封印したままでいられたというのに。


 初めて竜輝に会ったときのことを思い出す。

 招が十歳になる頃の年始め、顔合わせのためにと初めて竜輝と対面した。

 梓は招のついでではあったが、共にこの屋敷の客間に通され彼を見たのだ。

 まだ十二と幼さが残る顔立ちではあったが、龍故か神秘的な美しさを持った彼は年齢よりも落ち着いて見えた。その姿には畏敬の念すら覚えたものだ。


 忘れはしない。

 客間で対面した後、大人たちの話がつまらなくてこっそり庭に出て……そして竜輝と直接言葉を交わしたのだ。


***


「こんなところにいては寒いだろう? 俺の部屋に来ると良い。温かい飲み物を出してやるから」

 そう声を掛けて現れた竜輝に、真冬で彩りのない庭園が色づいた気がした。


 数十分前に見た龍見家の跡取り、龍見竜輝。双子の兄である招がいずれ仕える相手。

 無関係ではないが、自分とは直接関わることはあまりないだろうと思っていた相手に声を掛けられ、梓は驚き固まってしまった。

 だが、答えない梓に困ったように微笑む優美な顔を見てハッとする。

「お気遣いいただきありがとうございます。ですが私が竜輝様のお部屋にお邪魔するわけには……」

 勢いよく頭を下げ、ここに来る前に両親に言い聞かされていたことを思い出した。

 うろついたりせず大人しくしていろ。龍見家の方のご迷惑になるようなことはするな、と。

 既に一つ約束事を破ってしまった。この上竜輝の迷惑になるようなことまでするわけにはいかない。

 だが、目の前に立つ少年は小さく息を吐いただけで話題を変える。


「……その木。何という木だと思う?」

「え? 木?」

 突然の質問に顔を上げた梓は、竜輝の翠の視線を追って自分のすぐそばにある木を見た。

 冬場のためその樹木には花も葉もない。見分ける要素は樹皮を見るしかなかった。

 分かるわけがないと思いつつ、(はな)から「分からない」と口にしたくなくてよく見て考える。そうすると、記憶の中にあるものの中で一つ似ているものがあった。


「……桜、ですか?」

 横長の皮目があるところが似ていた。桜にも種類があるのでどの桜なのかは分からなかったが。

 だが竜輝は得意げな表情になり「おしい」と答えて梓に近付く。

「これはミズメというんだ。樹皮が桜と似ているからミズメザクラと呼ばれているが、桜とは全くの別物だ」

「……」

(そんなの分かるわけないじゃない)

 竜輝の説明を聞きながら、間違えてしまった梓は内心悔しく思う。結局のところ自分は負けず嫌いなのだ。

 悔しく思い、でもこんな些細なことで拗ねてしまう自分を恥ずかしくも思う。

 そんな後ろめたさから視線が沈んでしまったが、続いた竜輝の言葉にまた顔を上げた。

「ミズメの別名は梓というんだ。……君と同じ名前だろう?」

「っ!……名前、憶えていてくださったんですか?」

 驚く梓に、竜輝は笑って答える。

「先程聞いたばかりじゃないか。そんなすぐ忘れるわけがないだろう?」

 優しく細められた翠の目に見下ろされ、ドキンと心臓が跳ねる。


 確かについ数十分前に父が紹介してくれた。だが、竜輝にとって大事なのはいずれ彼に仕える予定の招の方だ。

 自分の名前などすぐに忘れてしまうと思っていた。


「神事のときに使う梓弓がこのミズメで作られている。……お前の名は良い名前だな」

 微笑む竜輝の顔を見上げ、梓は胸が高鳴るのを止められない。

 人ならざる者の美しさを持つ龍見家の次期当主。その彼が、今はこんな近くで自分に笑いかけてくれている。

 その事実が恐れ多くもあり、しかし純粋に嬉しくもあった。


 その雅なほどの笑みに見惚れていると、伸ばされた竜輝の手が梓の頬に触れる。

「っ⁉」

 白磁のような美しく白い手に頬を包まれ、数秒息が止まってしまった。

「……ほら、やはり冷たくなっている。俺の部屋に来い、もっと梓と話してみたい」

「っ……は、い」

 駆け足になっている鼓動をどう抑えればいいのか分からない。

 梓は、両親の言いつけも忘れ竜輝の望むままに彼の部屋へとお邪魔した。


***


 楽しいおしゃべりの後迎えに来た両親には叱られたが、竜輝が「また話したい」と言ったことで彼の部屋へお邪魔したことは咎められずに済んだ。

 それからというもの、毎年の挨拶に梓も付いて行き竜輝の話し相手になるのが恒例となった。


 一年に一度、小一時間ほど話をするだけの関係。

 それでも梓の竜輝への想いは恋心となって育っていった。

 いずれは諦めなければならないと分かっていた想い。

 招がいるのだから、梓が竜輝の花嫁となることはない。

 むしろ梓は、竜ヶ峰の家を継ぎ竜輝の次の代の当主に仕える神和ぎを産まなくてはならない存在だ。

 神和ぎは竜ヶ峰の家で育たなければその力を発揮できないようになっているらしく、側近として常に龍見家にいなければならない招の子を次期神和ぎとするには親元から離さなくてはならない。

 だがそんな可哀想なことは出来ないため、自分が竜ヶ峰の跡取りとならなくてはいけないのだ。


 だから中学を卒業する年の初めに、竜輝に婚約者が出来たと聞いたとき丁度良いのかも知れないと思った。

 胸に宿った痛みと嫉妬心と共に、育ってしまった恋心を奥深くに封じて鍵をかける。

 そうしてその鍵が開いてしまわないように、その年から竜輝に会うのを止めたのだ。


 だが、竜輝に仕えるはずの招が失踪したことで再び会ってしまった。

 会ったことで、鍵は開けられてしまった。

 五年の月日が経っても封じていた想いは色褪せてはいなかったようで、日々想いは募っている。


 この状態が続けば、本当に諦めきれなくなってしまう。

 自分は竜輝以外と結婚し子供を産み育てなければならないのに。

 その未来を思うと、泣きたくなるほど苦しい。


(招、どこにいるの? 早く戻って来て)

 これ以上竜輝への思いが募らないようにと、梓は強く願った。

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