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 軽やかにも見える繊細な足運び。

 けれどしっかりと力強い歩みで龍見(たつみ)家当主である龍見竜輝(りゅうき)が目の前に現れた。


 頭を垂れているため足元しか見えないが、その存在感は圧倒的。

 だがそれも当然と言える。

 なぜなら彼は人ではない。神に連なるあやかしの龍なのだから。

 しかもこの日の本の国を守る結界を維持している五龍。その中央を司る金龍の一族の当主だ。

 存在感が薄いなどということは天地がひっくり返ったとしても有り得ないだろう。


「よく来てくれた、(しょう)。これで俺も楽になる」

 低く、力強い声。だがそれでいて澄んだ静謐な響きもあった。

 そんな尊ささえ感じる声に、招と呼ばれた線の細い《彼》は一拍遅れて言葉を返す。


「はい、この竜ヶ峰(りゅうがみね)招。貴方様に仕えること心待ちにしておりました。……私情により仕えるのが遅くなり、申し訳ございません」

 頭を垂れたまま、言葉の一つ一つをゆっくりはっきりと紡ぐ。

 そうして内心の焦りを隠した。


(危ない危ない。名前にすぐ反応出来なかったわ。気をつけないと)


 頭を下げていて良かったと思う。もし面と向かっていれば、口元がわずかに引きつったところを見られてしまっていただろうから。


「私情と言っても、たまたま体調を崩してしまっただけだろう?」

「……体調管理は、自己責任ですから」

 もっともらしくそんなことを口にしたが、実際のところは違う理由だったため内心ではまたもや焦りが沸き上がる。


(駄目、気取られてはいけない。私が男ではなく女――招ではなく双子の妹の(あずさ)だなんて)

 じりじりと焼け付く焦りに汗ばみそうになったが、招――いや、梓は持ち前の強い意思で冷静さを取り繕う。

 そんな彼女に、竜輝は笑い交じりに嘆息した。


「招も変わらず真面目だな。それにいつまで頭を下げているつもりだ? 上げると良い」

「……はい」

 許しの言葉を得てゆっくりと顔を上げる。

 招とは双子とはいえ二卵性。似てはいるが、瓜二つというほどではない。


(招もここ三年ほどは竜輝様にお会いしていないと聞いたし、すぐに別人とは思われないだろうけれど……っ⁉︎)


「……え?」


 顔を上げ、竜輝の姿を視界に捉えた瞬間梓は驚きに目を見開いた。

 目の前に立つ和装の男性。

 彼は針金のように真っ直ぐな白金の髪に、強さを内に秘めた淡緑の目を持っていた。

 ……そして、両頬を覆うように浮かび上がっている白金の鱗も。


「……やはり、驚くか」

 そう苦笑する顔は確かに竜輝のものだった。

 記憶にあるよりも男らしくなった精悍な面差し。それでいて幼いころからあった神聖な美しさを保ち続けている。

 だが、彼の姿はもっと濃い金色の髪で、目の色も翠色(すいりょく)で鮮やかな緑色だったはずだ。ましてや鱗など生えてはいなかった。


(……そうか、これが荒御霊(あらみたま)の力)


 ぐっと唇を引き結び、自然と真面目な顔になる。

 神に連なるあやかしである龍は荒ぶる神の御霊をその身に宿す。

 通常は眠っているため何の問題もないが、当主となった龍はあえてその御霊を起こすのだそうだ。

 その御霊を契りを交わした人間が神和(かんな)ぎとして鎮める事で、日の本の国に神の霊力が行き渡り結界の役割を持つのだと聞く。

 神和ぎがいなくとも多少は結界を維持出来るらしいが、当主一人の力だけで行うには支障が出る。

 その“支障”がこの姿なのだろう。荒御霊を鎮めなければ、姿も龍となり神の国へと還ってしまうらしいから……。


(……それは、嫌だな)

 純粋にそう思った梓は真っ直ぐに竜輝の目を見る。


「ご安心を。私がもとに戻しましょう……そのために来たのですから」

 そう、そのために失踪した兄の身代わりとして――(おかんなぎ)としてこの龍見家に来たのだから。


 竜輝は当主となってすでに一年が経とうとしている。

 その間一人で結界の維持をしていたのだ。彼の姿を見ても、これ以上の神和ぎ不在は看過できないだろう。

 初め両親に兄の身代わりをしろと言われたときには唖然としたが、必要なことだったのかも知れない。


「全く、もう少し気楽にしてくれても良いというのに……」

 ふっと笑う竜輝の目が優し気に細められる。

 瞬間、梓の心臓がどくりと大きく鳴った。

 神秘を宿した翠の目。今は淡くなってしまったけれど、そこに込められた優し気な感情は初めて会ったときと同じものだった。


「何はともあれ、これからよろしく頼む」

「はい、誠心誠意仕えさせていただきます」

 そうしてまた頭を下げると、苦笑交じりのため息とともに「本当に真面目過ぎる」という声が降ってくる。

 だが、梓は今顔を上げられなかった。

 なぜなら、今の自分はきっと女の顔をしているだろうから。


 もう二度と会うつもりのなかった方。ほのかな初恋と共に忘れようとしていた方。

 それなのに会ってしまった。封じていたはずの思いは、簡単に解かれてしまう。


 兄が見つかるまでの期間限定のお勤め。

 この感情も、女であることも知られずに過ごすことが出来るのだろうか。

 未だ顔を上げられない梓は早くも不安を抱えることとなった。

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